「魔法瓶」について #デザインのゼロ地点
世の中には様々なデザインの製品がありますが、逆にあり過ぎてどうやって選んで良いかわからない…といったことってありますよね。
選ぶための基準となる製品を見つけたり、歴史やデザインの由来を知ることで、モノを選ぶのが楽しくなったらいいなと思い、THEブランドに関連のあるものも、ないものも、僕なりの視点で好き勝手に書いています。
今回は「魔法瓶」について書いてみます。
“最適と暮らす”というビジョンの下、日用品からアパレルまであらゆるジャンルの定番をアップデートするブランド「THE」(@the_tweet_jp)の代表です。
美しい海岸と厳かな雪山で波乗りとスキーを楽しむために日用品から地球環境を変えていきます。
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エネルギーを使わなくても保温・保冷ができる魔法
魔法瓶、字面で見るとなんとも不思議な名前ですね。
製品としては皆さんよくご存知だと思いますが、これって本当に世紀の大発明だと思います。
保温性に優れたものだと95℃で淹れた液体が24時間経っても60℃以上を保てるものも。
構造としては(言葉にするだけなら)至って簡単で、二重構造のボトルの内壁と外壁の間にある空間が真空状態になっているというものです。
この真空の壁が外気との温度差を遮断し保温性や保冷性を高めています。
エネルギーを一切使わずに大きな便益をもたらしてくれるシンプルで効率的な道具ってなかなかお目にかかれないと思います。
ではこの「魔法瓶」はそもそもどんな背景で生まれたのでしょうか。
はじまりは理化学用品から
基本的な構造が生まれたのは1880年代。
ドイツの物理学者であるA.F.ヴァインホルト氏が、多重の壁間の内部を真空にするという容器の原理を発明しました。
その約10年後、1892年にイギリスの科学者ジェームス・デュワー氏が、大小のフラスコが二重になった形状の真空のガラス容器を考案。
これが現在の魔法瓶の原型だと言われています。
現在でも形状は違えど「デュワー瓶」と呼ばれ、理科学用品の1ジャンルになっています。
理科学用品としてのデュワー瓶
そして1904年にはドイツ人のラインフォルト・ブルガー氏がデュワー瓶を金属ケースで覆った家庭用品の開発を始めます。
世界で初めて魔法瓶を量産した会社の誕生です。
公募で決まった社名はギリシャ語で「熱」の意味を持つ「テルモス」。
世紀の大発明は瞬く間に世界中に広がり、開発から3年後にはアメリカ・イギリス・カナダなど数カ国に現地法人を置くほど成長しました。
「テルモス」は世界中で魔法瓶の代名詞となっていきます。
1907年のラインフォルト・ブルガー氏による特許図面
余談ですが、登山小説などで魔法瓶のことをテルモスと呼ぶシーンをよく見かけます。
「テルモスのお茶が凍えた身体を暖め‥‥」みたいな文章がなんだかかっこよくて、響きだけ聞いても良い道具感が溢れている気がします。
実際に発売当時も登山家や冒険家に重宝されていたようで、1909年のテルモス社の新聞広告には、北極や南極の探検隊や、あの人類初飛行を遂げたライト兄弟などが利用者として掲載されていたそうです。
魔法瓶というと僕はどうしても昭和の花柄の卓上ポットを思い浮かべてしまうのですが、新聞広告の例から想像すると発売当初から携帯用ボトルとしての需要を主軸に置いていたのではないでしょうか。
そしてこの新聞広告の頃、日本にも魔法瓶が輸入されはじめます。
輸入当初、日本では「驚くべき発明なる寒暖瓶」というコピーでテルモス社から宣伝されていました。
1908年のテルモス社の日本広告
電球の専門家をきっかけに普及した日本の魔法瓶
そして数年後の1912年にはとうとう日本で魔法瓶の製造が始まります。
日本で初めて開発に着手したのは八木亭二郎さんという電球の専門家。
日本第1号の魔法瓶は、白熱電球を生産するための真空技術を転用して開発されました。
当時、ガラス製品や電球の生産の中心だった大阪で広まり、ここから多くの魔法瓶メーカーが生まれます。
大手企業の象印やタイガーもその1つです。
第一次世界大戦(1914年~)が勃発したことも影響して、日本製魔法瓶は爆発的に海外に普及します。
輸出に向けて世界的に分かりやすいブランド名にしようということで象や虎といった動物モチーフが選ばれたようです。
(ちなみにタイガー魔法瓶も元々は「虎印」だったそう!)
さらに、以前『「醤油差し」の前に、まず“醤油”について勉強してみた話』のなかでも記述した自動製瓶機が登場したことにより、それまでガラス職人が手吹きで作っていた魔法瓶の製造状況は大きく変わっていきます。
より低コストで安定した品質が確保されるようになり、卓上ポットとして大正~昭和の家庭に定着していきました。
ステンレス製魔法瓶の誕生で、より持ち運びやすいボトルに
しかし、製品デザインが抜本的に変わっていくのはこのだいぶ後、1978年のこと。
ガラス製からステンレス製への材質の転換です。
自分で書きながらもあまり違和感がなかったのですが、魔法瓶と呼ばれていたのですから中身は「瓶」です。
落とすと割れてしまうという大きなデメリットがありました。
それをガラッと変えてしまったのが、「高真空ステンレス製魔法びん」でした。
実はあまり知られていませんが、このステンレス製魔法びんを世界で最初に開発したのは日本のメーカーで、日本酸素(現・大陽日酸)という会社でした。
酸素・窒素・アルゴンガスなどを扱う工業用ガスメーカーの大手です。
なぜガスメーカーが家庭用品を?と思うかもしれませんが、理由を知ると納得できます。
窒素やアルゴンなどの工業用ガスは、大量に運搬するために-200℃近くまで冷やして液化させるそうです。
超低温で液化させることによって容積効率を上げて運搬されるのです。
そしてその超低温の液体を運ぶタンクローリーは、炎天下でも外気の影響を受けにくくするために二重構造になっているんだそうです。
こちらは、溶かしたアスファルト(約175℃)を運ぶタンクローリー
一般社団法人 日本アスファルト協会より
このタンクローリーの構造を小さくしたものが日本酸素の開発した「高真空ステンレス製魔法びん」だったのです。
二重構造をそのままステンレス製に転換し、外びんと内びんとの間は1000万分の1気圧以下という高真空状態。
この真空状態は宇宙空間と同じで、何もないために対流による放熱を防ぐことが出来、 また内側を鏡のように仕上げることで、輻射による熱の逃げも反射で中に戻してしまいます。
この真空の「壁」が、持ち運ぶ水筒としての機能を大きく向上させ、「頑丈で、小さくて、軽い」という良い事尽くしの転換を迎えたのです。
そして驚くべきことに、日本酸素はこの技術力と資金力を背景に、当時世界最大のガラス製魔法瓶メーカーだった冒頭の「テルモス」を買収します。
魔法瓶の”デザインのゼロ地点”とは
ドイツ語読みの「テルモス」=英語読みは「サーモス」 (THERMOS) 。
こうして、日本酸素がテルモスを買収して生まれたのが現在のサーモス株式会社。
今もこのジャンルのトップメーカーです。
◾️THERMOS
THERMOS 高真空ステンレスボトル
写真は2015年8月発売の製品。僕は一つ古いタイプを長らく使っていますが、どちらも片手で開閉ができることと圧倒的な軽さが魅力です。
水筒や携帯用ボトルというジャンルにとってのデザインのゼロ地点を考えた時、軽さというのは容器としての基本機能に次ぐ素晴らしい条件設定だと思います。
日本発の世界的発明品であるストーリーや、保温・保冷性、堅牢性はもちろん素晴らしいのですが、僕がサーモスを推したいのは徹底的に軽さにフォーカスしていること。
彼らの軽さへの探求は凄まじく、1999年に0.5mmだったボトルのステンレス鋼板が、2015年発売の製品ではなんと0.08mm。
もちろんそれに伴って同容量モデルで半分以下の重量になっています。
普通に過ごしていてもなかなか気付きにくいですが、着実に進化する姿にいつも感心してしまいます。
◾️mont-bell
mont-bell アルパインサーモボトル
モンベルは他のジャンルでも専業メーカーに匹敵する製品を開発していて、どこで作っているのかいつも気になります。
そんなサーモスに対抗して、大阪のアウトドアメーカー「mont-bell」が発売したアルパインサーモボトルも素晴らしいです。
名前からして完全に登山用ですが、スペックはサーモスと同等で価格は大幅に下回っています。
専業メーカーではないにもかかわらず製品力で並んでいること自体、すごいことだと思います。
◾️REVOMAX
REVOMAX
サーモス、モンベルに続く魔法瓶としてTHEでセレクトしているアメリカ生まれの魔法瓶。
注目ポイントはキャップの構造により容器内の気圧を下げ、保温性能を高めていること。
また、気圧を下げることで炭酸飲料が入れられることも特徴の一つです。
炭酸飲料を入れても、吹きこぼれや内圧でキャップが開かなくなる心配がなく、公式サイトではクラフトビールの持ち帰りボトルとしてもおすすめしています。
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世の中に長く愛され、長く売れていくモノは、必ずと言って良いほど機構設計と外観のスタイリングが密接に絡まってデザインされています。
魔法瓶については、フタと中栓の嵌合、ヒンジやパッキン、開閉ボタン、注ぎ口、空気穴の形など、形状と機能がはっきりと結びつくパーツのデザインはもちろんですが、ポリプロピレンやシリコンなどのプラスチックの選定にも必ず意図があり、それぞれの材質特性に合わせた表面仕上げや色の選定、塗装であれば塗膜の厚みや質感のコントロールなどもデザインの力の本領が発揮されるところです。
そしてそのデザインと製造方法やそれに伴うコストが密接に絡み合ったところがデザインのゼロ地点であるべきなのだと思っています。
そんなことを考えながら、街や山や海でボトルを使うとき、いつの日かTHEとして製品開発をしたらどんな魔法瓶になるだろうか、とアイデア創出をするのも楽しい時間です。
※この記事は、中川政七商店によるメディア「さんち」 にて2017年6月10日に掲載した記事を再編集して公開しています。
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