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【しんけい #6】神経難病専門の言語聴覚士(ST)

山本 直史さん


 山本さんは、神経難病専門の言語聴覚士(ST)である。ALS(筋萎縮性側索硬化症)など難病患者や重度障害者の方のコミュニケーションをICTを活用して支援するNPO法人『ICT救助隊』が主催する『難病コミュニケーション支援講座』に参加した際に、講師として登壇されていた。


 ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、筋肉を動かし、かつ運動をつかさどる神経(運動ニューロン)が障害をうけることで、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく進行性の難病。筋肉以外の、思考能力や意識、視力や聴力、内臓機能などは障害され難いと言われている一方で、病状の進行に伴って徐々に全身の運動機能が低下していく為、コミュニケーションが非常に難しくなる。

 そうした患者さんとコミュニケーションを取るため、透明の文字盤を挟んで相手の視線がどの文字を指しているかを捉えて意思疎通を図る『透明文字盤』や、PCディスプレイ上の文字に向かって視線入力することで意思表出を図る『意思伝達補助装置』の使い方を学ぶのが、前述の『難病コミュニケーション支援講座』だった。

 しかし、患者さんは最終的に目も開けられなくなってしまう『完全閉じ込め症候群(Totally Locked-in State: TLS)』という状態になることもあり、その場合の意思伝達手段はまだ開発されていないことも併せて知った。


 山本さんは講座内で、あるTLSと言われた患者さんの話を紹介してくれた。目も開けられない状況で病院関係者も含めて周囲が意思疎通を諦める中、山本さんは毎日対峙し続け、1文字ずつ引き出し、最終的には「お墓参りに行きたい」という患者さんの希望を聞き出し、実際にお墓参りに行って希望を叶えた。

 その後の山本さんの言葉が忘れられない。「TLSは、こっち(医療側)が判断しただけで、患者さん自身が言ったわけじゃない。我々言語聴覚士(ST)が諦めては終わり。病気を見るのではなく人を見てサインを見逃さないことが大事」。言語聴覚士(ST)という仕事の凄さを垣間見た。


 山本さんは、最初から神経難病専門を志していたわけではない。学生時代に短い実習で訪れた神経内科病院が「運命の出会いだった」。その病院は、150床のうち7~8割がALS患者さん。患者さんが付ける人工呼吸を通じた呼吸音が静かにシュポーっと響く院内に、正直「ここで言語聴覚士(ST)が何をするんだろう?」と思った。

 しかし、病院の先生が前述の『透明文字盤』を使って普通に患者さんと話を始める。「なんだ、この魔法みたいな文字盤は。こんな風に人と話せるんだ。」という感動が忘れられず、卒業と同時に、募集もしていないその病院に働かせてほしいと頼み込み、入職した。

 それ以来、「神経難病のコミュニケーションは天職」と、この領域を歩み続けた。病院勤務を経た現在は、一般的には「ほとんどない」難病の訪問リハビリテーションに従事し、千葉の拠点から車で最大1時間かけて患者さんの自宅を訪問する毎日を送る。

 時間がある土日には、前述のNPO法人『ICT救助隊』にも参加し、連絡が来れば、全国の患者さんを訪問し、「田舎に行けば行くほど支援者がおらず孤立している」ご家族を支えてきた。

 なぜ、そこまで?と聞くと、こう返ってきた。「ALS患者さんは、頭はしっかりしているのに、体が動かない。声が出ない人にとって、伝えられないことが最も辛い。もし放っておかれても、患者さんは文句を言うこともできない。でも、それじゃ人間として生きている意味がないですよね。そこを支援することは、コミュニケーションのプロである言語聴覚士(ST)の本来の姿と考えています」。


 山本さんのような言語聴覚士(ST)による支援と並行して、視線入力による『意思伝達補助装置』などテクノロジーも進化してきた。しかし、それを使い過ぎれば「目が疲れて筋力が弱まっていく」可能性もある。例え装置の方が楽であっても「導入しただけで終わらず、(透明文字盤のような)ローテクも併用していく必要がある」。

 さらに脳波を検知して文字化する先端技術も研究が進むが、「製品としてはまだまだ」だ。思った通り言葉になったとしても、患者さんが「このヘルパーさん嫌いだな」と出てしまったらどうするのかなど、使用場面ならではの課題もある。現場に立ち続ける山本さんとしては、「体に触れると何かわかる」ようなコミュニケーションが理想だ。

 テクノロジーがあっても、うまく使いこなして支援できる言語聴覚士(ST)も育てていく必要がある。しかし、リハビリ職にも関わらず、「ALSは治らない」という現実が立ちはだかる。「回復しない患者さんに寄り添うやりがいをどう伝えるか」。同じ患者さんとの付き合いは10年など長期にわたり、それ故に「亡くなる患者さんも多くいる」。「安定した心」も求められる。

 テクノロジーや人材の前に、そもそも患者さんのニーズは何か。ALS患者さんは「人と話したい、聞いてもらいたいが強い」。しかし、日々接するヘルパーさんや看護師さんは、一時間という限られた介入時間内にやらなければいけないことが決まっていて、「患者さんとコミュニケーションを取る時間がほとんどないのが現状」だ。そこを埋めるサービスまでも期待される。


 ALSという障害のある方のコミュニケーションをどう支えればいいか。答えはテクノロジーだけでも人材だけでも制度だけでもなく、そのすべてがうまくかみ合う必要があるのだろう。それ故に、山本さんのような現場や患者の専門家に、新しい製品・サービスや政策を生む側にお越し頂けないものか。そう思わずにはいられなかった。




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