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【みみ #19】聞こえる側の視点から聴覚障害を考えない

松森 果林さん(後編)


前編から続く)


 ユニバーサルデザインアドバイザーの松森さんは、ご自身が30年余り前に卒業した筑波技術大学の講師も務める中で、学生から「駅や公共の施設でリアルタイムな情報が得られない」「コミュニケーションが難しい」という悩みを聞いた。自分が同じことを感じた「30年前と変わっていない」。問題の本質はどこにあるのだろうか。

 駅や空港など公共の場所における事故など緊急時の情報は電光掲示板などで表示されるようにはなったが、「音声情報と同じ情報がリアルタイムで得られる」状況ではない。人は40代~60代で“聞こえにくい”ことを自覚し、その規模は国内なら約3000万人にも及ぶとも言われ、3人に1人だ。「音情報だけではなく、目で見てわかる情報を一緒に提供することは、お年寄りや外国人など誰にとっても安心なはず」。他にも、テレビ番組のほか、字幕付きでのCM運用や、邦画の日本語字幕付与など、技術的に実現できる環境は整っていても広がっていないものはある。社会のシステムになっていないことが原因だ。

 すでに恩恵にあずかっている技術の更なる進歩にも期待する。アプリの音声認識をよく使うが、「本当は(スマホではなく)話をしている相手の顔を見たい」。手話通訳者を介する際も同じだ。「音声や手話が、相手との間の空間に映されたら」、松森さんの夢は叶う。

 聴覚障害者だけが恩恵を受ける技術も、もっと広い可能性を感じている。今の補聴器は、うるさい場所や、音楽を聴きたい、テレビを観たいなど、その時々のシーンに合わせてスマホで調整ができる。「ただ、聞こえの状況を自分で判断できないことも多い。補聴器に搭載されたAIが今の音環境にふさわしいように調整してくれて、最大限に聴力を活かせたら最強のパートナーになるのではないか。」と、松森さんは今ある技術の可能性に期待している。市場が広がれば技術の参入も増えてくることを願いたい。

 耳からは心拍数も計測できるから、補聴器はメディカル用途やメンタル調整などでも使えるのではないか。音声認識と合わせれば通訳デバイスにもならないか。また、松森さん自身は常に耳鳴りを感じ、現在は自分でコントロールして共存しているが、悩んでいる人も多い。そんな人には耳鳴りをおさえる機能を搭載できないか。当事者として補聴器を一人ひとりに合わせる難しさを理解しつつも、松森さんのアイデアは尽きない。


 新しい研究開発のアイデアと同時に、「すでに色々な研究やデバイス開発に取り組まれている方もすごく多く、一生懸命に取り組まれていることはとても嬉しくありがたいことなのですが」と前置きした上で、「社会のシステムにしていくこと」と「コミュニケーションの本質を改めて考える機会を持ってほしい」とも話された。言い換えれば、「聞こえる側の視点から聴覚障害を考えない」ことの大事さを忘れないでほしい。

 松森さんが企画監修された、音のない世界で、顔の表情やボディランゲージなど言葉の壁を超えてコミュニケーションを取る方法を発見していくエンターテイメント『ダイアログ・イン・サイレンス』は、そんな気付きを与えてくれるだろう。現在は年に一度、2か月程度の期間限定開催だが、もっと多くの方に参加してほしいと思う。そのためにはアテンドできる聴覚障害者の確保や養成も必要になってくる。地方での出張開催やイベントへの出演もあるそうで、是非注目して頂きたい。


 2025年11月には、4年ごとに開催されるデフ(耳がきこえない)アスリートを対象とした国際総合スポーツ競技会『デフリンピック』が東京で開かれる。その間、80カ国から約3000人の選手が来日することになる。「その時、日本人はどう対応するのか」が試される。日本の聴覚障害者が外国に行くと、コミュニケーション取りやすいと感じることが多くある。表情やボディランゲージが豊かだからだ。日本はどうだろうか。

 松森さんは、日本の玄関口である空港から、手話だけではなく顔の表情やボディランゲージや音声認識ツールなど様々な方法を使ったコミュニケーションを楽しむ研修を広めている。

 私たちには何ができるだろうか。まず音のない世界と出会い知ること、例え手話ができなくても様々な方法で伝えようとするコミュニケーションを楽しみながら身につけること。そして、その先に、当事者視点をもって社会のシステムや製品やサービスがアップデートされていくのだろう。



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