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【みみ #23】音楽大学ピアノ科卒業の片耳難聴者

辻󠄀 慎也さん


 「物心ついたときから、右耳は聞こえませんでした」。でも、右側から声を出されて聞こえないことがあったとしても、子供心に「それが自然だと思っていました」。

 一方で、物心つく前に通い始めていた場所があった。ヤマハの音楽教室。小さい頃は確かに「伴奏についてメロディが歌えなかったり、リズムはわかっても音の高さの変化に追従できていなかったり」した。でも、むしろ「それが自然だとポジティブに捉えていました」。


 小学1年生の時に初めて片耳難聴の診断が下りる。それでも、自分は「そういうものか」程度の感想で、お医者さんも「もう片方の耳が聞こえるから大丈夫、生活に問題ありませんよ」と話してくれた。結局、大人になってから検査しても原因はわからず、後から聞くと、「妊娠中の何かが良くなかったんじゃないか」と一番気にし続けていたのは、母親だった。


 学校生活では、静かな環境の授業はついていけたが、休み時間など騒がしい環境では“聞こえない右側”での会話は苦手だった。今でも電車の中で右側に座られると会話は厳しい。クラシック音楽を続ける中でも、複数人で演奏するアンサンブルなど、右斜め前などに他の奏者がいれば「合わせるのは大変」だった。

 それでも、辻󠄀さんは自分自身が片耳難聴であることを「あまり周囲に打ち明けてこなかった」。特に仲良い人やピアノの先生、または何度も聞き返さないといけない特別な環境であれば伝えるが、「小さい頃から、こうしたシチュエーションではこうすればいいと自然と身についているので、自分なりに対処できてしまう」。開示することで、「かえって他人が嫌な思いをしたり、深刻に悩ませてしまう」ことも気になった。


 そんな環境に対して、辻󠄀さんは「人生通じて慣れるしかないと思う」と話した。決してネガティブ寄りの発言ではない。私には、“どうとでもやりようがある”と言っているように聞こえた。なぜなら、辻󠄀さんは、音楽大学ピアノ科卒業という経歴を持つからだ。

 辻󠄀さんは、音大卒業後も、「片耳難聴者が感じる音楽は、両耳とどう違うのか」を出発点に、上智大学理工学部の特別研究員として「片耳難聴における音楽の感受・音楽活動への影響」について研究を続けている。

 研究を進める中で、一口に片耳難聴と言っても、「課題は人それぞれで、聞こえも多様」である故に「画一的にこれをすれば解決する世界ではない」ことも見えてきた。例えば、辻󠄀さんのように先天性の片耳難聴者がいる一方で、例えば、中途で片耳難聴になった方は、音楽にステレオ感がなくなり、音楽が自然に聞こえず不明瞭・不快に感じてしまう。例えば、低い音の聞こえが阻害される『低音障害型感音難聴』の方は、聞こえが悪い側で感じる音のピッチがひずんでしまう。

 こうした経験がもしネガティブ寄りになれば、音楽を楽しむことを辞めることにつながってしまうかもしれない。でも、辻󠄀さんは、ポジティブに「もし突然に片耳難聴になったとしても、音楽を諦める必要はないですよ。」と伝えたい。それは、“もし障害に直面したとしても、何かを諦める必要はない”とも読み替えることができる。障害を「それが自然」と受け止めて、好きなことやりたいことに突き進んできた辻󠄀さんだから言える言葉だろう。


 辻󠄀さんが取り組む「片耳難聴と音楽の研究」は他にあまり例がなく、それを発信したくて、また、研究に協力してもらえる人たちを見つけに、片耳難聴の情報・コミュニティサイト『きこいろ』にも参画した。

 こうした当事者や研究者や開発者が集まるコミュニティから、好きなことややってみたいことに取り組むための研究成果や、新しい製品やサービスが生まれたら、きっと誰もが障害を「それが自然」と受け止められるようになるはずだ。



▷ 片耳難聴の情報・コミュニティサイト『きこいろ』




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