キツネ目、映画「罪の声」について
さっき、noteを投稿して、前回の投稿にたまたま
キツネ目と書いて、グリコの犯人が頭に浮かびました。
キツネ目の指名手配。
グリコ森永事件は未解決、時効に終わりました。
以前、映画「罪の声」を見たことがあります。
この作品を見た後に、グリコ森永事件を元にした
ストーリーかな、と思いました。
もしかして、星野源さんと小栗旬さんはこの当時から
替え玉だったのかな。
小栗旬さんは昨日の「どうする家康」に出演していました。
それから、最後、回想シーンが
子どもの結婚式のシーンだったのは、
漫画「東京リベンジャーズ」の終わり方、タイムリープして武道とヒナの結婚式で終わる、に似ていると
思いました。戻った西暦も確か、2018年だったのでは?
じゃあ、「下剋上球児」と同じ時期になる?
フィクションとリアルを混同しない方がいいけど、
なんか替え玉だらけだと、
ゴチャ混ぜになってしまいましたw
なんか、過去から現在、いろんな作品が
繋がってるように思えるのは、私だけ?
替え玉にする意図は何?
隠したい側と、裏を明らかにしたい側の、応酬では?
だから、嫌がらせや逆恨み、暗殺がある?
そこには、権力、上下関係、根回しや圧力もあるとは
思います。
news zeroで、髭男さんがビジネス、と言っていました。
確かに、仕事は依頼されて、その通りに作品を作って
お金を稼ぐことだと思います。
でも、何か意図が絡んでいてややこしい場合や、
彼らが不利になるように仕向けられているとか
圧力や嫌がらせがあると、嫌だなと、私は思いました。
私もSNSを通じて、誕生日で「杏」の替え玉として
誘導されたことがわかりました。
利用されたとは思ったけど、その理由もわかりました。
髭男さんも。
私も替え玉にされたことを知ってしまった以上、
お互い巡り合わせというしかないと、
今は思っています。
髭男さん他、たくさんの芸能人も同様、替え玉にされたことも知りました。
今から思えば、SNSで特に、
SMAPの解散騒動が気になって、
いろいろ呟いたことが発端かな、と。
でも、髭男さんを応援している以上、誰かさんの
替え玉として見たくないな、と私は思います。
彼らもそれは嫌だと思うし。
だから、楽しく活動してほしいと書きました。
芸能人は代用品やモノじゃない。人間です。
彼らの代わりはいません。歌声や演奏する音や
メロディーは彼らにしか出せないし、バンドだから
一人でも欠けると仮に補充しても別のかたちだと、
私は思います。
私はSNSをしていて、私自身にも圧や嫌がらせ、
マウントも感じたので、髭男さんを応援していて、そう思いました。
裏なんか知りたくないです。
丁稚奉公は、昔はあったらしいけど、子どもはモノや
オモチャではないです。
両親にとって、子どもが何人いても、
子どもは大切です。
人をモノ扱いは嫌だな、と、私は思います。
追記
映画「チャイルドプレイ」も2019年に見に行ったことがあって、チャッキー人形が道頓堀のひっかけ橋で撮った写真も見かけました。探して見つけたら、後で載せます。
探したけど見つからなかったので、ムビチケカードの
写真を載せます。