【め #20】福祉におけるビジネスを、社会を変える
千野 歩さん(後編)
(前編から続く)
千野さんが代表を務める株式会社Ashiraseが手掛ける、スマートフォンアプリと靴につける振動インターフェースで視覚障害者の歩行をナビゲーションする『あしらせ』の本格販売はこれからだ。
千野さんから「こてこての福祉がしたいわけではない」という言葉が漏れた。どういう意味か。障害者や障害児並びに難病患者等が必要とする日常生活用具の購入には、国及び都道府県による補助金が用意されている。日常生活用具を提供するメーカーは基本的にこうした制度を前提にビジネスを組むのが通例だ。他方で、こうした制度は裏を返すと、そうしたメーカー側のコスト低減など改善意欲を削ぐことにもなりかねない。これは結局、当事者のもとにより良いものが届くことを遠ざける結果にもなり得る。だから、「できるだけコストを下げて、手が届く範囲の価格にしていきたい」と、コストダウンに奮闘している。
ハードウェア機器の開発・製造には多額の資金がかかり、株式会社Ashiraseのようなベンチャー企業にとっては特に厳しい。そのため、上記のような補助金を使って販売価格を下げたり、対象市場を広げないと多額の資金を回収できないのが通例だ。しかし、千野さんは「例え厳しく、顧客が障害者の方だけでも、頭を使えばビジネスが成り立つ世界を作れるんじゃないかと真面目に思っているんです」と力強く仰った。だからこそ、「株式会社」にこだわった。
自社のみならず、こうした事例ができることで「多くの事業会社が福祉の産業にいかに入ってくるかが大事」と、今後の制度や社会のあり方も見据えている。
その目標に向けてやるべきことは多いが、まずは「販路が課題」だ。
これから「各地で製品の体験会を開催して購入して頂くフローをつくっていきたい」。障害者の生活課題は多いため、今のナビを通じてできた顧客接点を広げていければ、色々なサービスを追加提供して事業性を高めることも可能になる。クラウドファンディングを実施した際には、対象の“視覚”ではない“聴覚”の障害者からの購入予約もあった。認知障害へのソリューションにも応用できる可能性もあり、障害の中でも顧客基盤を広げていける可能性もある。
また、「障害には、国境がない」。『あしらせ』は、「言語に拠らないし小型で輸送コストもかからない。技術も世界共有で使えるものにしてある」と、海外展開は最初から織り込み済みだ。
こうした展開を実現していくために、国内と海外問わず「当事者団体とのネットワークはあればあっただけいい」。弊社としてもこうした動きを積極的に後押ししていきたい。
最後に、千野さんがおっしゃったことが印象的だった。事業に取り組むからには「やっぱり、社会を変えたい」。そのためには、手掛ける『あしらせ』が、社会にどうインパクトを残しているのか、例えば利用者にとってQOL(Quality Of Life)を上げたのか、具体的に「インパクトを可視化したい」。何かしらの効果がなければ、今やっていることは「何のため?となっちゃう」からだ。それほどまで社会を変えたかどうかに主眼を置いている。
千野さんは確かに、視覚障害者の歩行を支援したい。ただ、それだけではない。そこから日本の福祉におけるビジネスのあり方を変えることに挑戦し、社会を変えようとしている。
千野さんのような起業家がもっと生まれれば、高齢障害社会である日本から世界に向けて大きなインパクトを残すことができるはずだ。
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