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楳図かずお先生追悼。最後の連載となった『14歳』、唯一の監督作『マザー』に託した願い

 20代後半から30代を、東京都の西郊外にある武蔵野市で過ごした。大学在籍中から働き始めた出版社を辞め、フリーランスのライター業を始めた時期でもあり、吉祥寺在住の人気漫画家・楳図かずお先生をインタビューする幸運に5回ほど恵まれた。楳図先生が作詞・作曲し、NHK『みんなのうた』で流れた「むかしトレイがこわかった!」の取材に始まり、楳図先生の漫画家デビュー50周年記念などで、吉祥寺のマンションの一室にあった仕事場を何度か訪ねている。

 その後も、ドキュメンタリー映画『グワシ! 楳図かずおです』(2009年)、楳図先生が映画監督デビューを果たした『マザー』(2014年)では、赤と白のストライプが鮮やかな外観の「まことちゃんハウス」でお話をうかがった。ケーキなどのお菓子を手土産に持参すると、笑顔で紅茶を淹れてくれた。いつも1時間近くしゃべってくれる、サービス精神旺盛な楳図先生だった。

 楳図先生の談話は、出生地である和歌山の高野山や少年時代を過ごした奈良県五條市から始まることが多かった。多感な時期の記憶や体験が、楳図作品の原点だったことは確かだろう。

子どもは大人へと成長するのではない

 ラジオの外国語講座を毎朝録音し、英語をはじめ5か国語を同時に学んでいたことなど、天才ならではのエピソードの数々はどれも興味深かった。「子どもは大人へと成長するのではなく、大人へと退化しているんじゃないですか」という発想も、ボーイズマインドに溢れた楳図先生ならではのものだった。
 
 さらに印象に残っているのは、子どもの頃によく大人に質問していたという逸話だ。なぜ? どうして? 子どもは自分が分からないこと、世の中の仕組みについて、近くにいる大人たちに質問する。

 ネット検索のない時代、簡単な質問ならその場で大人たちは答えることができるが、楳図少年の質問は徐々にスケールが大きく、深遠なものになっていく。人間は死んだらどうなるの? 宇宙の果てはどうなっているの? 科学者たちがまだ解明できていない謎だけに、楳図少年が納得できる回答は周囲の大人たちからは得られなかったそうだ。

 多くの子どもたちは、そうした疑問を忘れ、考えることをやめてしまうことで大人社会の一員となっていく。だが、楳図少年は違った。やがて漫画家となり、東京に上京して売れっ子となった楳図先生は、子どもの頃からのこうした謎をずっと忘れずに、考え続けていた。漫画の世界で、自分自身が教師となり、科学者となり、そして神にもなり、この謎に挑む。子どもの頃からの最大の疑問を解き明かすために始まったのが、チキンジョージが登場する『14歳』の連載だった。

 楳図先生は「人間の死後の世界までは描くことはできなかったけど、宇宙の果てがどうなっているのかについては描けたんじゃないかな」と壮大なSFファンタジーとなった『14歳』の結末について語ってくれた。漫画というフィクションの世界で、持てる限りの知識と想像力をフル稼働して、宇宙の成り立ちについて肉薄してみせたのだ。それは気力と体力も消耗する作業でもあったに違いない。『14歳』が楳図先生の最後の漫画連載となった。

楳図先生が初監督作『マザー』を撮った理由

 楳図作品は恐怖漫画もギャグ漫画もSF漫画も振り切った内容のものばかりで、映像化するのはどれも容易ではない。代表作『漂流教室』は「映像の魔術師」大林宣彦監督が1987年に映画化し、フジテレビでも『ロング・ラブレター 漂流教室』として2002年に連続ドラマ化しているが、楳図先生としては納得できるものではなかったようだ。

 脚色してもかまわないので、楳図ワールドと互角に勝負できる天才映像クリエイターが登場することを、楳図先生は願っていた。待ちかねた楳図先生は「僕の漫画を映画化する際はこんなふうにしてね」というガイドブックになることを目的に、初監督作『マザー』を残している。決して、漫画家が余興で撮った映画ではなかった。

 人気漫画家の楳図かずお(片岡愛之助)は、母親(真行寺君枝)が亡くなり、後悔していた。仕事が忙しかったばかりに、満足に母親孝行できなかったからだ。幽霊でもいいから、母親に会いたい。そう願った楳図のもとに、実家のある五條市にいる親戚から連絡が入る。葬式を済ませたはずの楳図の母親が生き返り、生前冷たく接していた人たちを襲っているというのだ。やがて母は、自分のもとにも現れるに違いない。母に対し、罪の意識を持つ楳図は戦慄を覚えずにはいられなかった。

 最愛の存在、もっとも信頼する者が異形化して、自分に襲いかかるという究極の恐怖が『マザー』では描かれている。心を許した友達がヘビ女に変身してしまう成海璃子主演作『まだらの少女』(2005年)、いちばんの親友だった手作り人形「モクメ」が主人公に付きまとう『ねがい』(2005年)などにも通じる、象徴的な楳図ワールドとなっている。

永遠に滅びることはない楳図ワールド

 若い頃の楳図先生がタクシー運転手を演じている『蛇娘と白髪鬼』(1968年)は、U-NEXTなどで配信されているので、視聴しやすい映像化された楳図作品だ。秋川リサが美しい母親を演じた『洗礼』(1996年)、谷村美月がミステリアスな美少女・おろちを演じた『おろち』(2008年)、浅野温子主演の『赤んぼ少女』(2008年)なども、悪くないできだったと思う。

 だが、楳図先生が求める理想は非常に高く、さらに完成度が高く、原作者を驚愕させるような映像作品が誕生することを、ずっと待ち続けていた。多くの外国語を学んでいたのは、海外のクリエイターたちと打ち合わせする日に備えてのことだったのだと思う。

 2024年10月29日、楳図先生は88歳で亡くなった。しかし、楳図先生が残した傑作漫画の数々は半永久的に残り続ける。楳図作品が読者に読まれ続ける限り、楳図ワールドも滅びることはない。『漂流教室』の再映画化、そしてまだ誰も映像化できずにいる『わたしは真悟』や『14歳』がいつか映像化されることを、楳図先生は今でも楽しみにしているはずだ。

 楳図先生が残した壮大なイマジネーションは時空をこえて、クリエイターたちの創作意欲をこれからも刺激してやまないことだろう。

追伸:小学生の悟と真鈴との純愛ストーリー『わたしは真悟』は、「奇蹟は 誰にでも一度おきる だが おきたことには 誰も気がつかない」という序文から始まった。私たちが楳図作品に出会えたことも、奇跡的なことだったのだと思う。

『マザー』
原案・監督/楳図かずお 脚本/楳図かずお、継田淳 
出演/片岡愛之助、舞羽美海、真行寺君枝、中川翔子
配給/松竹メディア事業部 
(c)2014「マザー」製作委員会




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