エルロコが見ているもの
マルセロビエルサが"El Loco"と呼ばれているのはもう誰もが知っているところだけど、改めて考えてみると、尊敬と愛を目一杯に詰め込んで"狂人"と呼ばれるのは、やはり並外れた人間なのだな、と思い知らされる。
そんなどうでもいいことを考えながら、ふとこう思った。なんでビエルサはいつも座っているのだろう、と。
監督というものは普通立って見ているものだし、座って試合を見ているときというのは、大抵試合がうまくいかず、ベンチで人目を逃れているときである。
座って試合に臨む監督といえば、他にはホジソンかスールシャールくらいなもんだが、ホジソンはお年を召して立っているのがしんどいからだろうし(それでも試合をコントロールしているのは名将と言わざるを得ない)、スールシャールは晩飯のことを考えているだけだから、ビエルサとは明らかにモノが違う。というかそもそも、エルロコはベンチではなくピッチサイドまで出てきて座っている。
ひとつ考えられるのは、その視点でしか見えないものがあるということ。といっても、サッカーは俯瞰から見た方が、より状況を捉えやすいのは間違いないし、試合を左右する情報が、芝生の上に転がっているとは考えにくいのだが。
ジャーナリストのギジェムバラゲ氏によると、「ビエルサは毎日4マイル程の距離を歩いて出勤している。試合中に座っているのは、疲れているからだろう」ということだそうだが、バケツに座るのはまあわかるとして、うさぎ跳びのような体勢でしゃがんでいるのは、かえって疲れるのではないか。というかそもそも、それならベンチに座ればいい話だし。
それからこんなどうでもいいことを気になっているのは僕だけではなく、リーズに来て間もない頃、記者が本人に尋ねたこともある。その際には、「私はただバケツに座っているだけで、それ以上でも以下でもない」と答えている。ミステリアスを売りにする歪んだ自己顕示欲の持ち主とは思えないし、彼が答えをぼやかすということは、それ相応の理由があるのだろう。
ちなみに彼がバケツと言っているのは、エンブレムとクッション付きの、リーズから支給されたもの。公式ショップでレプリカも販売されている。椅子を買ってあげるのではだめなのかと思うけど、ラツィオやマルセイユでクーラーボックスに座っていた頃と比べると、本人もご機嫌そうだし、まあいいか。
天才とバカは紙一重というが、実際のところ、凡人の我々には到底理解が及ばないために、ある種バカに見えているだけ、ということなのだろう。なぜビエルサが、ダグアウトで座っているのかはわからない。でも彼は、あのバケツの上から何かを見て、そして、探している。それは我々はおろか、クロップも、ペップでさえもわからない。でももしかしたら、ゆっくりコーヒーを楽しんでいるだけかもしれない。