10円のお湯
ダイエットにいいだとか、胃腸が整うとか、身体に良いことが多いと聞いているので、朝は白湯を飲むことにしている。
そして、コップに継がれた透明のぬるま湯を見ると、ときおり小学生の低学年だった時のことを思い出す。
私の家から徒歩で10分、小さな公園のすぐ近くにこれまた小さな駄菓子屋があった。小学生が4人も入ればお店がパンパンになってしまうくらいの小さなお店で、おばちゃんの所へ行くのに8歩もかからない。
駄菓子屋のおばちゃんというと、子ども好きの優しい人というイメージがあるが、私たちのおばちゃんはちょっと怖い人だった。いつもは店の奥にあったテレビを見ているので、大きな声を出して呼ばないとお会計をさせてくれない。お会計をする時もせっかちで、小銭をもたもた出していれば早く出せと注意されてしまう。
子どもたちから愛想の無さが広まったのか、保護者の皆さんにはあまり評判の良くない店だった。しかし、ちょっとしかお小遣いのもらっていない小学生たちにとっては、自分のお金で好きな物を買えるオアシス。怒られたり注意されたりしながらも嫌いにはなれない、そんな場所だった。
小学生の時、私が欠かさず買っていたのは「ブタメン」だった。夏とか冬とかは関係ない。味の濃いスープと、メンをフォークで食べる安っぽさ。他の子たちがゴールドチョコやわたパチ、超ひもQなどのお菓子を買う中、甘味を我慢してまで私はブタメンを買っていた。それくらい好きだった。
そこで直面したのが、お湯10円問題である。
ブタメン本体の値段は当時70円。しかし、あの駄菓子屋ではお湯を入れると80円だったのだ。子ども相手にお湯もタダでくれないのか!と思いながらも、最初は黙って80円を差し出していた。
しかしある日のこと、少女よしザわは、知らない上級生の男の子がお湯無しでブタメンを買っている所を目にする。「どうやって食べるのかしら」と跡を付けてみると、彼は公園を通り過ぎて少し先のサークルKサンクスへ入っていったのだ。気づかれないように外から覗いていると、彼は慣れた足取りでポットに向かい、駄菓子屋で買ったブタメンにお湯を入れた。
衝撃だった。こんな裏技があったなんて。
当時の私にとって、コンビニとは親に連れられて行く場所だった。「子ども1人で入っちゃう」という所にも驚いたし、「お湯がタダなの!?」という所にも驚いた。
その日から私はお湯を買うことがなくなり、同級生に対しては、まるで自分が発明したことかのようにドヤ顔でこの技を教えた。この作戦が人のパクリだったことは、今まで誰にも言ってこなかった秘密だ。
今はもう、あの駄菓子屋さんは潰れてしまっている。そして、ブタメンじゃなくてラーメンを食べるようになった今でも、お湯と言えば10円なのだ。そんなことを思いながら、きっと明日も白湯を飲む。