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tari textile BOOK 後編 #13「素材にふれる丹波布」第6話

第6話

 

 藍染めを終えたあと、タリはそのわたねくんたちの糸を用いて順調に布づくりを進めていった。初めて和綿で、それも自分で弓を使って綿打ちした綿を紡いだ糸だったので、整経せいけいやちきり巻き、そして機織りの段階で、糸が切れるなどのトラブルがもっと頻繁に起こるのでは、と心配していたがそれほどでもなく、いつも通りの感じで、これまで学んできた丹波布の技法でその布を織り上げた。

 いつも通りとはいえ、その布はみんなの育てた綿から生まれた、タリにとっては特別な意味を持つ布になった。みんなの綿がとてもきれいな白で、柔らかくふわふわしていたことが印象的だったので、その白さを活かした布にしよう、と考えた縞。それは、青い空に浮かぶふわふわの雲、そんなイメージだ。

 

 その布は丹波布という名前になるのだろうか? ルール上は、正式に丹波布と呼ぶこともできる布だが、タリにとっては名前は重要なことではなかった。丹波布の生徒として4年間学んできて、そこから1歩、自分なりの布、タリ族の布に近づけた手応えがあり、それがとても嬉しく、重要なことだった。あえて名付けるとすれば……丹波にこだわらずに「みんな布」とでもつけようか。いや、それは何でもいいのだ。タリはその布を持って、大阪梅田のヨガ教室へ向かった。

 

「先生、お久しぶりです。みんなの綿から布ができました」

 タリはそのヨガ教室に、会社員時代、直感と不思議な縁に導かれるように通い始め、先生を筆頭に多くの人々との素敵な出会いがあり、わたの栽培にもそこに通うたくさんの人が楽しみながら参加してくれた。タリはこの織り上がった布を全て、先生とヨガ教室に献上させてほしいと申し出た。

「うん」先生はいつものように、しっかりタリの目を見て微笑み、ゆっくりと確信を持ったように頷いてくれた。

 その反物は教室の中の神棚のような場所に、いろいろな捧げ物と一緒に置かれた。タリは自分の控え用にその布の切れ端を取っておくこともせず、出来上がった布全てを献上したので自身の手元には何も残っていない。しかしタリはその布をそこに置いてもらえることがとても光栄で、何も自分の元に残らないことで逆に清々しい気持ちがしていた。それは、次の新たな最高の布づくりに向けられた、青い空に浮かぶ雲のように軽くて柔らかい、わくわくした気持ちだった。

 

 

「わたねー、寝てるの? 起きてペロの散歩に行ってきて」買い物から帰ってきたわたねくんのお母さんが下の階から呼ぶ声で、わたねくんは目を覚ました。

「うぅん、むにゃむにゃ。あれ? ぼく、寝てたのか」わたねくんは、おじいさんからもらった布切れを肩にかけて、机で居眠りをしていたようだ。「あれ? タリさんは?」辺りを見回してみても、いつも通りの自分の部屋だ。「おかしいなぁ」

「タリさん? 最高の布? 何寝ぼけてるの。それよりペロの散歩よろしくね」タリのことなど何も知らない様子で、わたねくんのお母さんは夕食の支度を始めた。

「まさかあれは夢だったのかなぁ。でも夢にしてはものすごくリアルな感覚だな……」

 わたねくんはわけがわからないまま、飼い犬のペロを散歩に連れ出した。

「ねぇペロ、聞いて。ぼく、タリさんていう人と一緒に、最高の布づくりをしていたんだ」

「ワン、ワン!」わたねくんはペロに話しかけるが、糸くず犬のペロは嬉しそうにわたねくんの顔を舐めるばかり。

「こ、こら、ペロ、くすぐったいよ。ペロに言ってもわかるはずないよね、それにしてもいったい何だったのかなぁ。まぁいいや、なんだかいつかまたタリさんと出会って、一緒に最高の布づくりをする時が来るような気がする。よぉし、それまでぼくは最高の和綿を目指して、次の種撒きシーズンに向けてしっかり休眠するぞー」

「ワン!」

 

 その頃、誰もいなくなったわたねくんの部屋。あの、おじいさんから受け継いだ布切れが、暖かなオレンジ色の光を放ち、ぼんやりと点滅していた。そして同じ時、授業が終わり先生も生徒たちも帰宅した後のヨガ教室。タリとわたねくんたち糸によって作られたあの反物が、神棚の上で同じようにオレンジ色にぼんやり光っては消え、を繰り返し、わたねくんの布切れの光と不思議に呼応していた。

 

終わり 

 

 

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