月ミるなレポート⑤

あのとき月ミるなが庇ってくれた理由が今だったらわかる気がする。

僕が月ミるなのために死ぬことができると考えるのは一種の偶然に過ぎない。何かの犠牲になって死ぬという僕は他の誰でもいい。

月ミるなのために死ぬんだという思いは確実に僕のものではあるけれども少なくともかけがえのない僕の死ではない。

月ミるなが死刑台で死んでいく死刑囚を見ている。

月ミるなは遊星になった。かつて衛星だった月ミるなが他の惑星の重力に引かれたように月ミるなを取り巻く登場人物がひとりでに動き、ひとりでにしゃべり、ひとりでに行い、そして事件を起こす。

僕が死刑台に向かう月ミるなを見ている。

時計じかけの月ミるな。月ミるなはひとつひとつの意味をもった部品によって構成される。月ミるなをまったく知らない者に機巧図や歴史によって月ミるなのイメージを伝達することはできる。しかし月ミるなのやわらかさは製造過程では生じない。

平和の祭典を前に月ミるなの踏み絵が行われた。大勢の人が死んだ。

月ミるなが中華テーブルの真ん中に座っている。老翁がテーブルを回し始めた。月ミるなが立ち上がり舞踏する。真紅のテーブル石が閃光を放ち暗号文字が浮かび上がる。回転速度が増していく。暗号文字が月ミるなの身体に絡み合う。光速の中華テーブルが月ミるなごと空に飛んでいった。

遮光器土偶を初めて見たときに月ミるなのイメージが重なった。

司令からの新しい指令。軍団員たちが一斉に最寄りのセブンイレブンに向かう。インターネットプリンターに暗号を入力。20円を投入して指令書を印刷する。B5の用紙が出てきた。

四象限に分かれた指令書は、折りたたむと小冊子になる。司令の頭部を炊飯ジャーのようにパカッと開けた中身を司令自身がスケッチした内容を読み解く。

読み解く、読み解く、読み解く……。何日後かに司令からミッションコンプリートの知らせが軍団員達に届く。どうやら今回もどこかの軍団員がやり遂げたようだ。祝杯をあげよう。今夜は新月だ。

月ミるなは戦国に生まれた(重要)。

原始、月ミるなはプラズマ状の光塊であった。星間ガスを集めてゆっくりと自身の回転数を整えた。徐々に光がなくなって停止した。

月ミるなが周囲にあるものを手当たり次第飲み込んでいく。やがて暗黒のブラックホールになった月ミるなは再び光になる夢を見ながら秒速七十五キロで地球から遠ざかっていった。

月ミるながいる日常。この夢が醒めるくらいならいっそオーバードーズして死んでしまいたい。

月ミるなは霊魂の避難場所だ。肉体から解き放たれた霊魂は月ミるなと一つになって宇宙の再生のために働く。霊魂はやがて綿毛になって電子の風が神託を運ぶ。

象さん象さんお鼻が長いのね。そうよ、るなさんも長いのよ…。

ステージの袖に立つ宮川奈々の背中を押すために月ミるながマイクを持って現れた。月ミるなの瞳の中で宮川奈々は決意する。受け取ったマイクを手にステージの中央へと進む。よく見るとマイクじゃなくてジャイアントカプリコだった。オーディエンスが沸いた。

月ミるなは隣人を愛するようにSNSを愛するクリストファー・ロビン。月ミるなが想像をやめたときSNSからすべての人がいなくなる。

薄暗い空を見ている人がいた。声をかけて話をしていると急に影が差した。一瞬にして空から舞い降りた月ミるなが空を見ていた人の肩を掴んで彼方へ消えていった。

残された人は考えていた。どうして天使は自分を連れて行ってくれなかったのか。

天使が消えていった方角を眺めていると、誰かが声をかけてきた。話をしていると、急に影が差した。肩の衝撃と同時に体が宙に浮いた。

残された人は考えていた。悪魔はどうしてあの人を連れて行ってしまったのか。

外側の文学である月ミるなの断片を丁寧に拾い集めて自分に引き寄せる。やがて月ミるなと自分の境界がなくなって巨大なセフィロトになる。

月ミるなが放ったファイアが講談社を焼き尽くした。

月ミるなが刺された夜を泣きあかす。誰も語ろうとしない。毎年、何万もの人が絶望故に自ら命を絶っている。何度でも人々は集い、そして去ってゆく。

そして彼らは新たに統制され、鼓舞され、奮起する。なぜなら、この思想はこの運動は我が国民の強烈な自己表現であり、永遠の象徴であるのだから。

登壇した月ミるなを少女が日本刀でバッサリ斬った瞬間を捉えた写真がピューリッツァー賞を取った。

るな式ファイナルヘブン。月ミるなの最後の物語が始まる。

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