【あし #5】完全なバリアフリーである水上への復帰
石原 望さん
今年1月20日に開催された『チャレスポ!TOKYO』。そこで、初めて『パラカヌー』を知った。そこは体育館という“陸上”だったが、来場者に疑似カヌー体験を促していたのが、車いすに乗った石原さんだった。出された名刺には、『一般社団法人日本障害者カヌー協会 普及委員会副委員長』と記載があった。マリンスポーツが好きだったサラリーマンが、なぜこの肩書で活動するようになったのか。
単身赴任先での仕事帰りにタクシーに追突され、「ドンと言う鈍い音しか記憶がなく」、気づいたら病院のICUだった。医師から「ベッドから起きての生活は難しい」と告知され、「怪我の重大さを知った」。9ヶ月後退院したが「友人にこんな姿を見せたくない、自分は社会に必要な人間じゃなくなったと、自暴自棄になった」。2年間、自宅に引きこもった。
事故前の海仲間が「海を観るだけでも」と誘ってきたがかたくなに、「この姿を見せたくなかった」から応じなかった。そんな中、「娘のパパ友」からパラカヌーの体験会に誘われる。これも応じるか悩んだが、「娘関係だから仕方なく」赴いた。
「正直見学だけで乗るつもりはなかった」石原さんに、体験会を主催した『一般社団法人日本障害者カヌー協会』事務局長の上岡さんが「移乗やフィッティングをサポートするので安心して乗ってみて」と背中を押す。初めて乗ったカヌーは当然真っすぐに進まない。でも、水上で「風や上半身で感じる浮遊感に、サーフィンやSUPと同じ心地よさを感じた。水の上は自由だなって」。障害者になって諦めたマリンスポーツが、「パラカヌーだったら自分でもできるのかなと感じた」瞬間だった。
「社会に障害者がいて当たり前の世界を一緒につくろう!」「水上は完全なバリアフリー!」と話す上岡さんの熱意に、「自分にも何か役立てるのかもと思わされた」。あれだけ外に出ることを拒み続けた石原さんが、その日に『一般社団法人日本障害者カヌー協会』の入会書に記入した。外の世界に出るスタートだった。
石原さんは、身体的にカヌーインストラクターができるわけではない。最初は体験者と同じ目線になれるパラカヌー体験会の受付から始めた。その後、普及委員としてパラカヌーの普及体験イベントやパラサポーター講習会のサブ講師も務めるようになる。講習会では障害種類や法的義務や競技について講義する上岡事務局長と、障害当事者として自身の体験を共有していく石原さんで作り上げる講習会の形ができあがっていった。「北海道から沖縄まで全国をコンビで回りましたよ。仮にアクシデントがあっても、介護介助の資格やスキルをもってケアできる事務局長が一緒にいることも心強かった」。
沖縄で、助手席に置いた車いすを見て「車いすバスケ頑張って!」と声をかけられたことがある。“車いす×障害スポーツ=車いすバスケ”が一般の人が持つ印象だと知り、「パラカヌーやマリンスポーツへの認知度向上が一番」必要だと痛感した。認知度が広がれば、障害者スポーツの選択肢が増え、またそこからアスリートになろうと手を挙げる人も増え、将来のパラリンピック選手が輩出されてくると考えている。
パラスポーツの大会がメディアで報道されても、メジャーなパラ競技で終わってしまい、「(パラカヌーで)メダルを取っても取り上げられないことに歯がゆさを感じる」。でも、全国を回る中で、「競技艇も体験してみたい、競技人口が少ない分メダリストになれるかも、と希望を持つ人も出て来ている」。
車いすユーザーと話す中で、「リハビリを終え外出できるようになって、もっと何かにチャレンジしたい人は意外と多い」と実感している。だからこそ、当事者だけじゃなく、ご家族や、病院の理学療法士(PT)や作業療法士(OT)の方々にも「リハビリだけでなく、その先にパラスポーツができる可能性があることを伝えてほしい」。石原さん自身も、引きこもった自分を友人がパラカヌーに連れ出してくれた。障害者になってもパラカヌーに乗れた自信、新しい出会い、それで人生が大きく広がったことを思い返すように話された。
インクルーシブ社会をつくっていくための入口として、バリアフリーである水上のパラカヌー。「そんなメッセージを色々な企業さんにも伝え続ければ、応援してくれるスポンサーさんも出てくるはず」。そのために体験会や講習会から、選手と触れ合う機会や活動を見れる写真展まで、目にする情報発信を「地道でも続けていくことが大事」と力を込めた。
昨年、石原さんは初めてパラサーフィンの大会に出場した。大会を楽しむ姿を見て、ウエインズトヨタ神奈川株式会社から「自社のCMに出てほしい」と声がかかった。『「久しぶりの海へ」~車いすで出かけよう~』と題されたCMを見た方々からは多くの反響があり、情報発信はまた広がった。
何より、そのCMには「すべての人に移動の自由と楽しさを。」とある。自動車会社が目指す社会は、自動車という製品に留まらない“移動”そのものだ。どんな企業の製品やサービスにも、それで実現する“行為”を通じて社会を良くしようとする意思が込められているはずだ。そんな企業の意思を体現する場として、CMに限らない多様な協賛が広がり、完全なバリアフリーを実現するパラカヌー、そしてそれを入り口にしたインクルーシブ社会が広がっていくことを願ってやまない。
▷ 一般社団法人日本障害者カヌー協会
▷ 写真展【On The Water パラカヌーアスリートの素顔】
▷ 『「久しぶりの海へ」~車いすで出かけよう~』と題されたCM
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