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第七章Tears of The Baddest Man on the Planet.

タイソンチーム30名が宿泊しているのは、新館38階にあるスイートルーム
部屋の前の通路には制服姿のガードマンが2人、立入禁止のロープを張って関係者以外誰も立ち入れない警備体制で
特に日本人で立ち入れる人間など誰一人もいなかった

イライジャーとバーカプリ前のソファーで待ち合わせ、左手に持った紫の袋に入れた重たい黒光った黒檀の木刀を持ってイライジャーの前に行った
待っていたイライジャーは
『政成、それは何だ刀か?』
『イエス、木の刀だ。 侍の姿を見るか?』
『オー・イエス。 皆んなも驚くだろう』

スイートルームの広いリビングに入った
そこにはくつろいだ姿のマイク・タイソンが居た
タイソンの奥さんも、そしてタイソンのお母さんも居た
タイソンチームのトレーナー達も合わせて15人位が集まって居て、イライジャーが連れて来た日本人を興味深々と見つめていた

まず、マイク・タイソンに挨拶をしてガッチリ握手をした
それからおもむろに袋から木刀を取り出しタイソンに一礼。
タイソンの前から壁際まで後退りをして木刀を右手に持ち
木刀の剣先をタイソンの目に向けて構えた。 剣先からタイソンまでの距離は4・5メートルはある
他の15名は壁側にずらりと立ち並んでいた見つめていた
袋の中に入れてあった日本手拭いをはちまきにした政成の目は吊り上がって、その目を細くしながらタイソンただ一人を見つめながら静かに舞った・・・

右手一本だけで軽やかに左から右に剣を振った
振り抜かず右に流れた剣を流れのままに、左足を少し前に出して右上から左下に袈裟斬り
左から右に流し、剣を中央に戻しタイソンに剣を突き付けて構えた。 タイソンまでの距離は約3メートル
一瞬にして寄せ足でタイソンまで1メートルの距離に詰め寄り、タイソンと睨み合った
すっと後にさがり、示現流・右上段の打ち姿からめった打ちを繰り返し、剣を左から右に流しクルッと1回転し静かに止めて
クルッと舞っては乱打を繰り返し息を整え、10分間の時間が流れ去った
剣道の型も交じってはいたが、その殆どが政成の自己流の剣の流しだった
この型を修得するのに孤独の10年があった・・・
静かに止まり、タイソンにニコッと笑顔を見せた
タイソンは顔を横に揺らしながら
『ベリィー・グット ベリー・グット。 カタナの前には近寄れない。 いきなり目の前に寄って来た時は驚いたが、
カタナのスピードには負ける。 かわして近寄る事も出来ない』 と、
タイソンは座って見学していたが、すぐ立ち上がり政成の所に駆け寄って来て再び、固い握手を交わした。

タイソンはイライジャーと速い口調で何やら語り合っていた・・・

タイソンの元を去る時に、紫の袋に入れた黒檀の木刀をイライジャーに渡した
『タイソンにプレゼントだ』
『オッケー・ボスにだ』
タイソンは袋に入ったままの木刀を構え、政成に見せた

イライジャーと2人でスイートルームを出た。 15名の黒人達は静かに政成を見送った・・・

バーカプリ。 いつもの席に座りノッカンドゥのウイスキーを一口飲んでから、イライジャーが語りかけた
『ワンダフル、ビックリしたよ。  政成が本当のサムライに見えた。 腹切りのサムライ・・・・ どれだけカタナの練習をしたんだ?』
『そうだな、若い時の10年は木刀を振り廻していたよ』
『そうか、素晴らしい。 政成には誰も近寄れないな』
『ボールペン1本持っていたら、刀と同じだ』
『ところでボスからの話しだが、ボスのボディーガードが出来るか? ホテル内だけで良いとの事だが・・・』
『ボディーガードならイライジャーが居るじゃないか』
『俺は1日中付いている。 ホテル外のスパーリングでもずっと付いているけれど、ホテルの事は政成の方が詳しいだろう』
『それならボディーガードの話しは1日考えさせてくれないか。私には私のボスが居る、ボスのオッケーを取りたい』
『オッケー、明日には返事くれるな』
『勿論だ。 さぁ、今夜もいっぱい飲もう』

翌日、伊藤先生に相談があると時間を作ってもらった
先生は早速、昼食に招待してくれた
『先生、実は昨晩マイク・タイソンのスイートルームに行ったのですよ』
『それは凄いなぁ。 タイソンはどうだった』
『ええ、身長はそれほど高くもなく180ちょっとですかね。 しかし首がすっごく太かったですね、手なんかも柔らかいんですよ』
『それで、タイソンの事で何か話しがあるのか』
『先生のボディーガードを任されているのに、タイソンもボディーガードをしてくれと言ってるのですよ。ホテル内だけで良いとの事ですが、
返事は私のボスの伊藤先生に相談してから今夜すると言ってあるのですが』
『そうかそうか、タイソンのボディーガードにか。 私のボディーガードがタイソンのなぁ・・・
よし、即決しよう。 その代わり私のボディーガードを務めながらだ、ホテル内なら自由に出来るだろう。 これは私にとっても古川君にとっても
名誉な事だ、日本人として凄い事だぞ。 これを断る様じゃ、私も男じゃないよ。 その間の費用は全部私がみてやるから、
タイソンのボディーガードもしてやれよ。 これは私からの命令でもあるぞ』
『先生・・・有難う御座います。 先生とタイソンには誰も指一本触れさせないように務め上げます』
返事をしながら伊藤先生の目をじっと見つめた。 先生は先生で考え事をされているかに見えた

夜になってイライジャーに会いに行った。 場所はいつものバーカプリ
イライジャーは返事を聞かずとも知っているかの態度である
その夜はラウォーリィーも来て3人で飲みながら話した
『政成、ありがとう。 これでホテル内は安心して生活できるよ。 ボスには明日の昼間に返事は伝えるけど、
今から政成は日本人でたった一人のマイク・タイソンのボディーガードだ』
『イライジャー、引き受けた以上はホテル内の安全は任せてくれ。 ホテルの副支配人にも俺の立場は伝えておく。
シカゴのマフィアに、東京のマフィアか・・・ 凄いなぁ。 日本の為にも胸を張って務めさせてもらうよ』
『政成の剣を観て皆んな吃驚していたラウォーリィーにも見せたかったよ』
ラウォーリィーはすかさずに答えた
『俺は観たいとは思わない。 話を聞いて、観た以上に頭の中に剣を使う政成を思い浮かべる事ができる』

俺達は夜がふけるまで3人で飲んだ。 スコッチ・ウイスキー・ノッカンドゥ・
その夜の酒は、格別な味がしたように感じた・・・

翌日、タイソンのホテル内でのおおまかな行動を調べるのは俺にとっては簡単な事であった
何故ならば副支配人は俺の協力者なのだから

タイソンはスイートルームから朝三時から五時の間に、その日のタイミングでランニング用のトレーナー上下に全身を包み
頭をフードで覆って飛び出してくる
その毎朝のランニングにはお供は付いていても、1人か2人。 タイソン1人だけの日もあった
しかしホテル内にはランニング時のガードマンとして、アルバイトに雇われた大学生達15名がそれぞれ無線機を持ち
タイソンがスイートルームから飛び出してくるのを、今か今かと待ち構えて待機しているのであった。

朝のランニングコースは全部で3コース
タイソン自身が朝の気分でコースを決め、スタート時間はタイソンが飛び出してくる時がスタートだ
タイソンが走り出した方向でその日のコースが分かると、15名の大学生ガードマン達が先廻り先廻りで要所要所に待ち受け
通り過ぎたら又、その先の要所へと先廻りし、約10㎞のコースに途切れなく配置する態勢が守られていた
タイソンのお気に入りのコースは皇居の堀の周りを走るコースが断然多い
しかし、タイソンは天皇とか皇居だとか何ら興味も無く、ただ走り易いそれだけだったのであろう。

俺もタイソンについてコースを走ってみたい思いはあったけれど、シャドウを交えながら気ままに黙々と、試合の目的に走り去る
タイソンにとってはそれは余計な事で、それどころかランニング時間は真剣そのものなのだ
俺の剣の舞と同じで、タイソンの頭の中は勝つ。 それ以外は無い
いいや、勝つのは当たり前。 100%の自信を持っているのであろう・・・
タイソンのパンチ一発まともに浴びたら、俺達生の人間は恐らく10メートルは吹っ飛び再び立ち上がる事は出来ないだろう
あんな柔らかい手が鉄のハンマーのスピードに成るのだ。 これはタイソンの天性からなるものだろうか・・・
少年院で始めたタイソンのボクシングにはスピードはもとより、絶対に成り上がってみせるという強いハングリー精神があった

ホテル内でのおおまかなタイソンとタイソンチーム3名の動きが分かりだすと、日々の予定表をイライジャーがリング練習に出掛ける際に
渡してくれるので、タイソンチームが今日も何時にホテルに帰って来るのか前もって把握していた
夜の予定がたまにあったり、急に動く事も時にはあったが、ホテル内でのボディーガードといってもタイソン自身が練習以は滅多に
スイートルームから出ないのだから単純で、気の張り詰めた長い時間である
しかし、シカゴのマフィアと東京のマフィア2人はボディーガード冥利に尽き、特に夜10時以降はクラブでアルコール付きという
優雅で贅沢な時間を過ごすマフィア2人であった

イライジャーは食事も菜食主義者で肉や魚は食べないのだから、たまには日本の寿司でも食べるかと問うても、答えは笑ってノーと
決まっていたので私の夕食は時間を見計らいホテルの地下街にある店を一人転々として同じ店には続けて行かないようにしていた

タイソンと食事を共にした事もあれば、タイソン夫人やお母さんとガーデンラウンジでティータイムの付き添いをした事もあり
特にタイソン夫人のお母さんは単身で来られていたので、お母さんが
『政成、貴方は祝賀パーティーは私をエスコートして行くのよ』
と、一方的に決められて私の返事は立ち上がり、わざと一礼をしてから
『サンキュー。 私に任せなさい』
と返事をして、胸をドンと叩いて見せた
お母さんは私の欠けた両手の小指と顔面に入れたアイライナーの刺青をチラチラ見たり、ジィーと見つめてみたりしていたけれど
その時はいつも、悲しそうな顔をされて言葉では絶対に何も言われないのであった
そのお母さんの好感の持てる悲しそうな顔を見ているのが俺は好きだった。 その時のお母さんの顔には苦労を知った大人の顔があったからだ・・・

イライジャーとラウォーリィーとは、殆ど毎晩一緒に飲んだ。 勿論、バーカプリでだ
私のボス。 伊藤先生の素敵な所は、私に対して1日10万円までの飲食を許可して下さっていた事だ
だからこそバーカプリでも、シカゴのマフィアに対して大威張りで毎晩一緒に飲めた。 これは3ヶ月ずっと続いた・・・
俺はこの嬉しさと経験を一生涯忘れはしない。 伊藤先生。 貴方は男気のある、男の中の男で有りました


試合が近づくと色々な噂が飛び交い、リングの1番前にある特別席は10万円の金額で入場出来るのだが試合が近づくに連れて
10万円のチケットがプレミアが付いて50万円にも跳ね上がり、その50万円のプレミアが付いたチケットを売買する人間達が
ホテル内にも現れ、俺にまで話を持ち掛けてくる者も居たのだから驚きだ。
マイク・タイソンという人間はボクシング界・ボクシングファン等にとっては天上の人なのだと、実感させられた

タイソンのボディーガードを務めた3ヶ月間、殆どをホテルから外出する事も無く過ごしていたが
ある夜、六本木の外国人専用のディスコに出掛けた事があった
知り合いが居る筈だ。 と、言うイライジャーの言葉を受けて大使館へ出掛けた事もあった
日本のテレビに時々出演している、アフリカ出身のオスマン・サンコン
あの、いっこん・にこん・サンコンでーす。 の、あのサンコンだ
実はオスマン・サンコンはギニア大使館の高級職員でもあったのだ
ラウォーリィーと関わりの深い人間であると聞かされて、イライジャーとラウォーリィーと俺の3人で行ったのである・・・

ホテル内も平穏無事に時間は流れ、試合が近づいたある日、イライジャーが飲みながら言った
『政成、ボスの試合の日は政成も大型貸切バスに乗って一緒に行くからな』
『オッケー・オッケー 俺は試合を何処から観るんだ』
『政成は俺と一緒にリングサイドをウロウロしていれば、それで良い。 何処とか決まっていない、フリーだ』
『それはそれで凄い話しだな。 ヘビー級の世界タイトルマッチをリングサイドで観られるとは、一生に一度の事だよ』
その後、試合当日。 バスで俺の隣に座ったアメリカ人は、リング上で国歌斉唱を歌われたアンディ・ウィリアムス
彼を隣に東京ドームへと向かったのだ
足元はピカピカに光るエナメルの靴。 10万円以上はする高級な靴を履いていたので只者ではないなと、その時は思っていたけれど
なんと当時はアメリカで一番有名な歌手だったとは・・・
リングに上がった姿を見て吃驚した。


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