悩みや苦しみから創造する新たな価値とは? 野口純史に聞く「Sweet Berry Story」インタビュー(後編)
前編に引き続き、2021年2月14日リリースの野口純史(のぐち・あつし)のファーストソロアルバム、『Sweet Berry Story(スウィート ベリー ストーリー)』の制作秘話を公開。
楽曲制作を通じて自らの失恋の苦しみや恋愛哲学と向き合うことは、野口純史にとってどんな意味があるのだろうか。後編では、体験をクリエーティブに繋げる考え方や、原点となった音楽等について聞いた。
前編はこちら:人生初の恋愛模様を1枚のアルバムに。野口純史に聞く「Sweet Berry Story」インタビュー(前編)
■甘く酸っぱいだけではない恋愛の裏表を描く
━━失恋の後、地獄の時期があったということですが、その後どんな風に復活していったんでしょうか。
振られたすぐ後に、「中2ナイト」というイベントに出たんです(※)。その時に、失恋したエピソード込みで曲を披露したら、まあ、ウケがよくて(笑)。アルバムの構想はその前からあったけど、このライブで「行けるかも」と思えた。
体験を歌ったら共感や感動してくれた人がいたことで自信がついたというか、「音楽にすればなんとかなる」という道筋が見えた感じがあった。
━━「『Sweet Berry』の彼女に振られちゃいましたー!」って、ライブでやったの?(笑)。
そうそう(笑)。歌にすれば恰好がつくというか。
そもそもの話、自分の歌詞がもし個人に宛てた手紙だとしたら、――たぶん、ただのイタい男ですよ。「個人の恥ずかしい体験をユニバーサルにできる」というのが、芸術の良い所であり、魅力だと思いますから。
━━特に、恋バナは多くの人に共感してもらいやすいですよね。
アルバムのアートワークに協力してくれたハイテクメロンさん(※)からも、「野口君の曲を聴いて、昔の恋愛を思い出した」という感想をもらえて。「自分はどうだったかな」「こういう気持ちわかるな」と思ってもらえるのは、やっぱりすごく嬉しいですよね。
━━そこをわりと狙ってやっている?
曲もそうなんですけど、特にアルバム全体の形を思い描いたときに、そうできたらいいなと。前編でも話しましたけど、子どもの頃小説家になりたかったので、“物語”が好きなんです。アルバムのタイトルを『Sweet Berry Story』にしたのも、「むかしむかし、『Sweet Berry』から始まったこんな話がありましたよ」という感じにしたかったから。
━━ちなみに、『Sweet Berry』というタイトルにはどういう意味があるの?
当時、米津玄師さんの『Lemon』が流行ってて、「果物のタイトルっていいかも」と思ったのがきっかけです。「ピーチじゃねえしな……、うーん、ラズベリーかな?」とか。
ラズベリーって甘くて可愛い感じだけど、酸っぱくもあるだろうし、かじったらブシュッと真っ赤な果肉や果汁が出てくるようなイメージで。恋愛も、甘いだけじゃなくて、性欲や支配欲や執着心と裏表になっていると思うので、そういう意味も込めてこのタイトルにしました。……実はよくは知らないし、食べたことないんですけど(笑)。
■バンド活動やオーディションを経てソロに転向
━━そもそも、音楽を作り始めたきっかけはどんな感じだったんでしょうか。
小学生の頃にスピッツや森山直太朗さんにハマり、中2の時に学校行事をきっかけにギターに熱中しました。2つ年上の姉も音楽好きになっていって、その影響で、YUI、レミオロメン、チャットモンチー、Base Ball Bearなどから、よりロックなELLEGARDEN、ストレイテナー、90年代のJUDY AND MARY、THE BLUE HEARTS、THE YELLOW MONKEY、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTなどを聴くようになり、吉井和哉さんやチバユウスケさんの歌い方を真似したりしてましたね。
高校、大学と、いくつかバンドやって、オリジナル曲を始めて書いたのは高2の時です。しゃがれた声でオルタナっぽい感じの音楽をやっていたりした時期もあったけど、正直、それはあまりウケが良くなくて。
社会人になってからは、それまで尖っていた性格がやや丸くなったこともあって歌い方もマイルドになり、現在のスタイルに落ち着いた感じです。
━━音楽活動を続ける中で、インパクトになった出来事やエピソードを教えてください。
学生時代に姉とインドを旅した後に書いた『Indiana Indiana』という曲(下記リンク参照)が、当時音楽雑誌が月1で主催していた「MASH A&R」というオーディションに通ったのは大きかったですね。当時組んでいたバンドからメンバーが全員抜けちゃって、活動がストップして、迷いのあった時期だったので、「俺、まだやれるじゃん」という気持ちになりました。
あと、やっぱり2018年に『Sweet Berry』が「ヤンサン」のオープニング曲に採用されたのは大きかった。当時もバンドは名前だけ残っていたけど開店休業で、自分の名前で応募した曲が採用されたことで、「俺、一人でもやれるじゃん」と思えました。
自分はアレンジなどに対するこだわりが強いので、ソロのほうが向いているかも、とも思うようになりました。
━━音楽を作る時には、どんな工程を踏むんでしょうか。
ほとんどの場合、まず核になるワンフレーズか、歌いたいテーマが最初に浮かびます。
例えば、アルバムラストの曲『バイバイ、サンシャイン。』は、「あれはただの真夏の恋でした」というフレーズが出てきて。それを最も生かすためにはどうするか考えながら肉付けしていく。テーマが最初に出てきた場合は、曲の世界に引き込めるような歌詞とメロディを組み立てていく。
たいていは、1番が出来たらアレンジに手を加えて、並行して2番以降の展開を考えたり。1カ月で完成する曲もあれば、フレーズだけを何年も寝かせている場合もあります。
━━曲を作っていて楽しいのはどんな時ですか?
自分の意図しないところで、アイデアやワンフレーズが生まれた瞬間ですね。「このアレンジ神ってんな!」とテンション上がることもありますし、「めちゃくちゃ沁みる曲やん……」とエモくなることもあります(笑)。
フレーズが浮かばなかったり、2パターンできてどちらがいいか判断がつかなかったりする時は苦しい。あとマスタリングの時に思ったよりも迫力が出なかったり、音圧が上がらない時も悩みます。
■つらい経験を音楽に昇華させる
━━『Sweet Berry Story』を作ったことで、失恋は供養できたのでしょうか。
過去のものにできた感覚はあります。アルバムを完成させなかったら、ずっとやり終えてない宿題を残したままになっていたと思うので。
この前、たまたま見たYouTube動画の中で、沖縄出身のAwitch(エイウィッチ)というラッパーが、「React(反応)することは誰にでもできる、その上でどうAct(行為・行い)できるかどうかが重要だ」というような事を言ってて。自分も、やっぱりただ「つらい」「悲しい」だけじゃなくて、「じゃあどうしようか」と考え続けたいなと。
作品として昇華できたら、過去の意味が変わり、自分が救われるという意味が生まれます。それに対するリスナーのリアクションがあれば、さらに救われる。そう考えると、どんなにマイナスの経験でも作品にしていきたいですね。
もちろん、「つらい」いう叫びを音楽にするタイプのミュージシャンもいるとは思うのですが、自分の場合はそれだけを歌ってしまうと、みんなちょっと引くと思う(笑)。自分の経験や感情や思考を分析したり因数分解したりして、きちんと作品として聴けるものにすることで、人になにかプレゼントできるようになりたいと思っています。
結果的に、同じ苦しみを経験した人が聴いて楽になるとか、まだ恋愛したことのない人にとっての経験のサンプルになれれば最高に嬉しいです。場合によっては、反面教師的な感じになるのかもしれないけど、それでも。
━━「体験したことを音楽にする」という方法は、これからも変わらない?
そうですね。自分は自分自身について起きたこと、そこから感じたことを歌にしていく人間なので。
学生時代に、いろんなアーティストの音楽をむさぼるように聴いていたとき、おそらく個人的な経験や感情を強く反映させたであろう曲にいくつも出会いました。
そういう曲を聴いて、共感することもあれば、ギョッとすることもあったのですが、どれに対しても自分がしたことのない経験や価値観、世界を垣間見たような、怖いもの見たさに似たような興奮があったんです。
さらに、それらの音楽を鏡にして、「自分が同じ状況だったらどう思うだろう」「自分にも近い経験があるかも」という風に、自分自身について考えるきっかけになったことが多々ありました。だから、自分の音楽もそんな風に、聴いた人の考えや価値観を浮かび上がらせるものになれたら嬉しいですね。
━━客観性を保ちながら、自分の音楽を完成させるために、心掛けていることはありますか?
例えば、『Sweet Berry Story』5曲目の『行方不明』、11曲目の『愛してるなんて言わないで』は、恋愛中の女性側の目線を意識した曲。全曲通して自分語りを聴いてもらう感じになるのもきついし、アルバム全体としてのバランスを取るためにも、ああいう曲を入れることで、ちょっと距離を取ろうと。
とはいえ、自分の感情が乗っかっているので、完全に女性目線というよりも、結局は自分のペルソナではあるんですけど。
━━その上で、どう正直に描くか、というのも大事になってきそうですね。
うん。大事。嘘ついたらダメ。というか、「フィクションですよ」という前提で作るのも当然ありだと思うんですが、その上でいかに誠実に伝えるかとか、本気じゃないとダメですよね。
━━これからもっとたくさんの人に聴いてもらうために、どんなことを心掛けていきたいですか?
なんだろう……。いや、でも、積み重ねていくしかないんじゃないかなと思う。こういう正直なことを積み重ねて、自分のことをバラバラにして、解体新書して、因数分解して。知ってもらうしかないんじゃないかな、と思っています。
Written by :しま(Twitter @shimashima90pun)
撮影協力 :BAR蜜柑(神奈川県茅ケ崎市)
Twitter:https://twitter.com/no3_lucky
Instagram:https://www.instagram.com/barmikan/
「この次のアルバムには、たぶんダークな始まりになって、そこから人間がどう回復していくかを描きたい」。野口の中にはすでに次作の構想があるという。
「『愛は本当に救いなのか』『どうすればちゃんと人と関わることができるのか』。これからも、自分が抱えているテーマに正直に作品を作って行きたい」。インタビューの後半を彼はそうまとめた。
恋愛以外にも、仕事のこと、家族のことなど、立ち向かうテーマはたくさんあるようだ。まだまだたくさんの種を抱えるミュージシャン野口純史。『Sweet Berry Story』から続く、未来への芽吹きと成長にも期待したい。
(前編はこちら:人生初の恋愛模様を1枚のアルバムに。野口純史に聞く「Sweet Berry Story」インタビュー(前編))
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