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初めての海外は一人で中欧へ 6日目:ブダペシュト

こんにちは、あおです。

令和6年5月の海外旅行の6日目です!

こちらは前回の5日目になります。


国会議事堂に向かう

朝8時にホテルを離れ、地下鉄に乗って国会議事堂に向かいます。

今日はホーム上で検札を行っているようで、市内の交通機関乗り放題その他割引付きのブダペストカードを提示して列車に乗り込みます。

当日利用していた感じだと、どうやら各駅?に2人配置して検札していたようですが、それなら改札機置いたほうがよくない?日本のシステムに慣れてしまったからこそ、そう考えてしまうのでしょうか。

Deák Ferenc tér(デアーク・フェレンツ広場)駅で乗り換え、
エスカレーターがとにかく長い!そしてスピードも速い!
Országházhoz(国会議事堂)

議事堂に着きチケットを買いに北側にある観光案内所に行きますが、朝なのにめっちゃ並んどるー!平日の朝なら空いてると思ってたので当日券で入ろうと思ってたのが、早く入れる時間が16時45分からのコースとのこと。とりあえずチケットを買って時間まで、先に他の場所を周ることにしました。

聖イシュトヴァーン大聖堂

議事堂からそう遠くない場所に初代ハンガリー国王イシュトヴァーン1世にちなんだ聖堂があります。1905年に完成した聖堂は議事堂と並び市内で最も高い建物です。

イシュトヴァーン1世が列聖された後、奇跡の力を持つと信じられた右手は身体から切り離されました。1771年マリア・テレジアがその所在を知ると万策を講じてブダペシュトに戻し、その右手は現在この聖堂で保管されています。

Szent István Bazilika(聖イシュトヴァーン大聖堂)
身廊、今まで訪れた教会に比べて豪華絢爛といった印象でした
聖イシュトヴァーンの聖なる右手

ブダ城には入れず

聖堂を離れ近くにバス停からドナウ川の西岸ブダに向かいます。
停留所で待っていると後ろから「リュック開いてるよ」と見知らぬ観光客たちが。海外ではスリなどに気をつけろとよく聞いていたので、『う~わやらかした~!』と少し萎え気分でしたが、幸い荷物は盗られておらず。一安心とともに何も盗らずわざわざ教えてくれた彼らに感謝!

バスでドナウ川を渡り終点に着き、そこから王宮のある丘を歩いていきます。ブダ城を見学しに行きますが、どこもかしこも警備隊だらけ、そして王宮の丘周辺から城へ行く道も見つからず。この日はどうも外賓が来ていたようで城周辺は閉鎖されていました。

しかたないのでブダ城から少ししたところにあるマーチャーシュ聖堂に向かいます。

ブダ城トンネル、中央上部にハンガリー国章
王宮の丘よりセーチェーニ鎖橋、奥には聖イシュトヴァーン大聖堂

マーチャーシュ聖堂・漁夫の砦

流れゆく観光客とともに北に向かいマーチャーシュ聖堂にたどり着きます。
オスマン帝国による占領、ハプスブルク帝国の影響下、第二次世界大戦での破壊などを通じてさまざまな様式で修復された聖堂で、ハプスブルク家を含むハンガリー国王の戴冠式がこの聖堂で行われました。

Mátyás-templom(マーチャーシュ聖堂)
ハンガリー国王、イシュトヴァーン1世の像
身廊

身廊にて一息ついたあとはすぐそばにある漁夫の砦に行きます。19世紀末から建設され、今日のハンガリー居住地を築いた7民族を表す7本の塔を持ちます。中世の漁業組合によって保護されていたことが由来とされています。

1階はカフェが営業しております。2階には入場チケットが必要で、どちらからも美しい市内を眺望できます。

漁夫の砦、ブダペシュト市内のブダ側を望む
対岸のブダペシュト市内ペシュト側を眺める
左手に国会議事堂、右手に聖イシュトヴァーン大聖堂が見える
王宮の丘の麓より砦を見る、奥の一際高い塔はマーチャーシュ聖堂

恐怖の館

再びドナウ川を渡り世界遺産アンドラーシ通りに面する建物に向かいます。
ナチスの傀儡政権である矢十字党および共産党政権下の秘密警察が利用した建物は、自由と独立のない「2つの悲劇の時代」を展示しています。

展示エリアに入るとすぐ目に入るのは実物の戦車と3500人近くの犠牲者の写真。事前に公式サイトから知っていたとはいえ、3階にまでわたり犠牲者たちがこちらを見ている光景には度肝を抜かれました。そのほか地下には狭く劣悪な独房なども展示しており、ハンガリー語や英語が分からなくともその悲惨さを体感できました。

Terror Háza(恐怖の館)、建物上部にTerror(恐怖)の文字が浮かび上がる
左はナチスの傀儡政権である矢十字党、右は共産主義の赤い星を表している
建物壁面には犠牲者の写真

動乱追悼館と再び国会議事堂に向かう

恐怖の館を離れ軽食を摂り、国会議事堂見学コースの時間まであと1時間ほどなので議事堂に向かいます。

議事堂見学の前に、隣にあるハンガリー動乱追悼館に入ります。階段下にある追悼館は、1956年の共産主義政権に対する民衆の自由化運動とそれによるソビエトの侵攻を引き起こした、ハンガリー動乱の資料を展示しております。

In Memoriam 1956 október 25. (1956年10月25日追悼館)、議事堂前広場にて虐殺が起きた日
側面の穴は戦車の襲撃を表現している

小さな資料館で数十分見学したあとは、ようやく議事堂に入ります。
ヨーロッパでもっとも美しいとも言われる国会議事堂は、ハプスブルク帝国下でオーストリアとハンガリーが対等連合・二重帝国が成立したのちに建設され、先述のハンガリー動乱の舞台にもなりました。

荷物を預け日本語の音声ガイドを受け取ります。内部は撮影可ですが、聖イシュトヴァーンの王冠をはじめ聖遺物のあるホールのみは撮影禁止でした。

ハンガリー国会議事堂
大階段、議事堂というより宮殿やん!
貴族院議場。壇上の後ろにはハンガリーを支配した家の紋章、中心には国章と王冠。

ナジ・イムレ像

議事堂からドナウ川に沿って北に向かうと小さな公園があります。その中心にある橋には、ハンガリー動乱時の指導者で自由・民主化をすすめたナジ・イムレの銅像があります。

Nagy Imre(ナジ・イムレ)の銅像
動乱後に彼は処刑された
銅像は国会議事堂を向いていたが、移設によりドナウ川を望む位置に変更されたとか

ブダペシュト西駅

市内で見たいとこも全部行けたので(ブダ城は…?)、ベルリンに向かう夜行列車を乗りにブダペシュト西駅に向かいます。

駅に着いた頃は列車はまだ来ていなかったので、当駅にある世界一美しいと言われているマクドナルドで食事を済ませようと思いますが、なぜか閉店中…調べたところ営業時間だったはずですが、とくに張り紙などもなく理由もわかりませんでした。仕方ないので構内の自販機でチップスだけ買いました。(完全にジャンク食べたい口になってた!)

Budapest-nyugati(ブダペシュト西)駅
高い屋根のトレイン・シェッドが設置された開放感のあるホーム

夜行列車Euronight

駅横のショッピングモールで暇をつぶし駅に戻ると向かいのホームには、3ヵ国の車両が連結されているヨーロッパらしい多国籍列車が停まっていました。次の目的地であるベルリンに向かう車両は、ハンガリー国鉄の車両でした。
乗車口にて車掌さんにきっぷを確認してもらい乗り込みます。

Euronight(ユーロナイト) 40476号
当列車はハンガリーの首都から、チェコ・ドイツ・ポーランドの首都へ駆ける
一晩お世話になります

以前サンライズエクスプレスの寝台個室に乗ったことがあり個室は寝台だけの狭い印象があったのですが、今回は寝台のほか幅広いスペースに洗面台があり、思っていたよりかなり広かったです。
1人用で寝台を予約したのですがなぜか上下2台ともメイキング済み。

発車後しばらくして車掌さんが個室寝台に来ます。寝台の説明をはじめきっぷ・パスポートの回収、朝食の確認をされます。
こちらがアジア人だからか向こうは英語で話しますが、こちらは事前に勉強した影響かすぐに出てくるのがドイツ語。英語で聞き取りドイツ語で話す、違う言語で会話を進めていたことは、後々考えると奇妙な感覚を覚えます。ほんでなにより数ヵ国語喋れる車掌さんかっけぇ!憧れる!

駅で買ったチップス、お昼に一度食べてハマりました。
帰国して食べる用に買い占めなかったのが悔やまれる…
就寝

車内を見回ろうとも思っていましたが、一段落すると急に眠気がきたので大人しく寝ました。

7日目に続きます。

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