「tari shirt展 ~タリ族の衣文化~」 展示補助資料 #3 「ムツミ商店」期
「ムツミ商店」期
その後、運と縁あってテキスタイル製造卸の会社に就職したタリ。覚えることも多かったが、生地にまみれながら夢中になって様々なことを吸収していった。
そんな入社したてのある日、電車の窓から見えていた洋裁教室のことをふと思い出した。最寄りの西宮北口駅前にあり、家からも徒歩5分程だ。すぐに見学に行き、ベテランらしい女性の先生と話しているうちに、むくむくと服をつくりたい気持ちが大きくなっていった。
その日から5年間、毎週末にその洋裁教室に通った。その時々の自分の作りたい服を考え、生地を買ってきて先生に教えてもらいながら一着一着作っていった。生地を先に見つけて、その生地で作りたい服を考えることもあれば、こういう服がつくりたいというイメージが先にあって生地を探すこともあった。
いろいろな生地屋さんで生地を買ったが、その中でも一番お気に入りだった店が船場センタービル内にある「ムツミ商店」。当時のタリの職場近くにあり、たまたま通りかかったのがきっかけだった。紳士服用の生地を扱う店で、初老の店主ひとりでひっそりと営んでいた。
そこにある生地は、一昔前にはオーダーメイドのスーツ等に仕立てられるためにたくさん出入りがあったのだろう。しかしタリがその店に訪れた頃にはそのようにしっかりした生地でオーダーメイドスーツを仕立てる人はめっきり減っていた。店内はいつも静か、生地も何十年も前のもの、といった感じがしてその空間だけ時間が止まっているかのようだった。
しかしそこにある生地たちは、年月を経ても風化しない堂々たる威厳のようなものを感じさせた。タリは、生地を見て触りながらその生地で作ったスーツやジャケットを想像するだけでも幸せな気持ちになっていた。
声をかけると奥から出てきてくれる店主(だいたい奥でTVを見ている)も、謎の人物(タリ)が何度も店に訪れ、嬉々として生地を選ぶことを喜んでくれた。タリはその店でイタリア製や日本製のウール地、イギリス製のツイードなどを厳選し購入、それらの生地を洋裁教室に持って行きジャケットやコート、ワンピースをたくさん作った。
この時期のタリは、仕事で世間の流行ファッションに関わる機会が多く、それはそれで楽しくはあったが、自分が本当に着たいと思う服はなかなか見つからなかった。それよりも、古くてもしっかり作られている素敵な生地で、自分の着たいと思う服をイメージし、下手でも自分の手で作って着ることに大きな喜びを見出していった。
この頃は、まだタリ族の衣文化ということは意識していなかったが、着たい服をイメージし生地を選び作ることも含めて衣服が好きなのだということに気づいた時期であった。