【こころ #15】時間をかけて寛解したと思えた先に
森野 民子さん(中編)
(前編から続く)
高校を卒業してやっと息子さんを家で安静に過ごさせられると安堵した。と同時に、森野さんには怖さもあった。「この病気は自死をすることがある。自分が留守のあいだに息子に何かあるんじゃないか」。仕事で家を出るときは愛犬に「頼むね」と声をかけた。仕事から帰る時は「どうか何もありませんように」と祈りながら家の扉を開けた。ゴロンと寝転んでいる息子を見てただただ安心した。
ゴロゴロ寝ていた息子さんにも、1年ぐらい経ったころだったろうか、少しずつやりたいことが出てきた。その年頃であればハマった子も多いであろう『遊戯王カード』。家の中で兄弟同士遊ぶようになり、昔遊んだ中学時代の友人に連絡を取るようになり、そして友人宅にも出かけられるようになった。夜遅くに帰って昼に起きようと「昼夜逆転しようが、ゴロゴロして寝ているだけでいい」と安心した。
ただ、必ずしも妄想が治まりきったわけではない。例えば、「警視総監が、自分が警察官になるのを待っている」と言って、警察官の試験を受けたこともある。それでも、息子さんは自分で参考書を購入して勉強し、自分で試験会場にも向かうこともできた。病気や薬のことを正直に話したらしく試験には受からなかったが、それでも前向きな変化だった。
その後はネットカフェのアルバイトを始めるなど社会復帰が進み、息子さんから「大学行こうかな」という言葉も出てきた。同時に、高校時代の自分の妄想について「あの時はあれが本当だと思っていた」という、“妄想を妄想と認識する”発言も出た。
森野さんには「寛解と思えた」。精神疾患には慢性疾患が多く、症状消失後も予防的服薬や経過観察を行う必要があることから、「治癒」と言わず「寛解」と呼ぶ。
自宅から自転車で通える大学を受験することとして入学が叶った一方で、息子さんが「一人暮らしをしたい」と言い始める。森野家は他のお子さんもみな成人したら一人暮らしする方針だったため、「病気もあり、薬を飲み忘れる懸念もあったが、一人暮らしをさせた」。
息子さんはサークルを3つ掛け持ちし、アルバイトもして、友達も一人暮らしの家に遊びに来るようになった。大学生としてはそれだけキャンパスライフを謳歌したいものだ。週1回は実家に帰る約束も守られなくなっていった。
「息子は、薬を飲むと頭がはっきりしなくなると言ってました」。息子さんは、薬を飲み忘れた時には、一度に色んな物事を考えたり多くの人と付き合うことが、以前と同じようにできた。
当初感じた森野さんの懸念は的中してしまった。薬を飲まくなった息子さんに妄想が再発したと気付いたのは、息子さんが大学1年生の末だった。初めて発症した時と同様に「本人は病気が再発したと思っていない」中で再び病院に連れて行くのに、1か月もの時間を要した。
(後編に続く)
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