ニトリとボンドしか勝たん
2022年5月、31歳と2ヶ月にして初めて知ったことと言えば、ベッド(オリジナルポケットコイルマットレス付き)が4081円で売っているなんてことはまずない、ということだった。
僕からしたら衝撃の事実だった。モノってそんな高いの?4081円で売っててもよくない?
新しい寝具を必要としていた僕がネットの海を漂ってたどり着いた先は、どうやら詐欺サイトだったらしい。まさしく無人島だ。
これは「家具350」という実際に存在する家具の通販サイトの偽サイトで、僕はその通販サイトが安いという情報を小耳に挟んでいたから、【ベッド 安い】という初めてネットに触れた中学生の頃から何も変わらない検索スキルを駆使して出てきた「家具350の偽サイト」にまんまと引っ掛かってしまったというわけである。
ニトリもLOWYAもIKEAも凌駕するほどの安値。
他の追随を許さない衝撃のプライスダウン。
小耳に挟んでいただけの家具350さん、ここまで貧乏人に寄り添ってくれるとは。
社長さん、芸人から転身してこの会社作った?ありがとね、ほんと。と、無垢で無防備すぎる思考が僕のなかで肥大化していき、疑うという選択肢が入る隙なんてなくなってしまっていたのだろう。
元来、僕はわりと人を信用して騙されてきたことがある人間なのに、そのことをすっかり忘れてしまうから『安いネット通販』は怖い。
相手の像が見えないからこそ、自分にとって都合いい部分だけを貼り合わせて作り上げてしまうというか。今回、そういう怖さを感じた。
で、僕はホイホイと虚無でしかないショッピングカートに虚無でしかないベッドを入れ、5000円以上で送料無料という言葉に釣られて、さらに虚無でしかないレースカーテンを虚無でしかないショッピングカートに追加してしまった。
そのときの自己評価はもちろん、「俺買い物上手すぎる」。
ネットショッピングで「俺買い物上手すぎる」と思ったら黄色信号かもしれない。
あらゆる個人情報を入れた僕はいよいよクレジット決済画面へと向かう。
慣れた手つきでカード番号を入力し、虚無ベッドと虚無レースカーテンをガチクレジットカードで虚無購入。
僕は知っている。
通販サイトで買い物したらそのあとすぐにメールが来る。
お買い上げありがとうございます!って。
だが来ない。
あれ?とは思いつつも、また都合よく解釈して、まぁ発送の段階で来るのかな?なんて自分の不安をごまかした。
そのあとネタを作ったり飯を食ったり酒を飲んだりしていたからか、メールが来ないという事実はすっかり忘れていて迎えた翌日。
「もしかして会計終わってなかった?」
と思い、もう一度僕は彼の島へ。
虚無セットをまたクリックして虚無購入。
またメールが来ない。
マイページを見てみると、どちらも購入済みになっていて、あーやっちゃった。キャンセルするか。
キャンセルボタンを押すとパスコードが送られてきますよって書いてあるのに、画面に出てくる文字は【パスコードが送信できませんでした】
え?なに?
で、調べる。【家具350 キャンセル パスコード】
の、ときに出てきた第二検索ワード【家具350 偽サイト】
あーーーーーーー。
人というのは不思議なもので、真実を知ろうとするときが一番勇気が要る。事実を突きつけられてそれを消化するときが一番エネルギーを必要とする。
ゼェゼェしながら恐る恐るそのページをクリックする。
うわぁ〜〜〜〜〜〜。
こうして見ると一目瞭然で公式サイトと偽サイトのクオリティ違うじゃ〜〜〜ん。
と素人目に見ても思うほど本当に違くて、偽サイトのURLを確認すると完全に該当していて、安さにつられて真偽も見定められないような自分が本当に情けなく感じた。
急いでカード会社に電話したけど、あれは何なのだろう。何度電話しても回線が混み合っている。
盆と正月とゴールデンウィークが一緒にきた高速道路かよ、と舞台上で放ったらウケるかどうかヒリヒリするくらいの例えツッコミしか思いつかない頭が出した結論は、「まぁいいか。」だった。「繋がらないなら、まぁ、いいか。」「カードのアプリ見る限りまだ支払いされてないし、まぁ、まだいいか。」
面倒くさがりで電話応対が大嫌いな僕がその結論に至るまではすぐだった。
そして早急にベッドが必要な僕は、とりあえずニトリで13000円でガチベッドをガチカードでガチ購入した。
13000円でも安いよな。まじニトリしか勝たん。
2日後、カードのアプリを見ると身に覚えのない支払いが2件あった。
偽サイトで虚無ベッドを買った日だ。
偽サイトでの購入金額とは違って、今回はおそらくそのときに入力したカードのデータを使って他のものを購入されていたっぽい。
これはさすがにと思い、再度カード会社に電話をする。
本当に繋がらない。オペレーターまで辿り着かない。
15分くらい繋ぎっぱなしでようやく繋がって、経緯を説明して、カードを止めてもらい、不正利用かどうか今後調査する旨を説明された。
詐欺被害に遭った僕は、個人情報を聞いてくるオペレーターの方にまで疑念を抱いてしまって、そんな自分に嫌気がさしたりもしたが、ひとまず一連の件にはひと段落ついた。
その夜、もはや最近の唯一の楽しみになってしまっているダニエルクレイグ版の007を見返すという行事が最終日を迎えていた。
最新作ノータイムトゥダイ。
映画館でも観たのだが、今作はとにかくボンドが渋くて哀愁があって、ダニエルクレイグ版のラストを飾るにふさわしい集大成のようなアクションのオンパレードが切なくもあり最高にワクワクさせてくれる。
ボンドはずっと自分の正義を貫いてきた。
誰かに騙され、罠に嵌められ、悪者扱い腫れ物扱いされても、僕は知っていた。
いつだってボンドが正しい、と。ボンドこそ正義なのだと。
今回の詐欺被害を経験してより強くそう思いながら深夜2時に6畳の部屋で、この部屋の何十倍も広いところに住んでいるであろうダニエルクレイグに大きな拍手と賛辞を送った。
多く飛び交う情報、数多ある選択肢、真偽が混ざり合いながら波のように押し寄せてくる現代、僕のような人間には生きるに難しい。この先も誰かに騙されるかもしれない。
だが、これだけは信じてよさそうだ。
ニトリとボンドは常に正しい。