見出し画像

【こころ #31】気付いてあげられる“周囲”を広げる

春海(はるみ)さん


 「赤ちゃんの頃から不安が大きい子で、私が数メートルも離れると泣き出しちゃってね」。「小学4年生の時に近所のスーパーの店内ではぐれたら放送で呼び出されちゃったりして」。そう話す春海さんの表情は、娘さんのことを愛おしく想うお母さんのそれそのものだった。

 そんな娘さんは「学級委員とか全部引き受けて、宿題もきっちりやる“お利口さん”タイプ」。でも、その裏側には、引っ張っていくよりは「頼まれると断れない、できるかなぁと言いながらも頑張ってしまう」性格が隠れていた。

 「自分ひとりでできなきゃとか必死で成長しようとしながら、でも色んな不安を隠し隠し来たのだと思います」。引き続き愛おしく話す春海さんの表情が、少し変わった。


 娘さんが中学1年生の時に、そんな不安の蓄積が爆発してしまったのかもしれない。友人と原宿に遊びに行って帰ってくると「ご飯も食べれず、水も飲めず、寝ている時間が長くなった」。娘さん本人も理由がわからないままに、新学期にどうしても学校に行けないとなり、時間とともに部屋のカーテンが開けられず、音にも過敏になっていった。

 春海さんはすぐに学校のスクールカウンセラーや自治体の教育相談室に足を運ぶが、病気への知識が十分とは言えず、その「キーワードさえも出てこなかった」。自分でお風呂にも入れなくなる娘さんにいたたまれず、春海さん自ら情報を探し相談も繰り返したが、後に発覚する病気について「どこもはっきりとは言わなかった」。

 最終的に頼ったのは、保健所だった。本来は15歳以上が対象だが、担当の方が家庭訪問を申し出てくれる。そこで初めて「病気の可能性がありますと言われて、驚いた」。すでに娘さんは中学2年生の8月を迎えていた。

 1-2か月先の予約がようやく取れた児童向けの精神科に、娘さんを着の身着のままで車いすに乗せて連れて行った結果、そこで処方された薬で劇的に改善した。その後、娘さんは通信制高校に進学し、現在はご自身でバスに乗ってデイケアに通えるまでに回復されている。


 後になって娘さんに聞くと、本人はそう思っていなかったが、「小学校3年生の時には幻聴や幻想があったよう」。春海さん自身も思い起こすと、近所に外食に出たお好み焼き屋さんで娘さんが、店員さんが怖い!どうしても家に帰る!と言い出して帰ってきたことがある。「その時には出ていたのかもしれません」。思春期である5-6年生の頃にも不思議なことを口走っていた気もする。

 春海さんはこうした経験を振り返り、本人が病気に気付けない中で、周囲が「あれっと思ったときにどれぐらいフォローできるかが大事」。また、「発症から医療につながるのが早いと、回復も違う。そこは劇的に違う。」と続けて強調された。そのためにも、「学校も自治体も家庭も知識を持ってほしい」。私立学校の中には、早い段階から精神疾患についての授業を持つ学校も出てきているそう。

 春海さん自身もあれっ?と思っても「医療が頭に浮かばなかった」。なぜか?「例えば虐待経験がある家庭で発症するとか偏見があった」と素直に教えてくれた。裏を返せば、一生懸命子育てしてきたつもりなのに、どうして発症したの?と悩んだ。

 でも、統合失調症の患者を抱える家族会『Pure Light』に参加すると、「みな一生懸命に子育てされていた」。闘病中の子を一生懸命に支援しているご家族たちなのだ、と感じた。

 娘さんが発症した後、学校側には唯一、「もし(娘の)表情が辛そうだったら、他の場所に連れていって、授業を休ませてください」とだけお願いした。「頑張っちゃってる子供に辛い時に休んでいいよと言ってあげることで、学校にまた通える」から。正しく病を理解することで、より回復が早くなり、社会に繋げやすくなる。そんなアドバイスもくれた。


 春海さんは、前述の家族会『Pure Light』を通じて第14話で紹介した森野さんに出会い、そのご縁で脳や心に起因する疾患及びメンタルヘルスへの理解を深め促進する『シルバーリボンジャパン』の活動にも参画している。

 その他にも、オンラインで『オープンダイアローグ(開かれた対話)※』を取り入れた活動にも取り組んでいる。統合失調症の患者を抱える家族同士が定期的に集まって、声を掛け合って、否定せずに話し合う。「症状を口に出すだけで気持ちが楽になり、胸のつかえが取れる。同じ症状を抱える方が画面の向こう側に何人もいるのが心強く、その人たちの色んな選択を見ることで、自分の中で選択肢が広がっていった」。続けて話された「戦うべきものが分からなかった状況で、すごく助かった」という言葉が特に印象に残る。


 春海さんは、ご自身が他者の経験に触れることで助けられたように、今度はご自身の経験をより広く伝え活かす取り組みを続けておられる。多くの経験が伝播し混じり、そして社会の仕組みが変わっていく、そんな活動をこれからも応援していきたい。


※『オープンダイアローグ(開かれた対話)』とは、フィンランド発祥の精神病院で開発された治療的介入手法で、診察室で医師と患者が行う「会話」とは異なり、患者やその家族や友人、精神科医だけではなく臨床心理士や看護師といった関係者が1カ所に集まり、チームで繰り返し「対話」を重ねていくもの。


▷ Pure Light


▷ シルバーリボンジャパン



⭐ ファン登録のお願い ⭐

 Inclusive Hubの取り組みにご共感いただけましたら、ぜひファン登録をいただけますと幸いです。

 このような障害のある方やご家族、その課題解決に既に取り組んでいる研究開発者にインタビューし記事を配信する「メディア」から始まり、実際に当事者やご家族とその課題解決に取り組む研究開発者が知り合う「ミートアップ」の実施や、継続して共に考える「コミュニティ」の内容報告などの情報提供をさせていただきます。


Inclusive Hub とは

▷  公式ライン
▷  X (Twitter)
▷  Inclusive Hub


いいなと思ったら応援しよう!