スポンジツリー byはくや
ほんの15年前まで、地球では気候変動による気温上昇に苦しんでいたそうだ。歯止めのかからない凍土の溶解、海水面上昇。世界各地で常に水害が起き、緩んだ大地を地震が揺らせば被害は拡大する一方だった。
生物は進化するとはいえ、人間にはその気候変動に適応する進化を遂げるものはまだ現れない。
しかし、2036年の今は、スポンジツリーがある。
スポンジツリーは日本の小さな企業が開発した『木ときのこを掛け合わせて』作った、葉っぱがスポンジ状の木だ。詳しい技術はきっとその頃なら話題になっただろうが、世界中どこにでもスポンジツリーがある今となっては、その開発技術が語られることはほとんどない。
スポンジツリーが発表された5年後に生まれた僕にとって、それは日常の一部だし、景色の中に普通にあるもの。
今新築で建てている僕の家も、スポンジツリーの木を多用していると建築士さんが話していた。
スポンジツリーは葉っぱがスポンジ状で大量の水分を溜めることが出来る。晴れたら徐々にその水分を発散するし、雨ならぐっと溜め込む。溜めすぎて重くなると枝が大きくしなって地面に葉がつくから、地面にも適度に水分は行き届く。ずっしりと重くなった枝葉を支える幹は非常に固く、建築資材として最適だそうだ。
しかも成長が早く大きく育つ。若いうちからしっかりと根を張るから地面を抑える役目も果たし、地滑りの発生を抑制する効果もあるのだと授業で習った。
雨が多すぎる土地では水害や土砂災害の抑制になり、雨が少ない土地では貴重な雨を蓄える。スポンジツリーが適度に水分を含んだ葉は心地よい日陰をつく、落ちた葉はもちろん自然分解される。
こんなに役に立つ木は過去になかったそうだが、この木は特許を取らずに開発技術を公開したそうだ。世界中の災害、気候変動を抑える効果となれば…という開発者の言葉をどこかで見たことがある。
世界中でスポンジツリーが植えられ、とにかく木を植えようという活動が始まったのが2025年頃だと聞いた。
今地球は青と緑の星と言うけれど、昔は青い星だったそうだよ。
スポンジツリーは建築資材として使われる以外にも日常生活で使われている。体も食器もみんなスポンジツリーからできたスポンジで洗うしね。プラスチックというものは今はあまりなくて、生分解性のあるスポンジツリーで作られた服や日用品がほとんどになっている。
一昨年くらいから、スポンジツリーを使ったダイエットが流行ってる。スポンジツリーがた油も溜め込むことを応用して、食用に開発されたスポンジツリーを一口大に切って食べるだけだ。お腹の中で油を溜め込んでくれるから、脂っこいものを食べても体が吸収しないんだって。
この食用技術はダイエット以外にも活用されて、そもそも食感がいいからと肉の代替え品になったり、そのままサラダで食べることも流行っている。
ただ最近、この食用スポンジツリーにある問題が見つかった。今世界はこの話題で持ちきりだ。
その昔マイクロプラスチックというものが問題になっていたらしい。自然分解されないプラスチックが砂のように小さくなって海に流れ込む問題がだったそうだけど、スポンジツリーの問題もこれに似ている。
スポンジツリーは自然界では分解されるけど、人体内では分解されなかったんだ。
基本的には便と同じように排出出来るけど、一度でも口にすると胃や腸に少しずつ細かなカケラが溜まっていく。分解できない砂がお腹の中に溜まるようなイメージだ。
世界中がこの解決策をなんとかしなくてはと騒いでいる。みんなもうスポンジツリーダイエットの楽さを知ってしまったし、その食感や味は世界各地で我が家の味になってしまったからね。
スポンジツリーなしの世界にはもう戻れないんだ。
昨日の夜、父さんが僕に言った。
「この時を待ってたんだ。ずっと黙ってたけど、スポンジツリーを開発したのはお前のじいさんだ。びっくりしたか?
じいさんはその技術を無償で世の中に公開しただろ?その時からずっと待ってた。もう準備は出来ている」
「ちょっと待ってよ父さん。話が急すぎてついていけないよ。準備って何のことなの?」
「あのスポンジツリーを人体で分解できるバクテリアだよ。あれはうちにしかない。スポンジツリー開発時点からずっと用意していたのさ。世界中が喉から手が出るほど欲しがる、その時を待っていたんだ。そのためにスポンジツリーの開発技術を無償公開したのだから…」