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【トークレポート】負の世代間連鎖を生き延びるために(後編)──メニコン シアターAoi「芸術監督トークシリーズ vol.1」〜映画『プリズン・サークル』〜
「芸術監督トークシリーズ」は、作品とトークセッションをワンセットにてご覧いただくことで、作品を通じて一緒に学び、考え、楽しむ企画です。ゲストの方と芸術監督の山口茜がさまざまなトークを交わします。
第一回目はテーマを「負の世代間連鎖」とし、映画『プリズン・サークル』監督の坂上香さんと、モラハラ加害者変容のための当事者コミュニティ・GADHA(ガドハ)を運営する中川瑛さんをお招きました。
本記事は、当日のトークのようすを要約してお伝えいたします。
*記事の前編はこちらからお読みいただけます。
(取材・文・写真: 河野桃子)
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負の世代間連鎖と向き合う、子育て
山口 私の子どもが4歳と8歳で、「親がしてきたことを自分の子どもにしない」ということとずっと戦っています。そのなかで、子どもと自分の関係や、パートナーと子どもの関係について「証人」になってくれる人がキーになるのかもしれない。相談する相手はなかなかいないから。
坂上 私は子育てはすごく苦しかったですね。大声で怒鳴っちゃったり、侮辱的なことを言ってしまうこともあって、その後の罪悪感がすごくて「ああああああごめん…」といつも落ち込んでいました。
実は、アリス・ミラーもすさまじい虐待をしているんですよ。息子さんはミラーの死後に本も出しましたが、その中で「母は、自分がやってはいけないと言っていたことをそのままやっていた」と明かしています。彼女も戦争の被害者なんです。やはり傷を抱えている人は、そのトラウマのケアをしないと次の世代に繰り返しちゃうんですよ。
私の場合、子育てのロールモデルが無かったので、TCから学ばせてもらったり、アリス・ミラーの本を読んだりといろんなことをやりました。ひとつできたことは、子どもの話を聞くこと。「またか」と思ってもとにかく聞く。自分の意見を押しつけないで「今、どんな気持ちがしているのか」と聞く。苦しさのそばにちゃんといてあげるということ、つまり「証人になる」ということですね。息子は22歳の大人になりましたが、私よりも感情を言葉にするのが上手になりました。
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山口 私は、少しでも「注意しよう」とか「アドバイスしよう」と思ったら自分の中に巣食う悪魔にやられるなと思ったので一切怒らないことを実践しているんですが、そうするとネグレクトになってしまう。すごく難しい。どうしても「こうした方がいいよ」と言いたくなるけど、そうではなくて今目の前にあるものを観察して「あなたはこうなんじゃない?」と言うことは全然違うけれど混同しがちになる。毎日が実践ですね。
坂上 その子にとって大事なものとか、長けているものとかがあるはずなので、それを見つけてあげるのもひとつだと思います。息子はセンシティブすぎるところがあり、しんどい時期がありましたが、言葉が得意だったので、詩を書くように勧めました。感じることや目に見えたことや聞こえたことを全部言葉にしていくので、「君は詩人だ!詩を書いたらいいよ!」と伝えました。詩には助けられました。薬や医療に頼らず、詩に頼りました。
中川 今、ふたつのことを思っています。ひとつめは、やはり「失敗はする」ということ。GADHAに来た人は「もう絶対に傷つけない人になりたい」と言うんですが、それは無理なので、ちゃんと謝れることが大事。そして、再発を防ぐために自分なりに対策をこうじられるようになることが、ネグレクトに向かわないためにも重要だと思います。
ふたつめは、それを可能にするためには、知識と仲間が必要だと僕は考えています。まず、何が加害で何がケアなのかという知識そのものを持つこと。そして、「わかっているけどできない」という苦しさをわかちあう仲間を持つこと。それができれば、被害者の方に対して「わかってほしい」と二次加害をしないでいられるんですよね。とくに親子関係で多いのが、親が被害者である子どもに「私にもいろいろあったんだよ」と理解してほしくなってしまうので。でも誰にも共有できないことはあまりに苦しいので、GADHAでは自身について語り、ほかの人が「わかるよ」「やっちゃう時あるよね」と間違いを認めていく。その上で、知識をもとに「なにができるだろうか」と考え、「ここが変わった」と言い合いながらやっていくことが大事かなと思いますね。
坂上 子育てで悩む親が気軽に集まって話ができるような場所がもっとあるといいですね。『ヘルシンキ 生活の練習』という朴沙羅さんの本のなかですごくいいなと思ったのが、フィンランドは各自治体で「親の会」のようなものをたくさん開催していること。説教されたり、正しい親のようなものをやるんじゃなくて、ただ集まって愚痴るだけでも全然違うと思います。
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どうしたら、仲間と出会えるのか
大川 仲間や場所、その人にとって大切なものを見つけられるかどうかは、環境や知識、または知識を持てる環境かどうかにもよるとも思うんです。けれどもそういった場所や環境はなかなか制度設計として充実していない。どうしたら仲間や場所と出会えるのでしょうか。
坂上 求めれば、今はネットで情報にたくさんアクセスできる。「ちょっとお試しでやってみようか」というのも良いと思います。モデルはこの世の中にいっぱいあるはずだから、いろんなところにアクセスして自分なりに情報を集めて、参加したり、自分でちょっとずつ作り始めるのもいいかなと思います。
中川 調べれば出てくるのはまず大きいですね。けれどもDV加害者について調べると、基本的には「変わらない」「やばい人たち」「すぐ離れなきゃいけない」と出てくる。これを変えるのが重要だと思い、メディアで連載させていただいたり、ホームページを作ったりしたほか、クラウドファンディングでお金を集めて広告を出せるようにしようかなと思っています。妻が子どもを連れて出ていった時に、調べた先に広告を出せるようにしたい。どのタイミングで情報に触れるかによってその後が全然違うので、タイミングをちゃんと作っていくコンテンツを作るのが大事です。
もうひとつは、当事者のロールモデルを作ろうともしています。「毒親」や「虐待親」という言葉を引き受けないといけないことはとてもキツいですが、それでもなお幸せになることができる人たちがいるとか、そのプロセスが言語化されていて「こんなふうにステップ化されているなら私もできるかも」と思えることが、当事者にとって安心感になります。僕たち発信者としては、加害者も変われるし、その言葉を引き受けてもなお幸せになれるという文脈を社会に作っていくことが大事だなと思っています。
大川 お話を伺っていると、一人ひとりに配慮する政治や、罰で苦しめるといったことではない考え方や心持ちを受け入れられる人が増えていくことで、居場所が見つけられなくて困る人たちがいなくなり、連鎖は少なくなっていくのではないかと感じます。
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Q&A ー自分をケアしていくためにー
客席からの質問にお答えしました。
Q:子どもと関わっていくなかで負の感情が生まれてしまう時、対処の仕方は? 怒ってしまった時に心がけていることは?
中川 PaToCa(※変わりたい毒親のためのコミュニティ)で感じていることは、子どもに怒ってしまった時にクールダウンをしたり子どもと距離を取っている人もいれば、自分を責めるモードに入って負の連鎖に陥らないように好きなものを食べたりして自分を休ませている人もいる。そんな、自分も苦しいし、怒っている自分に対する悲しみや絶望もあるという時に、弱っている自分をちゃんとケアすることが必要なのかな思います。自責しているとかえってキツくなってしまう。
坂上 大人も人間だからネガティブな感情を抱くので、「自分は今こんな感情を抱いている」と相手に伝えるのも一つだと思います。「君はなんでそういうことをするの」とか「今どういう気持ちでいるのか」と。でも、突然その場でうまく語れない方は多いと思う。なので、「気持ちを語る」という練習を日常的にしておけば、なにかあった時にコミュニケーションが取りやすくなるかなと思います。
たとえば、私は少年院でワークショップをやる時に、NVC(Nonviolent Communication)という団体が販売しているカードを使うこともあります。感情が書かれたカードを床に巻いて、そこから選んで自分の今の感情を語ってもらったり。また、100均で売っている小さい色紙を使って、子ども達に「今の気持ちはどの色?」と聞いて、語ってもらう。それを何回か繰り返すうちにちょっとずつ語れるようになるんです。
山口 そもそも「怒る時は、相手はきっかけでしかない」という意識を常に持っておく。自分の身体がしんどいとか、今日は人間関係がうまくいかなかったとか、子どもの時に似たシチュエーションですごく怒られたとか……。私の場合は、子どものおもちゃや夫の脱ぎ捨てたパジャマとかで家が散らかっている時と、子ども同士が喧嘩の中で相手に暴力をふるった時に、自分でも制御できなくなってしまう。それはあらかじめ子どもには伝えてあります。実際に抑えきれないイライラが出てきた時は「私は今イライラしています」と自分の感情を口に出して解説し、「ちょっと近づかないで」としています。
自分が子どもの時に、お母さんが疲れてて怒っているのにそれを私のせいにするのは納得できなかった。だから「分ける」ということがすごく有効かな。
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坂上 欧米ではタイムアウト(*1)というものがありますよね。
子どもにタイムアウトさせるのは違うので、大人側がタイムアウトするのはありだと思う。私は自分の部屋に閉じ込もって、好きなヘビメタをわーっと聞いて、ちょっとリフレッシュして戻る。車の中で大声で歌うこともありました。子どもが悪いということにするのは、一番見当違いかなと思います。
Q:映画を最後まで見て、刑務所に入る前にどこかで止められたんじゃないかなとも思いました。表面化する前に止められるストッパーをつけるためのアドバイスはありますか?
中川 GADHAをやっていって「ああ、歯止めになったな」と感じる時はかなりあります。たとえば、離婚や別居といった状況になった時にパートナーやお子さんに対してストーカーのようになってしまうケースもあるのですが、そういう人の本心には「もっとわかってほしい」のような気持ちがあると感じることがあります。行動に移す前に運よくGADHAに来ていただければ、わかりあえる仲間ができるかもしれない。
でも、モラハラをしている本人にGADHAを紹介するのはすごく勇気がいりますよね。それが最近、モラハラについての漫画を描いたことによって「本人に渡しやすい」と言われるようになりました。GADHAに来られた人にも「漫画を友達に紹介されて」という方はかなり多いです。そのように、紹介できる活動先があることと、紹介にいたる前のクッションとなるコンテンツが必要だと思います。坂上さんの映画もそういう面がありますね。
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Q:お三方とも、他者の傷を通して自分の傷と向き合わざるを得ないお仕事です。感情移入をしすぎると長期的に続けるのは難しいのではないかと思いますが、どうしていますか?
山口 私は自己中に演劇をやってきたので、続ける苦しさはあまりありませんでした。あと最近、ブッダの瞑想の本を読んで、「今この瞬間を生きる、ということなんだな」と思うようになりました。たとえば、自分が人に認められたり賞をとったりした嬉しい気持ちと、自分以外の人が注目されて悔しいという嫉妬の気持ちって、自分にとっては全く同じ「感情」である、という考えなんですよね。そういう視点に立つと、少し希望が見えてくる感じがします。
坂上 私はむしろドキュメンタリーに支えられてきています。いろんな話を聞くのはつらいし、悪夢を見て叫ぶこともあるし、二次受傷のようなこともいっぱいありました。でも、感情を理解し、受け止めて暴力的ではない方向で適切な方向で表現する、ということをちょっとずつ学んできた。「感情の筋肉を鍛える」という考え方があって、本当の筋肉はなくてヤバいけど、感情の筋肉は30年以上の積み重ねでムキムキになって、大変な話も聞けるようになっています。
あと、山口さんが瞑想のお話をされていましたが、ネイティブアメリカンのスウェット・ロッジという儀式がすごく好きなんです。簡単に言うと、サウナみたいななかで極限状態が始まって、何かが降りてくるような感覚を味わう。大地のような、人間以外のものと全部つながっているという感覚がうまれるんです。そういったことや、好きなことを毎日やっていくことで、大変さを乗り越えてきました。
中川 僕の場合は、GADHAのコミュニティに参加してくださっている人が僕を傷つけた人とすごく似ていて、逆に傷つけてしまったことがあります。「こうしたら?こうしたら?」「こういうふうにしてね、はいはい」と言って追い詰めてしまった。途中で、自分が本当は親にしてほしいことをこの人に押し付けていると気づいて反省しました。その方には謝りましたが、結局離れてしまって、それをずっと後悔しています。
それ以来、二度とこのような状況が起きないためにといろいろ調べた結果、大きく3つの方法に辿り着きました。ひとつ目がセルフケア。自分が好きなことや、自分が落ち着けることの知識をきちんと持って、それをやる。ふたつ目がピア(ピアサポート:仲間同士の支え合い)。僕が代表だからと抱え込まずに、メンバーに「こういうことがしんどい」と状況を共有するようにしました。みっつ目がエクスターナルという、外部のケア資源を持っておくということ。僕の場合は、運よく妻との関係が安定的なものなので、「これがしんどい」と言える相手がすぐ近くにいる。外に助けを得られる術があると生きやすくなるのかなと思っています。
大川 最後に、皆さんがセルフケアの重要性についてお話してくださり、改めて感じ入りました。ありがとうございます。
記事の前編はこちら
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脚注
タイムアウト…精神科や心療内科などで、ストレスが強い状況から一定の時間離れて感情を調整する方法
▼出演者プロフィール
坂上香
ドキュメンタリー映画監督。NPO法人「out of frame」代表。一橋大学客員准教授。高校卒業と同時に渡米・留学、ピッツバーグ大学で社会経済開発学の修士号を取得。南米を放浪した後、帰国後TVドキュメンタリーの道へ。「被害者」による死刑廃止運動、犯罪者の更生、回復共同体、修復的司法、ドラッグコート(薬物裁判所)など、暴力・犯罪に対するオルターナティブな向き合い方を映像化。ATP賞第1回新人奨励賞を皮切りに、ギャラクシー賞大賞、文化庁芸術祭テレビ部門優秀賞、ATPドキュメンタリー部門優秀賞等、数多くの賞を受賞。2001年TV業界を去り、大学専任教員に転職。メディア教育に従事しながら、薬物依存症の女性やその子どもたち、刑務所等に収容される人々を対象に、映像やアートを使ったワークショップも行う。2012年、映画制作に専念するためインディペンデントに。劇場初公開作品でアメリカの刑務所が舞台の『ライファーズ 終身刑を超えて』(2004)で、New York International Independent Film and Video Festival海外ドキュメンタリー部門最優秀賞を受賞。2作目の『トークバック 沈黙を破る女たち』(2013)はLondon Feminist Film Festivalのオープニングに選ばれる。「暴力の後をいかに生きるか」をテーマに、「希望」や「成長」に着目した作品をこれからも作り続けていきたいと考える。主な著書に『癒しと和解への旅』(岩波書店)、『ライファーズ 罪に向きあう』(みすず書房)、「プリズン・サークル」(岩波書店)、「根っからの悪人っているの?」(創元社)。絵本の翻訳に『ねぇねぇ、もういちどききたいな わたしがうまれたよるのこと』、『きょうのわたしは ソワソワ ワクワク』(偕成社)。
中川瑛
モラハラ・DV加害当事者団体GADHAを主宰し、ミクロな「加害者個人」の変容や、その背景にあるマクロな「加害者を生み出す構造」の変容に取り組む。近著に『別居・離婚後の「共同親権」を考える(分担執筆 第五章担当)』(明石書店)、『ハラスメントがおきない職場のつくり方』(大和書房)、『孤独になることば、人と生きることば』(扶桑社)、コミック『99%離婚』(KADOKAWA)シリーズ原作など。
山口茜
劇作家・演出家。龍谷大学文学部日本語日本文学科卒業後、自らでプロデュースし演劇を上演する団体、トリコ・Aプロデュースを設立。京都を拠点とし、東京・大阪などでも演劇を上演。関西では演劇ワークショップの講師などもつとめる。2007年9月〜2009年9月までの2年間文化庁新進芸術家海外留学制度研修員としてフィンランドに滞在。帰国後、活動を再開し、利賀演劇人コンクール2015に参加したメンバーでサファリ・Pを立ち上げ。2010年からは龍谷大学非常勤で講師も務める。2021年~メニコン シアターAoi芸術監督。
▼『プリズン・サークル』概要
ぼくたちがここにいる本当の理由
「島根あさひ社会復帰促進センター」は、官民協働の新しい刑務所。警備や職業訓練などを民間が担い、ドアの施錠や食事の搬送は自動化され、ICタグとCCTVカメラが受刑者を監視する。しかし、その真の新しさは、受刑者同士の対話をベースに犯罪の原因を探り、更生を促す「TC(Therapeutic Community=回復共同体)」というプログラムを日本で唯一導入している点にある。なぜ自分は今ここにいるのか、いかにして償うのか? 彼らが向き合うのは、犯した罪だけではない。幼い頃に経験した貧困、いじめ、虐待、差別などの記憶。痛み、悲しみ、恥辱や怒りといった感情。そして、それらを表現する言葉を獲得していく…。
監督は、『ライファーズ 終身刑を超えて』『トークバック 沈黙を破る女たち』など、米国の受刑者を取材し続けてきた坂上香。日本初となる刑務所内の長期撮影には、大きな壁が立ちはだかった。取材許可が降りるまでに要した時間は、実に6年。この塀の中のプログラムに2年間密着したカメラは、窃盗や詐欺、強盗傷人、傷害致死などで服役する4人の若者たちが、新たな価値観や生き方を身につけていく姿を克明に描き出していく。
▼「芸術監督トークシリーズ」について
劇場がインクルーシブな場所であるために
メニコン シアターAoiの目指す姿を「自分が主役と思える場所」と定義し、常にマイノリティに寄り添う場所でありたいと志す芸術監督の山口茜が自ら発案・企画するトークシリーズを、2024年度より始動します。
山口が掲げる劇場の目指す姿を見据え、山口が、劇場が、そして作り手・観客をはじめとして、この社会を構成する全ての人が、他者に寄り添い、インクルーシブであるために考えるべきこと、知っておく必要があることを、共に学ぶためのトークシリーズです。
各回、映画もしくは演劇の作品鑑賞とその後のトークセッションをワンセットでご覧いただきます。トークについては、作品に関係する様々な要素から、トークホストも務める山口が、劇場がインクルーシブであるために考えを深めたいテーマを選び、各作品のクリエーターに加えて、そのテーマに知見を有するゲストを招き、山口が来場者とともに学ぶことのできる場づくりを行います。
トークセッションの内容は社会的な共有知と考え、後日レポート記事をWEB上で公開し、インクルーシブな劇場、そして社会が実現に繋がることを目指します。