芸術監督対談シリーズ③「永井愛(二兎社)×山口茜(メニコン シアターAoi芸術監督)」
2024年度のメニコン シアターAoi主催ラインアップで演劇公演のトリを飾るのは、劇作家・演出家の永井愛の演劇ユニット「二兎社」による『こんばんは、父さん』だ。同作は東日本大震災の翌年、2012年に初演。町工場の廃屋を舞台に、よりどころを失った世代の異なる男性3人が出会う一夜の物語は、右肩上がりの成長という資本主義の幻想が崩壊した日本を象徴する傑作として高い評価を得た。今回は、風間杜夫、萩原聖人、竪山隼太という新たな俳優陣を迎えて上演する。シアターAoiの芸術監督・山口茜が、尊敬してやまない先達、永井のこれまでの歩みを聞きながら、その作劇術を紐解いた。
なお、冒頭のみ、直前まで山口と対談を行っていたiakuの横山拓也も会話に交じり、プロット談義に花が咲くひと幕も!(取材・文:小島祐未子)
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山口:過去の記事など拝読しましたが、プロットから書くという話はなかったような……。
永井:いや、私はわりとプロットから書くんですけど、特徴的なのはプロットを書き切れないうちに戯曲を書き始めるんです。だから書きながらプロットを追加していく。
山口:それで、あれほど素晴らしいものが書けるんですね!
永井:プロットが最後まである状態で書いたのは『見よ、飛行機の高く飛べるを』ですね。新作の書き下ろしを依頼してくださった青年座が「プロットがほしい」と言うので、仕様がなく終わりまで書きました。そうしたら戯曲を書くのがつまんなくなっちゃって。
横山:えぇ、面白いなあ。
永井:『ら抜きの殺意』(第1回鶴屋南北戯曲賞受賞作)もプロットはあったんですけど途中でわからなくなっちゃって、そこからプロットと戯曲の同時進行。プロットを書くために作品を書いているような逆転現象が起きましたね。
横山:僕も近いというか、つまんないプロットを最後まで書いて、結局プロットを書き換えながら台本を進めます。
永井:そうそう。それでプロットは無駄かと思ったら(プロットを書かずに執筆を始めた)『こんばんは、父さん』で、あったほうがずっと早いとわかって。何もないと毎日即興なんですよ。それよりはプロットがあるほうが……、劇作の道しるべですよね。
横山:ここは通らなきゃいけないってところを通していったほうが早いですもんね。
山口:へー!!!
永井・横山:(爆笑)。
山口:私はプロットを動かしてしまうからダメなんだと思っていました。
永井:私の発見では、プロットは動かしながら書くほうが正解ですね。作品というのは、書きながらわかったことしか意味がない。書く前にわかっていたことって、書いても実はあまり意味がないんです。書かなければ書けなかったことを書いていくのが……。
山口:カッコイイ!
横山:メチャメチャいい言葉を聞きました。いろんなところで言おう。まるで自分の言葉のように(笑)。
永井:自己正当化ですけどね。
山口:「書かなければ書けなかったことを書いていく」ですね。
横山:急に勇気づけられました。(このあたりで挨拶とともに退席)
ロールモデルがいなかった80年代の演劇界
山口:永井さんが1980年代に演劇を始められた頃は女性作家が注目されていたそうですね。
永井:雑誌で「女の時代」という特集があって、今から見ると差別的なんだけど「戦後、女と靴下が強くなった」という言い方をされました。靴下というのはストッキングね。
山口:へぇ!
永井:そこで女性の演劇人として如月小春さんや劇団青い鳥、渡辺えりさんの劇団3〇〇などが取り上げられ、そんな中で私たちもインタビューを受けました。二兎社は1981年に旗揚げしたんですけど、わりとすぐに新聞などから取材してもらえましたね。
山口:時代的にもちょうど良かったと。
永井:そう。ただ、あの頃は今と違って、旗揚げしてもモデルがあまりなかったんですよ。新劇の劇団の他にはアングラしかなくて、自分たちの目指す像というのが持てなかった。それで私と(大石)静は、本当にやりたいことをやるには自分たちでグループを作らなければできないと考えました。ほとんどの劇団は威勢のいい男性リーダーに従ってついていく構造だったので、そうじゃない生き方を見つけたいという想いはありましたね。
山口:男性に従うほうが絶対楽な時代に、何故その思考回路になったんでしょうか。
永井:男性リーダーはそんなに素敵じゃないことがちゃんとわかったからです。演劇人として本当に心から尊敬できるような男性リーダーには会わなかったですね。
祖母に育てられた幼少期
山口:逆に、お父様は尊敬されていましたか。
永井:父は、あの時代でも威張っていなかったのは偉いと思いますね。私の年代だと女の子はお嫁に行きなさいと言われ、親が女性の運命を決めるようなところがありましたけど、うちは全くほったらかしだったので楽でした。そういう点で親がガミガミ言う家ではなかったんですけど、おばあちゃんがうるさかったんですよ。うちは離婚家庭で母がいなくて、私は祖母に育てられたんです。父の母ですね。
山口:そうなんですか。
永井:彼女はご飯を作って育児をして、おじいちゃんの介護もしていました。
山口:大変! 母親代わりでいらしたんですね。
永井:おばあちゃんだってやりたいことがあったんですよ。彼女は教育者、学校の先生になりたかったんです。『見よ、ヒコーキの高く飛べるを』はうちの祖母をモデルにした師範学校時代の話。生徒だった頃の彼女は教えるのが上手で、みんなに褒められていたんです。だけど結婚したらただの主婦になり、ずっと家事育児だけで生きてきた。だから、いつもどこかに何か溜まっていましたね。その時代の女性の生き方には合わなかったと思います。
山口:うるさいというのは「自分のように女らしく生きなきゃダメ」という風にですか。
永井:勉強ができないとダメなの。
山口:そっちなんですね!
永井:テストが90点台だったら普通に帰れたんですけど、とにかく点数が悪いと怒る。人より何でも優れてなきゃダメだったんです。祖母は師範学校を出た後、教員を数年していたんですよ。そこでは「できない子ほどかわいい」と言っていたんです。祖母はユーモアがあってしゃべるのも得意だったので、勉強のできない子を笑わせながら教えていたそうです。そんな人が私に対しては「できなきゃダメだ」と。だから、いつも祖母が私を監視していると思っていた記憶があります。今になってみれば、すごく愛されて大事にされたなという気持ちと同時に、祖母も愛し方を知らなかったのかなと。ダメでもかわいいと言われていたら、私はもうちょっと違う生き方ができたかもしれなません。
山口:自分を「こじらせている」と思っていらっしゃるんですか。
永井:最近、思います。ありのままの自分を人に見せるのがとても恥ずかしくて、鎧を着たりしているのかなと。
山口:永井さんは戯曲を書く人生を歩んでこられたじゃないですか。自分のことを書いてないつもりでも、執筆を通じて心が癒されていくような感覚はありませんか。
永井:戯曲は隠そうと思っても出ちゃいますね。たぶん私が出ているだろうなと思います。
山口:お話をうかがってきて、永井さんに人より優れていなくてはならないという意識がおありだとしたら、そこに対する批評精神もしっかりあって、作品の最後に漂う厳しさはおばあちゃんの影なのかと思ったりしました。安穏と見ていても、永井さんの作品は「私が頑張らなきゃいけない」って気持ちにさせられます。
喜劇じゃないと書けない
山口:『こんばんは、父さん』をシアターAoiで上演してもらうに当たり、私がいちばん面白いと感じるのは登場人物3人とも愛せることです。
永井:良かった!
山口:私もともと憎しみが多いタイプだったので、こんなに男の人が愛らしいと思うとは。
永井:本当うれしい。私、真面目になるのが恥ずかしいんですよ。だから、どこかずっこけている喜劇じゃないと書けない。悲惨な話を深刻に語るのはとても恥ずかしいんです。
山口:それは何故だと思いますか。
永井:性質ですかね。笑うという行為の中でしか人間を描きたくないのかなと。ある意味、失礼なことでもあるんですけど。
山口:客観性が相当高いんだと思いますよ。
永井:私は子どもの時すごくおしゃべりだったんですね。父と祖母と私のおしゃべりがすごくて、今日あったこととして、よく噂話をしていました。誰それさんがこうしたら、こういう馬鹿なことになったとか、人の失敗談ですね。それを笑い合う中で人間描写が身についたのかもしれない。やっぱりウケるとうれしいんですよ。自分の話し方が良かったんだと思えて。それが今の書く仕事にもつながっている気がします。
山口:そうかもしれないですね。大枠として社会問題があったり、登場人物それぞれのしんどいことがあったりしながらも、面白いことが起きてドラマが進んでいく。メッチャ分解できてしまった。
信じていたものが土台から揺らいだ3・11
――この作品は東日本大震災のすぐ後に書かれましたが、今度はコロナ禍を経験した後の世界で上演されます。この巡り合わせをどうお感じですか。
永井:あまり関係ないんですけど、沢口靖子さんと『シングルマザーズ』をやった翌年に『こんばんは、父さん』をやったんですよ。そして今回は沢口さんの『パートタイマー・秋子』の翌年にまた『こんばんは、父さん』という……。その巡り合わせも「あれ?」と思いますし、能登地震の後というのも3・11と重なって……、ちょっと不穏な感じですね。3・11では、世の中の基盤はなんて脆いんだろうと思いました。当時は民主党政権でしたよね。放射能問題などは完全にコントロールされていて、正確な情報が発表されていなかったことや、メディアも忖度していたことが後にわかります。一瞬にして民主主義国なのか疑われる状態になって、自分が信じていたものの土台が揺らいだ。その時、この話を書いたんです。2012年の初演から12年経ちますか。もう土台が揺らいだこと自体、当たり前になってしまいました。
山口:そうですね。
永井:今、日本で起きていることは、あの時より酷くないですか。裏金のことも、こんなにあからさまになっても辞任しない、追及しない、調べない。トップはめちゃめちゃだなと。本当いざという時、助けてくれない政府。すごく冷たいなあと思います。その中で、お子さんを抱えている人は自分だけの人生じゃないですから、この先、この世の中を子どもにどうやって生きていかせるんだという問題が確実にのしかかってくる。そんな時、またこの作品を上演することには不思議な巡り居合わせを感じます。
山口:いちばん若い男性の役なんて、今そこらじゅうにいるような存在ですよね。男性社会のひずみもしっかり描かれているので本当に楽しみです。
永井:新キャストですし、さらに面白くできればいいなと。
山口:また稽古なさるんですもんね。
永井:風間(杜夫)さんも萩原(聖人)さんも初めてご一緒するので、どんな風になるのか……。
山口:ドキドキしますね。
永井:ドキドキします。
山口:体力を温存してくださいね。今日はありがとうございました。
(取材日:2024年2月19日)
◼︎公演情報
二兎社『こんばんは、父さん』
作・演出:永井愛
出演:風間杜夫、萩原聖人、竪山隼太
2025年1月13日(月・祝)14:00
会場:メニコン シアターAoi(愛知県名古屋市)
(他会場での公演あり)
名古屋公演主催:公益財団法人メニコン芸術文化記念財団
公演情報
https://meniconart.or.jp/aoi/schedule/nitosha-tousan.html
他会場の公演等の情報は、二兎社 Webサイト をご確認ください。