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tari textile BOOK 後編 #10「素材にふれる丹波布」第3話

第3話

 

「タリさん、ここ、ここ。ぼくはここにいるよ!」

 収穫後の白い綿のかたまりの中から、その声は聞こえていた。

「わたねくん、こんなところに!」タリは、その白いふわふわの綿の中にいるわたねくんを取り出そうと、指で探ってみたが上手くいかない。

「わたねくん、この白いふわふわのわた毛の中から出てきてよ」

「それが、そうもいかないんだ。この白いわた毛はぼくの身体の一部、種の表皮細胞が長く伸びたものなんだ。なかなか取れないでしょ」

「そうだったの? 知らなかったよ。でもわたねくん、茎も葉もすっかり枯れていたし、もう死んでしまったのかと思ったよ」

「ふふふ、ぼくは種から芽、茎や葉、花や蒴、そして収穫後の綿へといろんな姿に変化しながら1年を生きて、またこうして種になるんだ」

「すごいねぇ。それはそうと、わたねくんとまた会えて嬉しいよ。引き続きよろしくね」

「それにしてはずいぶんあっさりと枯れ枝だったぼくを引き抜いていたような……まぁいいか、うん、タリさん引き続きよろしく」

 こうして2人の最高の織物づくりの旅は、いよいよ本格的に始まろうとしていた。

 

「ところでタリさん、最高の織物って、いったいどんなものなの? どうやったらつくれるの?」ふわふわのわた毛をまとったわたねくんは、タリに尋ねた。

「さぁ、どんな布だろうね、どうやったら出来るだろうねぇ」とタリ。

「え? どんな布か、どうやったらつくれるのかわからないの?」

「うん、わからないよ。むしろわからないから楽しみというか。でも今私が学んでいる丹波布っていう織物と、基本は通じている気がするんだ。手紡ぎで、草木染めで、手織り。それに加えて今回は、和綿を、それも自分で育てた和綿を使ってみたいんだ。それが最高の織物に近づくヒントになる気がするの」

「う~ん、そうなのかぁ。なんだかよくわからないけどなんとなくわかるような気もする……」

「最高の織物をつくるには、素材である綿わたのことをよく知って、綿と仲良くなりたいと思っているんだ。そこでこの度はわたねくんにご協力をお願いした次第です」

「そうだったんだね、タリさんも模索しながら進んでいるところなんだね。なんだかぼくと似ているな。でもお話を聞いていて、細かいことはよくわからないけどぼくもわくわくしてきた」

「でしょでしょ、さぁ、早速収穫した綿を、綿繰わたくりしよう」

 

 タリは綿繰機わたくりきをセットし、右手でハンドルを回しながら、左手で収穫した綿を持ち、回転する2つのローラーの間に入れ込んでいく。

「イテテテ、タリさん、もう少し綿を乾燥させてからの方が綿離わたばなれが良くなるよ。ただでさえぼくらアルボレウム族は、たねからわた毛が離れにくい(綿離れが悪い)種族だから」とわたねくんは身体の表皮細胞をひきちぎられながらも丁寧に説明してくれる。

「そうか、わたねくん痛かったよね、ごめん」タリは申し訳ない気持ちになってそう言った。

「いやいや、全然大丈夫。ぼくらもいよいよ綿としての仕事が始まるんだって、身が、いや種とわた毛が、引きちぎられる思い」

 

 そうしてタリは、今季わたねくん(枝)から収穫したコットンボール15個分の綿繰りを無事に済ませた。ローラーの向こう側に引きちぎられたわた毛が、手前側に種が、それぞれ取り出された。

「あれ?思ったより少ないな。計量してみると、原綿げんめん(わた毛)の重さが約10グラム、種は300粒で重さが約20グラム。ほとんど種の重さだね」

「そうだよ。収穫後の、種入りの綿(シードコットン)の重さのうち、3分の2は種なんだ。それよりタリさん、布を織るのにどのくらいの重さの原綿がいるの?」

「えっと、今回は半反で経糸308本だから……500グラム弱かな。ってわたねくん、全然足りないわ」

 タリの想像を超えて、織物を作るにはたくさんの綿が必要であることがわかった。そのためにはとてもたくさんの棉を育ててその実を収穫しなければならない。

「そうかぁ、自分で育てた綿を使うって思ってた以上に大変なんだね。今回の綿だけではとても無理だけど、時間をかけてでも、ぜひともやってみたい。そしてたくさんの棉を育てるのは自分1人では難しそうだから、仲間を募集して、みんなで育てた綿を使ったみんなの布を作るよ」とタリ。

「それはいいね。それなら種もたくさん必要になるよね。ぼくの家族や和綿村のみんなにも協力してもらおう」

「わぁ、わたねくんありがとう」

 

 わたねくんは一旦故郷の和綿村に戻り、家族や村の仲間たちに事情を説明した。

「タリさんは、一見奇妙な人なんだけど、いや実際だいぶ変わってる人なんだけど、悪い人ではなさそうだし……最高の布づくりにぼくらの力が必要なんだって。話を聞いていたら詳しくはよくわからないけどなかなか面白そうなんだ」

「たしかに、悪人ではなさそうだったわね。でもどんな布になるかもわからないなんて、大丈夫かしら」わたねくんのお母さんは少し心配そうだ。

「お兄ちゃん、とっても面白そうだね。わたみ、一緒に行きたい!」わたねくんの妹のわたみちゃんはやる気満々だ。

「そうだなぁ、このままぼんやりとただの和綿でいるよりも、面白そうだな」と村のみんなもだんだんと心が動いていた。

 

 そして、和綿村の有志メンバーを引き連れて、わたねくんはタリの元へ戻った。

「タリさん、ただいま。仲間たちも一緒だよ」

「わたねくんおかえり。そしてみなさんようこそ来てくださいました」

 タリは、わたねくんとその仲間の種たち20粒ほどを小袋に入れ、栽培の簡単な説明を書いた紙もその中に一緒に入れた。そうしてたくさん小袋を作り、友達や家族に配った。そしてタリが通っていたヨガ教室にも種をまとめて置かせてもらい、興味のある人はぜひ棉を育ててみてください、とお願いした。先生はとても面白がって協力してくれ、教室のメンバーはそれぞれ自由に持ち帰ってくれたようだ。

 種を渡す時は、決して強制ではないこと、「育てなくてはいけない」と思わないでもらえたらありがたいこと、各自できる範囲で、できたら楽しんで育ててもらえたら嬉しいこと、収穫後の綿も自由に使ってほしいこと、もしも何にも使わない、要らないよということであればタリに寄付いただけるととてもありがたいこと、その綿を集めて布を作りたいと思っていること等を伝えつつ、タリ自身も、どのような結果になるかわからないがぜひともこの経験を楽しもう、という思いだった。

 

 そして再び5月の連休になり、タリは今季、わたばたけの畑の自分の畝の、前年より少し広い区画を棉用に準備し(相変わらず他は夏野菜がメインだったが)、種を蒔いた。

 

 2年目ということもあって栽培の要領もなんとなくわかり、無事に収穫の時期を迎えた。

 種を渡した家族や友人、そしてヨガ教室の先生からも続々と収穫の知らせが届いた。タリはもしよかったら収穫した綿を私に寄附してほしい、その綿でみんなの布を作りたいと考えている、と改めて皆にお願いした。

 こうしてありがたいことにたくさんの綿が集まった。タリは全てを綿繰りし、その種をまたみんなに渡した。

 

 同じようにしてその翌年も棉栽培は継続され、綿の収穫ができた。これで3シーズン分のみんなの綿が集まった。この時点で、織物づくりのために目標としていた綿の量にようやく達した。

「わたねくん! ようやく綿が集まったよ。いよいよ布づくりが始められる」この時には丹波布伝承館での修行も4年目となっていたタリ。少しは成長しているだろうか。

「タリさん、いよいよだね、一緒にがんばろう」わたねくんもどこか貫禄が出てきたようだ。

 

そしてタリはおもむろに、謎の弓を取り出した……


作品NO.19

→経糸:栗(木酢酸鉄)、栗(おはぐろ)、柘榴(木酢酸鉄)
 緯糸:栗(木酢酸鉄)、栗(おはぐろ)、柘榴(木酢酸鉄)
 整経本数306本、半反

 

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