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「さいごの宿題です。遺書を書いてください」

 ……では、授業をはじめましょう。号令はいりません。そのまま座っていてください。今日は、3月4日。3年生であるみなさんが中学校で受ける、最後の国語の授業です。3年間いろいろなことがありましたね。私は皆さんと過ごせてとても楽しかったです。
 それでは原稿用紙を配ります。一人一枚とってうしろに回してください。……高木くん。そんなに嫌そうな顔しないで。大丈夫、一枚だけですから。中学校生活最後の国語ですし、少し変わったことをしましょう。
 それでは、私から皆さんに、さいごの宿題を出します。
 遺書を、書いてください。
 明日病気で死ぬと思って、自分の気持ちを素直に書いてください。家族や友達への想いでもいいですし、やり残したことでも、なんでも構いません。とにかく、好きに遺書を書いてください。
 なにか質問は?
 ……はい、結城さん、どうぞ。
 ……どうして遺書なのか、ですね。
 では遺書についてすこしお話ししましょう。
 みなさん、夏目漱石の「こころ」は覚えていますか。以前、授業でも少し扱いましたね。「こころ」は三部構成になっています。まず「先生と私」、次に「両親と私」、そして「先生と遺書」。主人公である「私」は鎌倉の海水浴場で「先生」と出会います。「私」は先生の知識や思想に惹かれ、何度か家を訪ねるような間柄になりますが、ある時、先生からの手紙が「私」の元に届くのです。これが、先生の遺書でしたね。第三部である「先生と遺書」の内容は、その遺書の中身となっています。遺書の中で先生は、自分の人生についてつづり、自身が犯した罪を「私」に告白します。自身の人生を記した手紙を「私」に託したのでしたね。
 遺書とは、自分の人生を誰かに託すためのもの。他者の中で生き続けるために書くもの。そう解釈した者もいます。
 では、どうして今、遺書を書くのか。それについてお答えしましょう。
 先程お話した通り、今日は3月4日。もう間もなく、皆さんはこの学校を去ります。つまり、皆さんは中学生ではなくなるということです。中学生としての皆さんは、もう間もなく死を迎えます。卒業してしまえば、中学生のあなたはもうそこにはいません。ですから、中学生である今、何を思い、何を考えているのかを遺してほしいのです。
 私の意図は、伝わりましたか?
 ……そう、よかった。それでは、遺書を書きましょう。原稿用紙一枚に、あなたのこれまでの人生を収めてください。
 それでは、はじめてください。
  
  
  
 「遺書」 3年1組 青柳優希
 書きたいことが思い浮かびませんでした。遺書に書くことがないほど薄い人生だったのかと言われれば、「違うそんなことない」と否定する気は当然のように起こるけれど、かといって濃い人生だったのかと言われれば、そんなこともなく、つまり僕の人生は平凡そのものでした。唯一平凡でない点を挙げるとすれば、それは僕が今日までの命であるということでしょう。
 本当は死にたくありません。まだ生きていたいです。やりのこしたことがたくさんあります。感謝を伝えたい人がいます。好きな人だっています。もしも、僕がこれからも生きられるなら、いつ死んでも後悔の無いように、やりたい事を全力でやって、周りにたくさん感謝を伝えて、好きな子にも、もう少し積極的になれるように頑張りたいです。僕の人生は平凡で、やり残したことも多いけれど、それでも確かに幸せだったなと思います。みんな、今までありがとう。
  
  
  
 「遺書」 3年1組 結城葵
 私はどうやら明日、病気で死ぬようです。ですので遺書を書きます。
 人生の最後くらい誰かに感謝を伝えるべきなのでしょう。しかし、私には感謝を伝えたい人がいません。父は幼い頃に家を出ていきました。母は毎晩酒を飲んでは喚き散らし、ある時私の腕に刃物を突き立て、一生残る傷を残しました。母から与えられたものといえばその傷くらいです。学校の先生をはじめとした周りの大人たちは心配こそすれ、結局助けてはくれませんでした。
 私は、明日死ぬと聞いてほっとしています。思い返せば、小学校を卒業する時、何かが変わることを期待していた自分がいました。ですが中学生になっても状況は変わらず、むしろ悪くなるばかりでした。もう間もなく中学校を卒業しますが、今回も変わらないでしょう。ですから、人生をここで終わりにできるならこれ以上の喜びはありません。そういう意味では、神様に感謝したいです。
  
  
  
 「遺書」 3年1組 高木夏樹
 文を書くのは苦手だけど、書きたいことがあったからそれを遺書にしようと思います。
 僕には妹がいました。冬花という名前です。冬花は僕が10歳のときに川でおぼれて死んでしまいました。冬花はそのときまだ6歳でした。その日は夏休みで、冬花と川に遊びに出かけていました。遊んでいる途中につまらないことで喧嘩して、しばらく冬花から離れて一人で遊んでいました。帰ろうとした時に冬花がいないことに気が付きました。冬花は2キロ下流で見つかりました。足を滑らせてそのまま流されてしまったのだと警察の人は言っていました。
 これが今まで友達にも言えなかった僕の過去です。母は辛かったねと僕を抱きしめましたが、そんな母が誰よりも辛そうでした。お父さん、お母さん、冬花、本当にごめんなさい。明日僕は死にます。冬花に会えたらまずは謝りたいです。それから、冬花が僕を許してくれるならまた一緒に遊びたいです。
  
  
  
 「遺書」 松瀬由紀
 医師から受けた余命宣告は思っていたよりもあっさりとしたものでした。もとより身体が弱かった私がここまで生きられて、教師として三年間働けたのは、むしろ奇跡だったのかもしれません。
 先日、最後の授業をしてきました。そこで私は子どもたちに「遺書を書いてください」と、最後の宿題を出しました。遺書という題材を選んだことに、大した理由はありません。ただ少し寂しかっただけです。あの子たちの心の中でちょっと変わった宿題の記憶と共に私が生きていられたらいいなと、そう思ったのです。決して褒められた動機ではありません。ですが、子どもたちは思いのほか真剣に向き合ってくれました。嬉しかったです。しかし、同時に心苦しく思われました。なんだか私の死に子どもたちを巻き込んでいるような気がして、これではまるで無理心中じゃないかと、そう思えてきたのです。ですから、彼らに私が死んだことは伝えないでください。彼らの前では最後まで、いいえ、私が最期を迎えたあとも、いい先生でありたいのです。
 本当は弱くて、脆くて、寂しがりで、授業も上手にできなかった、出来の悪い教師だったけれど、彼らはそんな私を慕ってくれた。私は彼らが、3年1組のみんなが大好きでした。私は幸せでした。彼らがどうか、幸せな人生を歩めますように。

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