人間の罰、神さまの罰
人生、良いことばかりじゃありません。
法律で犯罪とは、定義づけされています。
犯罪を犯す=法律に違反する。
これは、人の(この場合警察等)に逮捕され、
裁判になり、有罪になれば罪を償います。
そして、それは日本の場合、
賛否両論あいますが、極刑以外は、
人が生きている間の出来事。
対して、神様の罰、”天罰”というやつは、
裁判もないですし、目に見えて罪を
言い渡されるわけではありません。
しかし、神様の罰”天罰”は確かにあると
思えます。
例えば、お酒が好き。
これじたい、罪ではありません。
でも、必要以上に深酒し、
それが日常化してしまうと、
肝臓をはじめ、体の各所に
異常をきたします。
もしも、肝硬変でも発症したら、
入院どころか、命の危機です。
一生完治すること無く、
命の危機を感じながら、
日常生活を送らなければ
ならないでしょう。
昔の人は、
”お天道様が見ている”
などと言って、
自分を戒めたりしていましたが、
これは、必要な事だった気がします。
人は、自分が思うほど、強くはありません。
他人に流されやすく、自分に甘いのが、
当たり前です。
社会的な罪は、償えます。
ですが、神様の罪は、
自分の一生を左右しかねない、
生死を左右しかねない、
大きな罰が降ってきます。
日々の生活の中で、
ほんの数分でもいいから、
お天道様の目を気にしてみたら、
一日を気持ちよく過ごせるかな?
と、思ったり、思わなかったり。。。
#人の罰 #神様の罰
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