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tari textile BOOK 後編 #11「素材にふれる丹波布」第4話

第4話

 

 タリは押し入れからおもむろに謎の弓を取り出した。

「ついにこれを使うときが来たか」

 この弓は、種を除いた後の綿の繊維を、ふわふわにほぐすための道具だ。柄の部分は竹製で、弦は弾力性の高い樹脂のような素材。床の上に綿の繊維を片手で掴めるくらい置き、弦を綿に当て、びーんびーんとはじく。「綿打わたうち」という作業だ。

「ところでわたねくん、もう今は種から分離した繊維の状態だけど、変わらずそこにいるんだね?」タリは弦をはじきながら尋ねた。

「うん、繊維もぼくの一部だからね。今は繊維の姿になっているよ」

「そうか。それで、綿打ちってこんな感じでいいの?」とタリ。綿繰わたくり後の、潰れて固まっていた綿繊維が弦ではじかれ、空気を含んでふわふわになってきた。

「そうだね、そんな感じかな。偏りなくまんべんなくね」

「だけどこれは結構な時間がかかるな。いっぺんにしないで少しずつしよう」

 こうして綿打ち作業を繰り返し、ふんわりとほぐれた綿がまず100グラム程できた。

 

「さて、次は『じんき』作りだね」タリは続いて1辺20センチ程の四角い木箱と、塗箸ぬりばしを1本取り出した。

 綿打ち後の綿を木箱の上に薄く広げ、その上に塗箸を置き、綿を巻き付ける。手前から、手のひらを使ってくるくると巻いていき、直径2、3センチの太さにする。そして箸を抜き取るとじんきの出来上がりだ。

「わたねくん、繊維の方向揃ってる?」

「弓で綿打ちした繊維はなかなかきれいに方向を揃えるのが難しいよね、まぁあまり神経質にならずにね」

 こうして出来上がったじんきは約20本。機械で綿打ちした綿で作ったじんきに比べると、ほぐれ方にムラがあり、繊維の方向も不揃いで、ぼこぼこしたかたちのじんきだったが、その並んだ姿はどことなくたくましい。

「じんきになったわたねくん、なんだかカッコいいね」とタリは思わずそう言った。

「ありがとう、タリさん。ようやくここからがスタート、いよいよ糸紡ぎだね」

 

 タリは出来上がったじんきを左手にそっと持ち、右手で糸車のハンドルを握った。

 右手を時計回りに回すスピードと、左手を斜め後ろに引くスピードの兼ね合いで、糸の太さや撚りが決まってくる。初めての和綿、しかも自分で綿打ちした和綿は、今まで紡いでいた機械綿打ちによるエジプト綿めん混の米綿べいめんとは感触が全然違った。

「なんだか滑らかに細い糸になりにくいな。ポスっと抜けるように切れやすくて、繋げていこうとすると少し太めになる。なんとなくサクサクした感じがする」とタリ。

「ぼくらはエジプト綿や米綿より繊維が太くて短いから、そして天然の繊維のりも弱くて間隔が長いから、繊維同士が絡まりにくくて、どうしてもそうなりやすいんだ。そんな感触の違いも楽しんでね」とわたねくん。

「やっぱり和綿、それも自分で綿打ちした綿で糸紡ぎするのは難しいな。なかなか均一な糸にならないよ、こんなんじゃ最高の布にならないかもしれない」

 ただでさえ糸紡ぎが好きで、しかも今回はみんなの綿を自分で綿打ちした和綿ということもあり感慨深く糸紡ぎをしていたタリだったが、少し弱気になってきたようだ。

「タリさん、今までの綿と比べても意味がないし、均一じゃなくても糸は糸だよ。まずはタリさんが気持ちよく紡ぐことが一番だよ」とわたねくんはそう言ってタリを励ましたが、ふとそれは今の自分自身にも言えることだと思った。

「そうだね、今までの他の綿と比べても仕方ないよね。今は自分とわたねくんたちの力を最大限活かせるように、気持ちよく糸を紡ぐことに集中するよ」

 それからタリは、焦らず、わたねくんたちのじんきから出る糸の感触を味わいながら、気持ちよく紡ぎやすい糸を紡ぐことを楽しんだ。

 こうして糸紡ぎをひと月ほど続け、織りに使う分の糸が揃った。

 

 紡ぎ終えた糸は、綛上かせあだいを使用して巻き取り、1つ約50グラムのかせにする。その綛が10個できあがった。その、白くキュッと結ばれた姿はなんとも頼もしく、次の作業を待ってはりきっているようだ。

「タリさん、糸紡ぎお疲れさま」わたねくんはタリに声をかけた。

「わたねくん、キュッと巻いたねじりはちまきみたいで凛々しいね」

 

 そして、タリとねじりはちまきを締めてやる気満々のようなわたねくんたちは、颯爽と、次なる作業のために染色室へと向かった。


 

作品NO.20

→経糸:枇杷(石灰)、枇杷(みょうばん)、枇杷(木酢酸鉄)、柘榴(木酢酸鉄)
 緯糸:枇杷(石灰)、枇杷(みょうばん)、枇杷(木酢酸鉄)、柘榴(木酢酸鉄)
 整経本数308本、半反

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