短編集
1.嘘つきの国
僕は嘘ばかりの国で生きている。国民はみんな嘘しか言わず嘘つきじゃないのは王様くらいだ。嘘ばかりの国だから何をしても嘘になる。仕事をしても嘘。恋をしても嘘。何をしても本当はやっていないという事になる。この国でただ一つ信じられるのは、国民みんなが嘘つきだってこと。だからこそ唯一の嘘つきじゃない王様は最も信じてはいけない存在なんだ。さて、そろそろ革命でも起こそうかな。なんて、嘘だけど。
2.翻訳不可能の言語
普段我々が何気なく用いているゴズ語はあらゆる言語への翻訳が不可能であると言われている。複雑に絡み合う文法や異常なまでに難しい発音法といった言語的な背景に加え、国が国民の外国語習得を厳しく規制していることも大きな要因である。私もゴズ語話者として、この絶対不可侵の言語を守り続けたいと思う。
3.夢中
昔からよく明晰夢を見る。夢の中に居ながら自由に行動ができるんだ。今日もまた、眠りに落ちて目を開けて、「これは夢だ」と直感した。夢の中ならなんでもできる。空を飛んだり、海底を歩いたり。でも、どれも飽きてきた。飽きてきたから、文章を書いてみようと思う。思ったから、今まさに書いている。多分これが世界で一番最初に、夢の中で書かれた文章になる。と思う。書くのは当然僕のこと。こういうのエッセイって言うんだっけ?まぁいいや。そろそろ眠くなってきた。寝よう。おやすみなさい。
4.新釈・矛盾
ある商人が矛を掲げてこう言った。
「この矛はどんなものでも貫く」
「この矛に貫けないものなんてない」
別の場所で先程の商人が盾を掲げてこう言った。
「この盾はどんな攻撃も通さない」
「この盾を貫けるものなどない」
それら両方を聞いていた旅人が商人に尋ねた。
「その矛でその盾を突いたらどうなるんだ」
商人は「うるせぇ」と言って旅人を矛で突いた。
どんなに優れた知恵も武力の前では意味を成さない。知恵とは武力や権力に伴ってこそ価値あるものなのだ。
5.嘘つきの国(2)
先程まで嘘つきの国と呼ばれていた地域を放浪をしていた。その国の国民はみんな嘘つきで、信じられるのは皆が嘘をついているという事だけという、非常に変わった国だった。この国はつい最近発見された。というのも、前の国王が「嘘つき達を世界に放つわけにはいかない」と言って諸外国との関わりを徹底的に断っていたかららしい。しかしある日革命が起きて現状が一気に変わったのだそうだ。その国ではゴズ語と呼ばれる複雑怪奇な言語が話されており、僕も何回か教えてもらった。時間はかかったが無事に習得することができたので、何冊かの本を日本語に翻訳した。しかし、あの本たちも全て嘘で書かれていると思うと、なんだかやるせない。旅の最後にマーケットに立ち寄った。現地の武器商人が、何でも貫く矛とどんな攻撃も通さない盾を売っていたので「その矛で盾を突いたらどうなるんだ」と尋ねたら、矛で腹を一突きされた。
そこで私は夢から覚めた。
6.宿題
忘れられない宿題がある。卒業を間近に控えた中学三年の国語の授業で、先生が突然「最後の宿題です。遺書を書いてください」と言って原稿用紙を配り始めたのだ。誰かが「どうして遺書なのですか」と尋ねると、先生はいつもと変わらない笑顔で、「明日病気で死ぬと思って、自分の気持ちを正直に書いてください。家族や友達への想いでもいいですし、やり残したことでも構いません。とにかく、好きに遺書を書いてください」と、答えになってない説明をした。「どうしよう」と思った。まさか遺書を書きなさいなんて宿題が出るとは思っていなかった。
家に帰って、鞄を置いて、僕は少し悩んだ。悩んだ後、書いておいた遺書を机の引き出しから取り出して、そのまま鞄に入れた。先生から貰った原稿用紙は遺書の代わりに引き出しにしまった。先生からの評価は返ってこなかった。
7.宿題(2)
中三の三月だったかな。国語の授業で変な宿題が出たんだ。「最後の宿題です。遺書を書いてください」って。突然。正直意味がわからなかった。生徒に遺書を書かせるとかこの先生おかしいんじゃないかって思った。だから、適当に書いて済ませた。それで、提出しようと思って次の日登校したら、その先生、学校に来てなかった。その次の日も、次の次の日も来なかった。結局俺たちが書いた遺書は担任が代わりに集めていた。といっても、クラスのうち半分くらいは出していなかった気がする。俺は教師が不登校とかありえないだろって思った。だから、担任に訊いてみた。「あの先生はどうしたんだ」って。担任はずっと言い淀んでいたけど、俺があまりにしつこかったから、皆には内緒という条件で教えてくれた。あの先生、実はかなり重い病気だったらしい。担任が「もうそんなに長くない」って言ったとき、何故だか分からないけれど、頭の中が真っ白になった。なんだよそれってひたすら思った。最後の宿題ってそういう事かよ。
後から聞いた話だけど、あの先生が書いた遺書は見つからなかったらしい。
8.小瓶
「あの、なんですかこれ」僕は部室の窓際に置いてあった小瓶を摘み上げて言う。中に入っていたのは、土だった。彼女は「あぁ」と湿り気のある声でそれにこたえた。「土だよ。花壇からとってきたんだ。部室で生き物を飼いたいなって思ったんだけど、色々面倒くさいからね。土にしたんだよ。知っているかい。土の中にはたくさんの菌がいるんだ」そう言って小さく笑った。僕は黙って、瓶の中の土を花壇に戻した。
9.ドッキョさん
ドッキョさんは通学路にあるボロ家に一人で住んでいた。名前を聞いたら「ドッキョロージン」と言っていたからドッキョさんなのだ。ドッキョさんと出会ったのは夏休みの初日。カズ君に命令されて僕は一人でボロ家に忍び込んだ。逆らったらいじめられるから仕方なかったんだ。ボロ家は埃だらけでカビ臭かったのを覚えている。ドキドキしながら一番奥にある襖の部屋の前まで来た時、後ろから声を掛けられた。心臓が止まるかと思った。ドッキョさんは僕を怒ったりしなかった。ただ、「その部屋には入るな」とだけ言って、お菓子を沢山くれた。その日から僕は毎日ドッキョさんの家を訪ねた。訪ねる度にドッキョさんは僕を優しく出迎えてくれた。ドッキョさんの家はとても居心地がよかった。お母さんみたいに僕を怒ったりしないし、お父さんみたいに僕を殴ったりしない。ドッキョさんはいい人だ。
けどある日、「入るな」と言われたあの部屋のことが気になって気になって仕方なくなった。僕はドッキョさんが目を離した隙に、襖をさっと少しだけ開けてみた。そんなに広くない畳の部屋で、真ん中に布団が敷かれていた。それで、布団の中に黒い何かが横になっているのを見た。黒い何かの頭だけが向こうを向いてピクリとも動かない。よく見えなかったけど、なんだか見てはいけない物を見てしまったような気がして僕はそっと襖を閉じた。ボロ家の中はしんとして、変な臭いが鼻をついた。僕は急にすべてが怖くなって、逃げるようにボロ家を飛び出した。その日からドッキョさんは居なくなってしまった。ボロ家は近いうちに取り壊されるらしい。また、会えたらいいな。
10.雨
彼女は雨が嫌いだった。「濡れるし、じめじめするし、いい事なんてひとつもない」そう言って脱力している彼女を三年間部室で飽きる程見てきた。彼女はいわゆる雨女である。彼女にとって大切なイベントがある日は大抵雨が降っていたらしい。「遠足も、修学旅行も、ぜーんぶ雨だったよ。全然楽しくなかった。雨のせいだ。雨が私に意地悪しているんだ」僕が修学旅行の土産を渡した時、彼女はそんなことを言ってむくれていた。彼女は雨が嫌いだった。けれど、短く切り揃えられた前髪を弄りながら窓硝子にぶつかる雨粒を眺めている彼女はどこか楽しげで、僕はそんな君が好きだった。
僕と彼女は高校の天文部で知り合った。天文部は僕と彼女の二人きりだった。部活見学に行った日もちょうど雨が降っていた。部室のドアを開けると彼女がいて、電気もつけずに窓の外をじーっと眺めていた。僕が「あの...」と声を掛けると、彼女は「んあ」と間の抜けた声と共に振り返った。それから、「おぉ、よく来たな新入生。入部希望かな」と言って微笑んだ。この時、僕は天文部への入部を決めた。
卒業式の日、僕は彼女に告白した。よく晴れた、風が冷たい日だった。スーツを着た彼女は困ったような顔をしていた。ちゃんとした返事はもらえなかったが、それでもよかった。見送るあなたと、巣立つ僕。あの三年間。僕は先生に恋をしていた。
11.卵のようなもの
放課後。中庭を歩いていた私は奇妙なものを発見した。それは卵だった。卵としか言いようのないものだった。卵としか言いようがないものであるにもかかわらず、それを卵と断言できなかったのは、それが私の背丈程ある大きな大きな卵のようなものだったからである。近付いて、試しにそっと触ってみる。不自然なほど冷たく、陶磁器のような殻が呼吸をするように静かに震えていた。これは、なんだ。卵のようなものを撫でながら考える。撫でられた卵のようなものは嬉しそうに、いっそう大きく震えはじめた。
と、突然、上から声が降ってきた。
「すみませーん。それ、取ってください」
見上げると、三階の窓から見たことのない女子生徒がこちらに向かって手を振っている。「はいよー」と一声返して、私は再び卵と向き合った。これ、どうやって取ればいいんだ。腕を回して持ち上げようと試みる。動く気配すらない。卵のようなものは、抱擁されたと捉えたのか、驚いたように一度小さく震えたのち、そのままゆっくりと身体を私に預けてきた。
12.捜しています
逾槭&縺セを捜しています。9月30日 の早朝、村から山道を通って平坂方面へ逃走しました。目撃情報もなく大変苦戦しています。大切な逾槭&縺セです。どうか皆さまのお力をお貸しください。
名前:譫カ遨コ荵句セ。鬲ゅ°縺ソ
特徴:人の姿をしています。
身の丈は五尺八寸程度です。
両手の指がありません。
凶暴性はありませんが、人間に慣れていないため見かけても追いかけないでください。近づきすぎないでください。決して声をかけないでください。声を聞かないでください。何を言っても信じないでください。見かけた方、保護してくださった方は髱槫惠神社までご連絡ください。
13.遊園地の幽霊
「某県山奥にある遊園地に、幽霊が出る。」
そんな噂を聞きつけて私は車を走らせた。
廃墟に赴いては写真を撮りそれを作品として発表する。それが私の生業である。昼前に自宅を出発してナビを頼りに曲がりくねった山道をしばらく走る。遊園地に到着したのは日が傾き始めた頃だった。がらんとした駐車場に車を停め、降りてあたりを見渡す。山の空気に包まれながら木々の向こうに目を遣れば、色とりどりの観覧車がゆっくりと回っているのが窺えた。耳を澄ませばかすかに楽しげな音楽も聴こえてくる。幽霊の出る遊園地。廃墟であると思っていたのだが、どうやらまだ営業しているらしい。チケットを買い、「ドリ ームランド」と書かれた門をくぐる。夕陽で茜色に染められた園内には人の影があった。何組かの家族連れやカップルが歩き回っており、「最後はどれに乗ろう」「そろそろ帰ろうか」など楽しげに話している。それは平穏で幸福な、どこにでもある普通の遊園地の風景だった。
幽霊なんてどこにもいなかった。噂は噂。騙されたのだろう。私は深いため息をつく。しかしたまにはこういう風景を撮るのも悪くない。観覧車やジェットコースター、コーヒーカップ。それらを何枚か写真に収めてゆく。一枚、一枚、また一枚。心惹かれた風景をカメラで切り取ってゆく。
と、突然。子どもの泣き声が聞こえてきた。はっとしてそちらの方を向くと、五歳くらいの男の子が風船を片手に一人で泣いていた。脇にはぴかぴかと輝く無人のメリーゴーラウンドが音楽に合わせてくるくると回っている。
時が止まったような奇妙な感覚に襲われた。
そういえば、と思い出す。私も幼いころ、遊園地で迷子になったことがあったような気がする。「帰りたくない」と駄々をこね、両親の元を離れ勝手に歩き回り、そして独りになってしまった。その時は果たして誰が迎えに来てくれたのだろう。
声を上げて泣く男の子に遊園地のスタッフが駆け寄っていき屈んで声をかける。そしてその子の手を引いてどこかへ消えていった。
そろそろ帰ろう。陽が沈む前に私は遊園地をあとにした。遊園地は静かに私を見送った。
後日。写真のデータを編集部に送った。しばらくしてから担当から電話が入った。
「お疲れ様です。いただいた写真なのですが、これ、いつ撮ったものですか」
いつもと様子がおかしい担当の声に何かあったのだろうかと思いつつ、先週の日曜日だと答えた。彼は「先週。先週ですか」と確かめるように繰り返した。私には彼が何を言わんとしているのか分からなかった。何か不都合でもあるのだろうか。怪訝に思う私をよそに彼は言葉を続けた。
「いやね、この遊園地、ドリームランドでしたっけ。五年前にね、閉鎖されているんですよ。つまり今はもう営業していなくて、廃墟になっているんですよ」
何を馬鹿な。と、呻くように私は声にならない声を上げる。私は確かにあの日、あの場所に足を運び、確かに写真を撮ってきた。その遊園地が既に閉鎖していたなどあるはずがない。廃墟となったはずの遊園地。今はもう存在しない遊園地。それが営業していた時の姿のままで存在していた。死んだはずのモノが生きていた時の姿で現れる。それじゃあまるで、
「あの、もしもし。聞こえてますか」
担当の声が私を現実に引き戻した。私が事情を話すと、担当は落ち着いた様子で「これは、どこにも出さないでおきましょうか」と告げる。私もそれに同意した。
電話を切る間際、担当は私に「しかし、なんでまた遊園地なんかに行ったんですか」と尋ねる。いや、君から噂を聞いて、と答えかけて、いや違う、と自ら否定した。彼ではない。遊園地の幽霊の話は担当から聞いたのではない。では誰から聞いたのだろうか。思い出すことはできなかった。
電話を切り、深く息を吐く。遊園地の幽霊は私のフィルムにしっかりと焼き付いている。
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