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【しんけい #10】その製品を手に、患者が未来を語りだす

宇田 竹信さん、中西 啓雄さん、佐藤 秀美さん


 オレンジアーチ社は、情報システムをはじめ、ネットワークやデータセンター機器、画像処理ライブラリなどの研究開発や保守運用を担う独立系IT企業である。しかし、同社のホームページに一つだけ異色のサービスが出てくる。『重度障害者用意思伝達装置eeyes(イイアイズ)』。なぜか。


 最初のきっかけは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)で顔も動かすことが困難な女の子との出会いだった。文字盤に苦労してコミュニケーションする姿に、自社技術を応用して視線入力による意思伝達装置を作れないか。その当時は東日本大震災における障害者による災害避難の困難さが報道され、社内では家族が介護ヘルパーの世話になる者もいた。自社の技術を通じて社会に貢献や恩返しができないか。プロジェクトが動き始めた。


 実は当時、重度障害者向けの意思伝達装置は既に存在したが、「競合を知らなかった」。それどころか、想定顧客もあの女の子以外は知らなかった。しかし、「知らないが故に素直に(顧客の声を)聞けて、知らないが故に(製品を)ゼロベースで考えられた」。

 ALS患者の懇親会への参加から始まり、患者の自宅への訪問、あの人もこの人もと紹介される中で、「つながればつながるほど、えらいことをやり始めた」ことに気付かされた。だからやめるわけじゃない、「単なるIT屋ではいられない」と覚悟を決めた。



 そうして顧客の声に素直に機能追加など改良を重ねる中で、患者の生活を支えることはもちろんだが、「周囲で支えるチームに対して何かできるんじゃないか」という切り口が芽生え始める。介護ヘルパーは決められた業務に忙しく、マニュアルを見て操作する余裕はない。だから、設定変更もキーボードを押すだけと簡易にするなど、「チームで簡単に運用できる」よう、現場に張り付いて改良を重ねた。

 「患者にとって良くても、介護ヘルパーさんがしかめ面をすれば、患者さんも悪いと思っちゃう」。現場を歩き回った結果を総合してたどり着いた答えは、「患者一点だけを抑えてもダメ」。イイアイズと競合製品を外から見比べれば「イルカとサメぐらい近い形に見えるかもしれないが、考え方はやっぱり違う」という自負がある。


 もちろん、患者自身の多様性にも寄り添い続けてきた。「長文で論文を書きたい人もいれば、短文のやり取りでどんどんコミュニケーションを取りたい人もいる」。文字を打っている最初は大きくても打ち続けると小さくなる、レゴのようにベースが同じものを自由に組み合わせて自分なりのコミュニケーションツールとしてカスタマイズできるなど、「ITの切り口」もふんだんに落とし込んだ。逆に「患者さんのことを知りすぎていたら、作り込み過ぎて、こうした拡張性は失われたかもしれない」。



 こうした努力の結果、当初はコミュニケーションの困難度が高い重度障害者がターゲットだったが、顧客に寄り添い、文字だけではなく画像貼付けや音声吹き込みなども可能にしたことで、脳性麻痺や自閉症のお子さん向けの療育ケアへの活用可能性も広がってきている。

 さらに、支援はコミュニケーションにも留まらない。東京都が中小企業の革新的で将来性のある製品を表彰する「世界発信コンペティション」で表彰されるや、隣にいたインスタコード社とコラボして、重度障害者でも簡単に演奏ができるツールも発表。きっかけは、寝たきりでもクリスマスにサンタクロースを一緒に演奏して楽しめるように。イイアイズ同様、これもそんな一人の子供の映像から始まった。


 イイアイズの開発過程で「みんなで作り上げた改修点の管理票は、130~140にも上る」。その裏側には、違う知識や目線を組み合わせた「ごった煮チーム」の存在がある。

 佐藤さんは、もともと介護現場で働く中で「人手があれば患者さんのQOLが上がる、でも難しい」現状にITの可能性を感じて転職した。かつて自分がいた現場とのやり取りを通じて、間違っていなかったことを実感している。
中西さんは、長年の営業経験で「いいものじゃなくても売らないといけない世界」も経験した。でも、今は「目の前で喜んでもらえて、患者さんから元気さえもらえる」。何より、製品初期の頃、製品をボロクソ言われても素直にすべて受け入れて解決しようとするエンジニアを見て「こういう人だったら、いいものをつくってくれる」と確信できた。

 そして、そのエンジニアである宇田さんが、会議室の後ろ側に広がる社内に想いを馳せるように話してくれた。「最初は誰も付いてきてくれなかった。“売れるわけないじゃん”って、新しいことやるにもそんな空気がずっとあった。でも、飛ばないといけないと」。宇田さんが思い切ってジャンプしたことで、あれ?できるんじゃないか?と会社の雰囲気は変わり始めた。展示会に出せば、説明なしに「これしかない、買う」というユーザーが現れた。



 そして今、イイアイズの累計販売台数は300台を超え、今も伸び続けている。何より、イイアイズを使うことで自分の生き様を綴り、こうありたい未来を語り始める患者さんがいる。「意思伝達装置があることで、未来を語れるようになるんです」。

 そんな起業家が増えてほしいと投げると、宇田さんから、こう返ってきた。「このプロダクト単体で一つの会社は難しかったとは思う。自分たちの場合は、黒字化に3年かかったし、助成も必要だった」。しかし、その後に「昔と違って今はソフトウェア開発のインフラもあり、ハードルはかなり下がった」。

 新しいことに困難はある、周りは色々言うだろう、でも考えすぎずに顧客を歩け、そして飛ばないといけない。宇田さんはそう言ったように、私には聞こえた。こんな素晴らしい社内起業家とそのチームのストーリーが次の起業家に届くことを祈る。



▷ 株式会社 オレンジアーチ



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