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tari textile BOOK 後編 #9「素材にふれる丹波布」第2話

第2話

 
 運命的(?)な出会いを果たしたわたねくんとタリは、最高の織物づくりを目指して歩き出した。

「タリさん、今からぼくたちはどこへ行くの?」わたねくんは、その奇妙な人物と並んで歩きながら尋ねた。

わたばたけの畑に行くよ」

「『棉ばたけの畑』とは不思議な表現だね。棉の畑なの?」

「私が今住んでいるのが『棉ばたけ』という名前の建物で、そこの住人が借りている自家菜園用の畑のことなんだ」

 なにやらややこしいが、わたねくんはとにかく着いていくことにした。

 

「さぁ着いた。ここが棉ばたけの畑で、この4うねが私に分け与えられた部分なの」タリはなんだか嬉しそうにわたねくんに説明する。「さぁ、早速わたねくんを植えよう」

「え? ちょっと待って、タリさん。今はまだ4月の頭、まだぼくを植えるには早すぎるよ」

「そうなの?」

「そうそう、霜が下りなくなる5月の連休頃が良いね。昔の言い伝えでも、立春から数えて八十八夜って言うし」

「そうか、あぶないあぶない、それまで少しの間待たないとね」

「それと、もしできたらぼくを植える前日に、お米の研ぎ汁にぼくを一晩漬けておいてもらえると、発芽しやすくなるよ」

「わかった、そうするね」

 

   その約1ヶ月後 5月5日 晴れ

「わたねくん、昨日は研ぎ汁にゆっくり漬かれた? いよいよ今日植えるね」

「うん、おかげさまで繊維内部にある吸水層にまで水分が行き渡って、発芽センサーが稼働してるよ」そうして2人は、畑で種蒔きの準備に取り掛かった。

「ところでタリさん、ぼくはどのあたりに植えてもらえるの?」

「えーと、ここ」タリは自分の畑の1か所を指さした。そこは4畝あるタリの畑の1畝、その中の3分の1程度の区画だった。他の畝はズッキーニやトマト、ピーマンやかぼちゃなど夏野菜の芽や苗でぎっしり埋まっていた。

「『棉ばたけの畑』と聞いて、棉ばかり植えてるのかと思っていたけど……野菜が多いね」とわたねくん。

「うん、まずは食べることが大事だから」そう言いながらタリは土に指で穴を開け、その穴にわたねくんと、2粒の他の種を一緒に植え、薄く土を被せ、水をたっぷりとやった。その後も晴れた日はほぼ毎日、タリは夕方に畑に寄って野菜とわたねくんたちの様子を見つつ、水やりをした。

 

   1週間後

「あ、わたねくんの芽が出てる。かわいいな」タリは、発芽して土の上に頭をひょっこり覗かせているわたねくんを発見した。その双葉の端には、種の殻が帽子のようにちょこんとくっついていた。

「タリさん、お久しぶり! 太陽の光はやっぱり良いなぁ」わたねくんは大きく伸びをした。隣に植えた2粒の種も発芽し、みずみずしい黄緑色の双葉いっぱいに太陽の光を吸収している。

 

   さらに1週間後

 わたねくんと隣の芽たちは、すくすくと成長し、立派な本葉が出てきた。タリは剪定ばさみを手に畑に現れた。

「できることなるみんなを生かしてあげたいんだけど、最高の織物を作るために間引きをさせてもらうね、ごめんね」そう言ってタリはわたねくんと隣の芽たちを観察した。「ここは公平に、誰が誰かわからないようにして、1番元気の良い子を残すよ。えいっ」パチン、パチン。タリは3本の芽のうち、1番茎が太く葉も大きい1本を残し、他の2本の根本をハサミで切り落とした。そしてその切り落とした2本を土に混ぜ込み、肥料となって力をくれるようにお願いした。

「あの~」残された1本がおずおずとタリに話しかける。「タリさん、ぼく、わたねだよ、これからもよろしくね」

「わたねくん! そうか、1番元気な芽はわたねくんだったんだね。切った残りの2本の分も大きく育ってね」

 

 その後、畑では夏野菜もわたねくんもぐんぐんと大きく成長していった。7月に入って気温も上がり、たくさんの日光を浴びたわたねくんは、タリの腰あたりまでの高さになっていた。

「わたねくん、調子どう? あ、1番目の花が咲きそうだね」タリはわたねくんに尋ねた。

「ぼくたち熱帯原産なので、夏になってますます元気だよ。そうそう、そろそろ摘心をしてもらおうかな」

「え? 切っちゃっていいの?」

「うん、そのほうが実に栄養が行き渡って、大きく充実した綿になれるんだ」

 タリはなんとなく悪い気がしたが「えいやっ」と思い切ってわたねくんの茎を70センチ程のところで切り落とした。

 

 その後も、夏の日差しをたっぷり浴びてわたねくんはすくすく成長し、次々に花を咲かせていった。

「わたねくんの花とってもきれいだね。あれ? 隣の畝に植えているオクラの花と似てる」

「うん、実はオクラさんとは同じアオイ科の親戚なんだ。ちなみにぼくらアルボレウム族は花の中心部分が焦げ茶色になるのが特徴なんだ、おしゃれでしょ」

「そうなんだね、シブくていい感じ」

 花が落ちたあとは小さな緑色のコットンボールが膨らみ始め、いよいよ実りのシーズンを迎えようとしていた。

 

 8月半ば、わたねくんのコットンボールは下のものから順に大きくなっていき、茶色く熟しはじめていた。1番初めの花が咲いてから約45日後のことだった。

「あ、わたねくん、ついにコットンボールが弾けてなかから綿が出ているよ」タリは興奮してわたねくんに駆け寄った。

さく開絮かいじょしたね」

「そういえば、わたねくんのコットンボールはどうして下向きに開くの?」

「ぼくたちアルボレウム族は、長い間雨の多い地域で暮らしてきたから、開絮した時に中の綿が雨に濡れないよう、下向きに開くんだ」

 その時、急に空が暗くなってきた。

「そういえば、台風が来ているって天気予報で言ってた。わたねくん、茎も細いし大丈夫かな?」タリは心配そうに尋ねた。

「そうだね、支柱をしてもらえると安心かもしれない」

 タリはわたねくんの側に支柱を立てて、数カ所を茎と結びつけた。そのおかげで台風の暴風にも折れることなく、わたねくんは順調に成長、コットンボールも次々に弾け、タリはその都度白い綿を収穫した。

 

 秋も深まった10月初め。わたねくんの葉はほぼ枯れ、その枝には数個の緑色のコットンボールが残るのみとなった。

「わたねくん、涼しい風も吹き始めたけど、寒くない?」

「そうだね、もうそろそろ今シーズンの実りも終わりかな。この畑に次の作物を植える準備もあるだろうし、抜いてもらってかまわないよ」

「でも、まだ緑色のコットンボールが残っているよ」

「大丈夫。そのまま収穫して、暖かい乾燥した場所に置いておいてもらえれば、じきに開絮するよ」

 タリはわたねくんの言う通りに残ったコットンボールを収穫し、わたねくんをひっこぬいた。

「わたねくん、お疲れさま。おかげで綿がたくさん収穫できたよ、天国でも元気でね……」タリはわたねくんとの別れを惜しんだ。とその時。

「タリさん、ここ、ここ。ぼくはここにいるよ!」収穫した白い綿を乾かしていたカゴの中から声がする。

「あれ? わたねくん?」タリはその声のする白い綿の固まりを取り出しよく見てみた。するとその中にはいくつかの種が入っており、その中の一つにわたねくんがいた。


作品NO.17

→経糸:ヤシャブシ(みょうばん)、ヤシャブシ(木酢酸鉄)、ヤシャブシ(おはぐろ)
 緯糸:ヤシャブシ(みょうばん)、ヤシャブシ(木酢酸鉄)、ヤシャブシ(おはぐろ)
 整経本数308本、半反
 

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