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インドの魚が食べたくて #1
2024年、コロナ過を超えて久しぶりにインドへ。
僕は昔からインドの友人と共にインドを旅をするのが王道のパターンである。今回はアリムル・シェイクさん(以降アリやん)との旅だ。彼は日本在住歴10年以になる料理人だが、家は元々農家だったという。現に彼は日本でお世話になっている僕もよく知るある方の畑を手伝っており、実に働き者だし、知識が豊富で技術も驚くほど巧み。
僕は21年に畑を始めたのだが、わからないことがあると本当に何でも教えてくれる。もちろんインド料理も。彼は東インド出身で地元州都のコルカタ、首都のデリー、南部のバンガロールなど各地のホテルやレストランで修業を積み、インド各地のほとんどの料理を作ることができるオールマティプレイヤーだ。今年で38歳。僕より20歳ほども年下の、料理と農業の師匠というわけだ。
彼の故郷は同じ日本にいるインド人の中でも、特に辺境の地らしい。でも、そこはインドでも珍しい魚食中心の地域と聞く。普通のインドは肉か豆・野菜のイメージしかない。インドの魚食文化地域を冒険したい。そんな思いで彼の帰郷に同行させてもらった。
確かに東インドのド辺境
場所はインド東部ウエストベンガル州の州都コルカタからバスで約5時間、ベンガル湾まで5キロのゴブラという小さな農村だった。
4月24日、シンガポール航空、10:55関西国際空港発。6時間45分をかけてシンガポール・チャンギ国際空港着。4時間後、同空港から4時間余りをかけ現地時間22:15コルカタのネータージ・スバース・チャンドラ・ボース国際空港着。トランジット込みで約14時間50分のフライトである。
外に出ると梅雨時のような天候だった。夜23時頃だというのに気温は30℃、乾季にもかかわらず湿度は90%以上。アリやんの奥様ルミちゃん、長男アラームくん、従弟のハセンさんが迎えにきてくれていた。チャーターしてくれていた四駆の車に乗り込み、一路南へ。エアコンはあるがなぜだかオフのまま窓全開。インド名物ともいうべく、ルールなしのクラクションだらけ、動物とヒトの糞尿の匂いがこの街にも充満していた。
1時間半ほど走り、灯りも車も少なくなったところで道沿いのレストランに立ち寄る。運転手も一緒に席につく。
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「ここは運転手お勧めの店で僕たちが来るのは初めてです。多分彼は後日、店からマージンをもらうはず。でもそれでOK 僕からのチップです。いつもインドに帰ってくると何時であってもこうやってレストランに立ち寄ります。まずは久しぶりにインドの味を食べたいから」
アリやんはそう言って運転手の分も注文した。
「アラームくんはビリヤニが好きなんだって。インドのビリヤニは量が多いからみんなでシェアしましょう」
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ルミちゃんはベンガリー・ベジ・ターリーを注文した。
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深夜1時前、再出発。
ここから街の灯りは一切なくなるが、糞尿とインセンの入り交ざったにおいは変わらない。顔をゆがめるうち、いつのまにか寝落ちしてしまった。
目が覚めると林の中。狭い三差路に車は止まっており、ここから先がムスリムビレッジで100mも行けばアリやんの家があるらしい。早朝4時半頃。今日がいつだかよくわからない。ルミちゃんに聞けば「25日」だそうだ。
緑色の部屋とトイレの洗礼
2時間ほど寝て、アリやんとバイクで出かける。まずは彼が帰ってきたら必ず寄るというチャイ屋へ。行きつけのチャイ屋が3,4軒あるうちの一軒だ。
一人の先客が僕を凝視。そこに通りがかりの2人もやってきて全員がこちらを凝視。様々なパンやビスケットがあり、みんな頬張っているので僕も一つ購入。みんなから見つめられながらも、日本人にも馴染みやすい優しい味わいで安心した。
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「ちゃうちゃう、わしは畑やってるから日焼けしとるんや」
半分が壁のない掘っ立て小屋の朝食堂へ。ウエストベンガル定番の朝ご飯ググニがおいしいという。
「同じウエストベンガルでも地域によって味も材料も少しずつ違います」
「ふむ、その多様性こそがインドやんか。最初から画一的なものなんて期待してないって」
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一見はインドのどこにでもあるプーリー(揚げパン)のようだが、コシがあって上品な甘みが特徴的なパン、ロティ(Ruti/Luchi/ルチ―)がたまらない。スパイスは控えめ、ホワイトピース(白エンドウ豆)とジャガイモの優しい甘みがとてもよくあっている。作り方を聞くと、食堂のおやじのみならずアリやんも色々説明してくれた。
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次は食堂から西へバイクで約5分、2キロほど先のデューリハット市場へ。ここからさらに西へ3キロほど行くとそこはもうオディッサ(オリッサ)州らしい。つまりゴブラ村界隈はボーダーというわけだ。
朝9時頃。ビニールテントをつぎはぎに張り巡らしただけの超おんぼろ市場だが、やはり万国共通、市場は人々の熱気に満ち溢れていた。日本と同じ種類の野菜でも、なぜだかパワフルに見える。キャベツは土だらけ、サツマイモはくねくねとまがっていて、タマネギは大小不揃い、トマトは小さく、ツル紫は長い茎を丸めて無造作に置いてある。そこに長さ15センチ以上はあるオクラ、青いマンゴー、イボのないニガウリ、大小さまざまなウリ類、ドラムスティック、ジャックフルーツなどインドらしいものがわんさかと山積みになっている。
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さてはて、家に戻り、待望の昼ご飯。ハッピービーフカレーをいただく。脂身が少ないせいか肉の香ばしさが際立ち、がっしりとした歯応えがたまらない。なにやら隣の家が牛を〆る職人の家だそうで、そこから購入してきた肉なのだとか。インドの現政府としてはこの手の作業は撲滅の方向を目指しているはずだが、やはりインドは広くて深い。活牛肉のカレーを生まれて初めて食べた。
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そしてもう一品、ついにベンガルのローカル魚をいただく。歯応えが魚というより鶏肉のよう。香ばしく実に淡白な味わいだ。しっかりと硬くて長い骨が出てくる。
「これは日本で言う雷魚です。スネークヘッドフィッシュ。ベンガル語でソール(Shol)と言います。日本ではあまり食べないみたいですが、ベンガルではみんな大好きです。肉にボリュームがあり味がいいから」
雷魚と聞くと最初淡水ならではの臭みがありそうに思ったのだが、少なくともこの料理からはまったく臭みは感じられなかった。そこに、くし形の果実はマンゴ―、そしてもう一つジャガイモが横たわる。前者はさっぱり感を生み、後者はこってり感を生んでいる。
魚のうまみをこれらのさっぱり感とこってり感と共有させてしまうことで、ぷちぷちとしたご飯とよりよく合うのだ。
ところで、日本人がこれぞ日本オリジナルだと誇りたがるダシ感覚も、やっぱりここインドではすでに具現されている。つくづくインド料理の奥深さを感じる。
僕は昔、創作料理研究家を自称していた時代があったが、ここインドを知れば知るほど自身の創作と信じていた料理法がすでにあることを見せつけられ、いつしかスパイス料理研究家と名乗るようになったのである。僕がそれまでに作ってきた創作料理はゆうに2000を超える。それでもどこかしらインドを知るほどに同一あるいは同方向性の料理が何かしら出てくる。この情報過密時代においても、インドはまだまだデータ化しきれない究極の多様食文化圏ということだ。
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夜、アリやんが村のイスラム祭りに誘ってくれた。通りはド派手な電飾カーテンを張り巡らせ、マイクからは耳をつんざくほど大ボリュームで御経が流れ続ける。入口付近のテントでは大勢の聖職者たちが椅子に座り語らい合っていたが、僕を見るやいなや全員が沈黙して凝視。僕が微笑みながら会釈するとみなさんも笑顔を返してくれた。奥へ進むとどこにでもある祭りと同じく、様々な食べ物やスイーツ、果実、おもちゃ屋などが犇めいていた。
その中の一つ、ダム・アルーを食べる。
「これもウエストベンガルのストリートフードです。ググニは午前が多いけど、ダム・アルーは一日中かな。ググニと同じ小麦粉で作ったルティで食べたり、ルティなしでこれだけを食べたり。ブレッド(西洋的パン)と食べることもあるし、ライスと食べてもいい。ググニと同じ自由な食べ物です」とアリやん。
器の中には小さなジャガイモがごろごろと。インドでよく見るサイズ感だ。これは日本だと規格外扱いとなったり、毒素があるため食べない方がいいと敬遠される。ただ、その場合は未熟イモか過肥料でそうなるという話もある。インドの小さなイモは品種が違うか、土がもっと痩せているか、どちらかが理由だと思われる。
余談だが、もし日本で小さなジャガイモを食べる場合、それが未熟なのかどうかわからないので、そんな時は皮をむいて半分に切り、水に10分ほどつけてから使うとアクがかなり減ることを付け加えておく。
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「これはカラーパウダーの色です」「日本へ帰ったら俺もダム・アルー屋やりたい」
家に帰る。ゲストルームと称するアリやんの部屋を借りる。
10畳分ほどあるだろうか。中央に大きなベッドが置かれている。夜12時を回っても気温は33,4℃もある。が、恐ろしいことにこの辺りは農村で電力が弱いのでどの家にもエアコンがない。天井に取り付けられたファンだけが頼りなのだが、これが全力過ぎてさらに怖い。
「カワムラすぁん、ちゃんとモスキートネットせなあかんよ。この辺のモスキート、マラリアあるから。扇風機はもっとスピードをあげることができます」なんてことをさらりと言い、アリやんは壁のスイッチを何度も押す。が、ファンの速さは一向に変化なし。
「逆にもっと遅くならへんの。俺的には早すぎて怖いんや」
「ええ、なんで、大丈夫よ。でも、壊れてますね。ふふふ、何かあったらいつでも呼んでください。おやすみなさい」
パチン、とスイッチを切ったら室内が緑色になった。
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就寝前にトイレに入る。ゴキブリと7、8センチの中~大型のカエルがわんさかといる。
「おぉいアリやん、このゴキブリとカエルはどうにかならんのかっ。ゆっくり座ってられへんで」
「なにをいうのですか、ここはカントリーね。グッナイ」
彼のことも故郷ゴブラ村のこともある程度は知っていたつもりだったが、奇想天外の連続である。これが僕にとっての洗礼であった。
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