書き忘れた、2022年12月のこと。

ひさびさに、新町別館小ホールに行った。第三劇場の後輩の演劇を観るためである。2022年は一本も観劇しなかった。11月くらいまでは偶然だったが、途中からはせっかくだし、National Theatre at Home以外は観劇しないでおこうと心に決めた。ところが、後輩のTwitterのスペースのゲストに声をかけてもらい、企画自体に魅力を感じたのもあって、この一本だけ観劇することにした。観客の投票で結末が決まるというのは、個人的にはフェルディナント・フォン・シーラッハ『テロ』で知ったやり方で、彼らの作品はミステリーだったが、観客とのかかわりを単なる作品上演という形式に新しいものを投下して、回復していこうとする積極的な姿勢を何よりも高く評価すべきである。とりあえず、2022年観たなかでは1位である。学生劇団だけをずっと観に来る人の気持ちが少しわかってしまった。技術的なこと、つまりは、くだらないことは、いったんどうでもいい。スタニスラフスキーとか、現代口語とか、発声とか、そういうことよりも「表現を通じて、どう生きたいか」を考えることのほうがよっぽど人生においては重要である。こういう根本的な問いに挑んでから、ようやく多種多様なもののなかから、自分に必要な技術が何なのかを知るべきだと思う。考えついたことを、考えついた順にやってやり尽くしてそれでもまだ足りないのか、足りるのならそれはそれで幸せだし、足りないのならいくらでもやり方はあるだろう。とはいったものの、なんか熱っぽくオッサンに称賛されるだけなのも、彼らの本意ではないだろうから、率直に思ったことを書いておくと、全体的に発声が観客席まで届いてこないところがあって、これは俳優の技術面問題だけでなく、美術ももう少し空間を狭くするべきだっただろう。コロナの制約もあったかもしれないが、俳優が意図しない形で小さく見えてしまわないような美術の工夫と、空間を満たしきれるだけの発声が必要なのは、いかなる作品でも同じである。もちろん、これは自分自身も学生時代、そして今もやってしまう躓きで、想像力に欠ける演出家はとりあえず舞台を広く残しておけば俳優がのびのび演技ができると勘違いしていることがある。E9でもそういう演出にはよく出くわす。そうではなくて、小劇場という限られた空間こそ「必要最低限」の徹底が求められるわけだから、平面上のみならず、観客席からみた世界がどう見えるか、今後も新町にへばりついて考えてみてほしい。

以下、個人的な話。何年かに一度原点回帰する機会を持つことは重要である。新町の小ホールには、小ホールでしか嗅げない匂いがある。ほかの消臭・消毒された、安全な=つまらない劇場にはない匂いがある。そして、嗅覚にまつわる記憶はもっとも脳に残りやすいと、どこかで聞いたのを思い出し、芋づる式に自分の学生時代を振り返ることになる。永らく忘れていた、原初の創作意欲。あまりに拙かった表現技術しか持たなかったとしても、それを補って余りある、圧倒的な集団の我儘さ。「あのころはよかった」というノスタルジーに耽りたくはないのだが、もっとよく考えてみると、新町の小ホールでやっていた作品のほうが、当時のアトリエ劇研やらロームシアター京都やらKAIKAやらでやっていたものなんかより、ずっと面白いと感じていた。ネガティブに言えば、アトリエ劇研やロームシアター京都、KAIKAでやっているもののほうがつまらないし、技術的にも圧倒するものがないということに失望していた。それで、ほかの先輩たちがやっているようにそういう場所に積極的に関わりを持つことをしないようになってしまった。だから、今でもあまりそのあたりには、感謝や愛情はあってもリスペクトはない。好きだったのは、学生時代の先輩たちの作品で、彼らはみんなやめてしまった。自分にとってよい作品をつくっていた人たちが辞め、そうでない方々が続けている。ある意味、卒業以前に答えは出ていたのかもしれない。それでもあれよあれよとここまで続けてきてしまった。最近は、あまり閉じていても自分の得にならないことに気がついたので、協会的なものに所属をしてみたり、いろいろやってみてはいるけれど、どこか冷めた目線でいてしまうこと、自分さえよければほかは作品が好きではないのでどうなっても知ったことはない、むしろキャストやスタッフに声がかけやすくなるのでその席を開けてほしいとか思ってしまうことに罪悪感があるようでないようなみたいなフワフワした振る舞いになってしまっている。そもそもみんな舞台芸術が好きで、何かキッカケとなった作品や人物、団体があるということにいつも驚いている。舞台芸術をはじめて、数年経ってから舞台芸術を学ぶことに本腰を入れてしまったために、すべてが後追いになっている点は、個人的に課題である。何よりスタート地点がない。例えば、先に自分だけの知識のプールのようなものがあって、それを自分の表現に必要な場合に使うというのではなく、先に表現したいことがあって、その後にそのために必要な知識が何か、広大な砂漠から探すという、かなり非効率なことを毎回やってしまっていて、だからなんとかして知識のプールをなるべく大きく取ろうと必死に水くみをしているわけであるが、結局20歳を超えると穴の空いたバケツしか持てない不甲斐なさに打ちひしがれる日々であるとともに、歳をとるにつれて穴は大きくなる一方であるから、力技でバケツを運ぶ回数を増やすしかないという次第である。何かを観て、「こういうのを、自分もやってみたい」というのが多くの人々の原点だったのだろうか。あるいはそれが原点でなければならないのだろうか。好きな作家は?(自国なら野田、鴻上、別役、あたりにしておこう。あとはテキトーにモリエールとか言っておこう。え? 作家て劇作家じゃなくてもっと広い範囲で使われるんですか?インスタレーションってなんすか)好きな画家は?(これはルノワールとかマグリットとかそういうのんでなければならない。ミレーということにしよう)好きな音楽家は?(これはクラシックでなければならない。J-POPなんてもってのほかだ。ブラームスということにしよう)好きな詩人は?(ぜんぜん知らんが、それっぽいのを引用で使うために読んでみよう。いったんリルケと答えておこう)よくわからないので手当り次第に引用してみる。引用のための引用である。愚の骨頂だろうか。まったくもって教養というものがないので赦してほしい。それでも最近やっと学びの成果というべきか、自分だけの感覚として、先に知識があって、次に創作という流れができてきたような実感が出てきた。けれども、本棚のいちばん取りやすい位置に何を置きたいか、わからないというのは変わらない。無人島に一冊だけ本を持っていけるなら何を選ぶかという問いが戯れにあったとして、その議論をある程度楽しめても結局は無人島に本なんか持っていっても仕方がないと強く思ってしまうまっとうさ=無教養さを持ち合わせている自分に閉口する。そんなわけで、文化政策や芸術政策、そしてそのもとで実行される教育に潜む、文化や芸術に理解のないやつは駄目な奴だ、残念な奴だという、エリート思考が気に入らない。確かに表面的には、あるいは現場を見ればもっとポジティブな世界なのかもしれない。関わる人たちは無邪気に活動するだろうし、それはまったくもって良いことだ。だが、ゆとり教育を受けた身からすれば、大人になった途端にしばしばゆとり教育を受けてきたことを嘲笑の的にされたことを忘れてはならない。つまり、自分たちがされたことと、同じことを数十年後にやらかしはしないか、という危惧を持っている。誰もがクリエイティブな仕事につけるわけではない。むしろ、クリエイティビティなどとは一生無縁の人生もあるかもしれない。そして、それが即ち不幸だとは限らない。たとえ、それが誰かを傷つけるものだったとしても、知ったことではない。

演劇を、舞台を続けなかった人たちにこそ、目を向けるべきなのかもしれない。そこには残酷な現実がある。ほんとうのアンチ・テアトルというやつだろう。あの日のあの場所で、いろいろなことを思い返しながら、こんなことを考えた。

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