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なぜタイBLドラマは「ジオブロック」されるのか:賛成/反対で対立する前に
*2021.7.6 ”DarkBlueKiss”の字幕ブロックの説明を一部差し替えました。ただし、内容の大筋は2020年夏~秋時点で判明していた事実に沿って書いており、記事公開後に新たに判明した事実やその後の展開については追記していません。事実誤認等あればご指摘ください。noteのコメント欄、TwitterのDMやリプ欄は解放しています!
*ジオブロックに関する現状をなるべく丁寧に整理しています。現状整理のパートが不要という方は、見出しからまとめ(「結局、ジオブロックは~」以降)に飛んでお読みください。
はじめに
現代ビジネスで堀あきこさんが8月末に書かれたこの記事を読みました。
勝手に超ざっくり要約すると、
タイBLは、YouTube配信とSNSのクチコミによってファン層を拡大させてきた。ところが、人気作『2gether』とその続編『Still2gether』は日本から手軽にYouTubeで視聴することが難しくなった。
ファン間でもジオブロックへの反応は分かれるが、「公式配信を見たい」という気持ちが叶えられず、期待していたファンの熱量と勢いに水が差された。このアクセスの問題は、今後のファン活動の形や日本でのタイBLドラマの浸透に影響があるのではないか。
と問題提起する内容でした。(未読の方はぜひ元記事をご覧ください。)
日本での版権取得に伴うジオブロックをめぐって、タイ沼は揺れています。
このnoteでは、なるべく現状を分析・整理しつつ、タイ沼内外の様々な立場を想像してみたいと思います。
*記事内では、YouTubeが発表した視聴者による字幕翻訳機能の終了についても触れられていますが、ここでは「ジオブロック」の問題を中心に取り上げます。
そもそも「ジオブロック」って?
YouTubeの動画は、管理者によって特定地域からの視聴を制限することが可能で、この措置は「ジオブロック」と呼ばれています。ジオブロックされた地域から動画を視聴しようとすると、YouTubeの画面上では、このように表示され、概要欄やコメント欄へのアクセスも不可能となります。
*なおYouTube以外の動画配信サービスなどでも「ジオブロック」に相当する制限が存在します。例えば日本の民放TV番組を無料で見逃し配信しているTverは、日本国外から視聴することができません。
タイBLドラマのジオブロックの現状
堀さんの記事でも取り上げられていた『2gether』のジオブロックの原因は、株式会社コンテンツセブンによる日本配給権の取得でした。
「2gether」に関するお知らせ②
— 韓流&華流&アジア コンテンツセブン (@koretame_PR) June 5, 2020
(2)YOUTUBEでの視聴に関して
コンテンツを日本で展開するにあたり、各所・様々な権利の都合上、今後日本からは視聴ができない状態となります(時期は近日予定)。皆様のお気持ちを考えると身を切られる思いではございますが、ご了承いただけますと幸いです。
現在『2gether』は楽天が運営する都度課金型の動画配信プラットフォーム「RakutenTV」で配信中で、WOWOWでの放送も予定されています。
一方、『2gether』ファンの多くが心待ちにしていた続編『Still2gether』のジオブロックの原因は長らく不明で、「なぜ見られないのか」「いつから・どのプラットフォームで見られるのか」すらわからない状態が続いていました。
おそらく日本の配給企業と契約が結ばれたためと推測されていましたが、放送開始と同時にジオブロックが判明してから1カ月半後の9月28日……
この度、タイのドラマ3作品の日本配給権を取得いたしました。
— クロックワークス|アジアエンタメ情報 (@klockworxasia) September 28, 2020
「Still 2gether」を2020年内、「I’m Tee, Me Too/アイム・ティー、ミー・トゥー」、「Theory of Love/セオリー・オブ・ラブ」を2021年初頭に展開予定。
続報を楽しみにお待ちください。
▼詳細はこちらhttps://t.co/rggbLYPU5L pic.twitter.com/oJXmwEYEgO
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』などの配給で知られる株式会社クロックワークスが、『Still2gether』を含む3作品の日本配給権取得をアナウンスしました。
『2gether』『Still2gether』に限らず、2020年に入ってから様々な日本企業がタイで制作されたBLドラマを買い付けるようになっています。(あこ さんのnoteやP'月食 さんのnoteに詳しく書かれています。)
私企業間の契約であるため詳細は不明ですが「日本企業が日本での版権を取得する(買い付ける)」際、多くの場合「それまで公開していたYouTubeの動画はジオブロックする」という契約になっているようです。その場合、日本の配給企業を介さずに日本からの視聴は不可能になります。
*LINE TVは英語字幕つきでの配信やタイ国外ファン向けの発信も行っています。しかし日本の公式アプリストアからはインストールできないことを踏まえ、主にYouTubeを中心に取り上げます。
ジオブロック賛成/反対という二元論
このような状況をめぐって、Twitter上では賛否両論が巻き起こっています。(特に『Still 2gether』についての様々な反応は、まるさんのブログにまとめられています。)
しかし、ジオブロックや日本での配給をめぐる問題は非常に複雑で様々な要素が絡んでいます。そのため、ジオブロックの可否は単に”賛成”または”反対”といった簡単な言葉では、また140字では片付けられないと私は思います。
このnoteでは複雑な問題を一つ一つ分解して考えていくことで、何が問題なのか解きほぐしたいと考えます。(そのため、非常に長いです……。)
さらに視聴者の視点だけではなく、なるべく多様な視点からジオブロックについて考えてみたいと思います。
*ただし、私はいちファンであるため、タイの制作会社・日本の配給会社の考えは断片的な情報から推測・想像て書くことしかできません。また意見は、全てのファンを代弁するものでもありません。先に結論を述べるとジオブロック自体には「なんとも言えない」派ですが、日本企業の展開には問題点があると思っています。
前提:ジオブロック回避手段としての「VPN」
コンテンツがジオブロックされていても、YouTube上から削除されたわけではありません。VPN(仮想プライベートネットワーク)を使用して海外のサーバーを経由すれば、実際には日本にいたとしても、アクセス可能になります。
有料・無料さまざまなVPNサービスが展開されていますが、一般の認知度・浸透度はさほど高くないものだと思います。(海外在住者などの間ではポピュラーらしい。)
相次ぐジオブロックを受け、私の周囲でも多くの人がVPNアプリを導入してタイBLを視聴しています。しかし、一度慣れてしまえばいいものの、初めて使う人にとってはハードルが高いものではないでしょうか。
・どのVPNサービスを使うべきか/使い方 がわからない
・VPNに接続する一手間が余計にかかる
・推奨されないことをしている不安(日本ではVPNは違法ではないが、国によっては違法なため)
・(特に無料VPNサービスは)セキュリティ上の不安があるものも
個々人の熱心なファンからすれば、ジオブロックは「VPNを使えば解決する」問題かもしれません。しかし、ライト層や見込み客まで含めたファン全体を考えるのであれば、「ジオブロックされても、VPNがあるから問題ない」とは言い難いと私は考えています。
*またタイ語音声のみ(字幕なし)、リアルタイム視聴のみ(アーカイブなし)と条件は厳しくなりますが、ADinTrendというサイトやテレビ局の公式HPやアプリを経由して、VPNを用いずタイで放送される番組と同じ映像を視聴することも可能です(チャンネルにもよる)。
ジオブロックの裏に隠れた「字幕ブロック」の問題
作品や企業によって事情は異なりますが、YouTubeのジオブロックと同時に、またはその代替手段として、視聴者への字幕翻訳依頼機能によって付けられた日本語字幕も非公開とされる場合があります。ここでは便宜上「字幕ブロック」と呼び分けます。
本題に入る前に、厳密にはジオブロックとは全く別の措置である「字幕ブロック」について述べておきます。
この秋にタイBL3作品を日本で展開する株式会社アジア・リパブリックは、7月21日のツイートで、『DarkBlueKiss』の7月末での「日本語字幕版の視聴にブロックが掛か」る旨を予告しました。
えぇ、大変恐縮でございます
— アジア・リパブリック 社長の呟き (@Asia_Republic) July 21, 2020
炎上するのは存じております、、、
草の根ファンの皆様
沼の民の皆様
非常に気になってらっしゃるジオブロックの件、、、
お話ししなければなりません、、、
CSプレミアムでのHD放送が決まり
順次日本語字幕版の視聴にブロックが掛かって参ります
OurSkyyは元々→
ツイート投稿時点では、これもジオブロックを指すものと思われました。しかし、その後も日本国内からのYouTube本編動画視聴が可能です。ただし、ファン有志によって動画に付与されていた日本語字幕は削除、すなわち「字幕ブロック」がなされました。
アジアBLドラマガイド「Be a LIGHT」の企画「Be a LIGHT座談会「DarkBlueKiss~僕のキスは君だけに~」を語る」でもこの問題が取り上げられていました。この座談会の内容もふまえ、字幕ブロックの弊害として、以下の3つが挙げられると考えます。
◆1.”解釈”の元となる字幕へのアクセス遮断
ライト層まで含めれば、大多数の日本の視聴者は日本語字幕で動画を視聴しているでしょう。多くのBLコンテンツで重要視される”解釈”の元となる字幕へのアクセスが絶たれるのは、大きな損失と言えます。
(また、ジオブロックの問題点とも重なりますが、これまでファン拡大に貢献してきた有志の努力をどう扱うべきか、という問題もあるでしょう。ちなみに『DarkBlueKiss』の日本展開ではファン字幕の解釈を拾い上げるための措置が取られているそうです。)
◆2.ファン字幕つきの非公式動画(海賊版)の流通増加
海賊版は、様々な理由で正規版にアクセスできないファンの需要を掬い上げるものです。YouTubeの字幕ブロックと日本語字幕付き公式配信の間にタイムラグがあれば、一刻も早くドラマを視聴したいと願うファンの間で何が起きるかは想像に難くありません。(海賊版の問題について詳しくは後述。)
◆3.海外在住の日本語話者のアクセスの問題
日本語字幕が非公開化される状況は日本国内だけでなく、世界中で同じです。現状、日本の版権企業は主に日本国内でコンテンツを展開しています。日本語は主に日本国内で使われる言語ですが、日本語字幕ブロックは日本国内からのみならず、世界中の日本語話者からのアクセスを遮断することでもあります。
*ただし実のところ2つの措置は相互に関連しており、構造も似通っています。このnoteでは以降、本題の「ジオブロック」に論点を絞っていきます。
ジオブロックのメリット/デメリット
「ジオブロック」と「日本企業による版権取得」のメリット/デメリットは混同されがちですが、それぞれ別のこととして整理します。ここでは主なステークホルダーとして、視聴者/日本の配給会社/タイの制作会社の三者を想定します。
◆1.日本の配給会社
メリットは、「版権保有作品への、自社を介さないアクセスを遮断できる」点です。そもそもジオブロックの主な理由もこれだと推測されます。自社提供コンテンツによる視聴者独占と収入増を見込んでいるのでしょう。あるいは、国内の配信プラットフォーム・衛星放送事業者との契約の際の条件とも関連があるのかもしれません。(後述する『SOTUS』はジオブロックされず多媒体で展開しているため、この可能性は低いと思いますが)
デメリットは、冒頭の記事でも指摘されていたように、YouTubeと口コミによる新たなファン獲得の阻害・長期的なファンダムの育成への悪影響の可能性です。
*ただし、RakutenTVでの1話目無料開放のように、新たなファン獲得の手段はYouTubeだけではないことも確かです。
◆2.視聴者
メリットがあるとすれば、日本の配給会社を儲けさせられる(と見込まれている)ことです。「タイBLは儲かるコンテンツだ」と配給会社が考えれば、今後の作品買い付け・国内展開が増えるかもしれません。
対してデメリットは、これまで見られていたYouTubeというプラットフォームでの視聴が不可能になることです。単に有料化される以外にも、幅広いアクセス可能性を持つYouTubeでの視聴がブロックされることで、多くのデメリットが考えられます。(詳しくは後述。)
多かれ少なかれ、ファン(視聴者)によるコンテンツ/俳優の応援の仕方も変化せざるを得ないでしょう。
◆3.タイの制作会社(配信元・権利元)
日本の配給会社との契約には期間、メディア、翻訳権など様々な規定があると推測します。その中にジオブロックも含まれており、制作会社も同意し契約したわけです。
直接的なメリットがあるとすれば、日本の視聴者対応を配給会社に任せられること、そしてより多くの外貨を獲得できることです。
想像ですが、仮にジオブロックを行うことで契約金が上乗せされるなら、制作会社もジオブロックをした方が得です。もしそうなら、制作会社により多くお金を落としたいというファンにとってのメリットでもあります。(「”直接的に”お金を払いたい」という希望は叶えられませんが……。)
逆にデメリットを挙げるなら、公式YouTube動画の再生回数の減少です。
ただしYouTubeの広告収入は1再生の単価が0.5~0.1円というのが定説です。ご存知「忖度シーン」のようにドラマについたスポンサー企業もいますが、いち視聴者として動画を見ている限りでは、タイ企業による国内向け製品の宣伝が多いように見受けられます。
したがって、タイ国外からのYouTube視聴回数の増加は、制作会社の収入には直結していなかったと推測します(DVDやグッズ販売などの周辺ビジネスを除く)。
版権売却価格は不明ですが、日本からの視聴による広告収入< 日本版権売却による収入という図式が成り立つからこそ、制作会社もジオブロックに同意したのだと考えられます。
日本企業による版権取得のメリット/デメリット
*”版権”は正式な法律用語ではありませんが、慣例に倣って用います。
◆1.日本の配給会社
版権取得・国内展開が事業内容です。
◆2.視聴者
日本企業が間に入るメリットは「公式コンテンツにお金を落とせる」「日本国内でタイのコンテンツが展開されやすくなる」の2点です。
◇公式コンテンツにお金を落とせる
従来も、タイの制作会社が販売するDVDの個人輸入などを通じて、公式コンテンツにお金を落とすことは可能でした。ただし、日本語字幕はナシ、また発送のトラブルや輸送に時間がかかるなど、比較的ハードルが高かったと言えます。したがって、日本企業が間に入ることで、日本からもコンテンツに対する対価をスムーズに支払えるようになると考えます。
◇国内で展開されやすくなる
より日本市場を熟知した企業が戦略を練ることで、日本向けにヒットしやすいようローカライズされた展開がなされると考えられます。例えば、
・日本版権を取得した配給会社による、広告/メディア露出の増加
・プロの翻訳家による字幕(*ファン字幕が劣るかは議論の余地あり)
・回線遅延を気にせず、高画質・大画面での視聴が可能に(媒体にもよる)
・YouTube以外の多メディア展開
・日本語版DVD/Blu-rayの発売・特典が付く可能性(配信などで人気があれば)
・日本版のグッズ展開・本国グッズの入手可能性向上
・日本ファンミーティング(コロナ禍が落ち着けば)
・豪華声優による日本語吹き替え版の流通
などです。配給会社もコンテンツを売るのが仕事ですから、少なくとも様々な国内展開や付加価値が得られる実現可能性は高まると言えるのではないでしょうか。
また、これにより新たなファンが獲得できる可能性もあり、例えばCS放送ではYouTubeを普段視聴しない中高年層など、今までと異なる視聴者層にリーチできるとも考えられます。
*このnoteの主題ではありませんが、YouTubeの視聴者字幕機能停止により、今後は日本から「公式」の日本語字幕付きで視聴するためには、日本国内の企業を介することが必須となっていくのかもしれません……。
反対にデメリットとしては、以下が考えられます。
・タイの制作会社とファンが直接繋がる感覚の阻害
・ファンが望まない形のローカライズ(韓国ドラマでは「ダサピンク化」現象が指摘されている。また『DarkBlueKiss』は副題が賛否を呼んだ)
・本来のタイ語・タイ文化のニュアンスが削ぎ落とされる(*タイ語・タイ文化に詳しくない配給会社が間に入った場合)
・今まで曖昧だった「日本公式」の解釈が確定してしまう
・既存ファンと「日本公式」との解釈違い(『2gether』展開時には主人公の一人称が話題になった)
◆3.タイの制作会社(配信元・権利元)
考えうるメリットは外貨の獲得です。従来も、日本からDVDを個人注文したりファンミーティングに参加する方はいたでしょう。しかしそれらに比べ版権売却は、発送や問い合わせ対応、日本向けのマーケティングなどの手間なく早急に外貨を獲得できる手段です。
→独立系配給会社が作品を仕入れる方法:先ずは国際版権マーケット。かの有名なカンヌ映画祭にも国際版権マーケットが併設されています。先日紹介した香港フィルマートや上海TVフェスティバルも国際版権マーケットです。権利元/セラーがブースを設けて作品を私どものようなバイヤーに売り込み商談→
— アジア・リパブリック 社長の呟き (@Asia_Republic) August 2, 2020
→独立系配給会社が作品を仕入れるその他方法は権利元/セラーからのメールないしLINE/WeChatでの日々の作品売込みです。これが多いです!
— アジア・リパブリック 社長の呟き (@Asia_Republic) August 2, 2020
例えば弊社がOur Skyy, DBKを買付けたという情報がセラーたちの知るところとなると「こんなのもあります!」「これも買いませんか?」と売込攻勢が始まります→
もともと制作会社が無料でYouTube動画を公開していた意図は不明ですが、世界中でファンを増やすことを目論見、その結果としての海外からの版権買い付けを期待していたとも考えられます。
今年5月には、日本でもタイ国際航空の経営破綻がニュースになりました。観光に支えられていたタイ経済がコロナ禍で大きな打撃を受けるなか、エンタテインメント企業も例外ではないと推測します。
現状ではスポンサー収入は減っていないが、経営状況が悪化し、さらに外貨の獲得もできなければ、タイの制作会社自体が倒れてしまう可能性も無きにしも非ずです。あまり考えたくはないことですが……。
反対にデメリットは、今後日本企業を介さず直接展開する機会が減ってしまうと考えられることです。VLIVE+でのファンミーティングやグッズ輸出などにより、日本企業の仲介を経ず日本ファンから直接収入を得たり、ニーズを直接拾いあげたりすることも可能でした。
*現状では「日本公式」がこれらの動きを阻害している様子は見られません。例えば『2gether』のグッズは版権を買い付けた配給会社が展開するコリタメドットコムで購入できますが、GMMTVShopから日本に発送することも可能です。
YouTubeのプラットフォームとしての優位性
ところで、タイBLがYouTubeで見られなくなった後、日本ではどのように展開されるのでしょうか。先ほどに挙げたRakuten TVのほか、CS衛星劇場、WOWOW、GYAO!、Amazon Primeなど、媒体は多岐に渡っています。
ここで全ての媒体を比較検討はできませんが、現状、日本でYouTubeに勝るアクセス可能性と拡散力を持つメディアは、地上波テレビ放送くらいではないでしょうか。スマホと通信環境さえあれば、いつでも・どこでも気軽に視聴できるのはYouTubeの圧倒的な利点です。
視聴者による字幕翻訳機能以外のYouTubeの特徴として、
・多くのスマートフォンでプリインストールされている
・アカウントなし/契約なし/クレカ情報なしで無料で視聴可能
・世界中で同時に視聴する高揚感が味わえる(プレミア公開の場合)
・世界中からコメント欄に感想や解釈を書き込める
・様々な端末での視聴に対応
・関連動画にもすぐアクセスでき、楽しみ方が広がる(出演者/事務所/制作会社が同じ別番組、リアクション動画、主題歌MV、メイキング動画等)
などが挙げられます。そのため、
・友人に勧める際、説明不要でリンクを送るだけで済む
・「なんとなく気になってる」人の沼落ちのハードルが低い
・ハマったあと見返したくなったときもすぐ見られる
・話題になった後からでも追いつける
したがって、タイBLが世界でファン層を拡大させた/ファンが夢中になることができたのは、コンテンツ自体の魅力はもちろんのこと、YouTubeという、これ以上ないほど気軽にアクセス可能なプラットフォームで公開されていたからではないかと考えています。
「無料配信で敷居を下げてヒットを生む」モデル
冒頭で取り上げた堀さんの記事でも、「ジオブロックとセットになった有料配信の仕組み」に対して問題提起されていました。
”しかし、本当に「仕方がない」ことなのだろうか。知る人ぞ知るジャンルであったタイBLドラマの人気を広げ、雑誌を発売前重版させ、タイの制作会社に日本語で情報発信させるほどファンを増やしたのは、ファンによるクチコミのパワーである。(中略)実際にマンガや音楽といった他のコンテンツでは、無料のサービス配信が、ユーザー獲得の機会となっていることが知られている。ファンが最初にアクセスしやすいルートを確保しておくことこそが、作品の浸透の土台となることは、すでに「世界の常識」となっているのだ。”
出典:「タイBLドラマ『2gether』が日本に初上陸!でもファンがガッカリなワケ」 ページ7 (現代ビジネス)
例えばこの論文では、国内音楽産業を題材に定量的な分析を行っています。直感に反して、「少なくとも有料財の販売という観点からは、企業は積極的に無料ネット配信を行った方が、売り上げを増加させることが出来る」ことが示唆されています。
さらに、映像メディアであるアニメ・ドラマの事例をあげてみます。
◆1.アニメ『鬼滅の刃』
深夜アニメ発でありながら、「SNSでの口コミ」と「後追いのための配信環境の充実」によって国民的ヒット作となったことが分析されています。後者については、20を超えるプラットフォームでの配信や毎月の一挙配信によって潜在的なファンを取り込んだことが指摘されています。
またその後、原作漫画の売り上げも伸び、今後のマルチメディア展開・IPビジネスにも好影響があると予想されています。
◆2.ドラマ『あなたの番です』
公式SNSでの裏側コンテンツ発信、作品内のコンテンツが現実で体験できることのほか、視聴者によるSNSでの考察ブーム、話題化で興味を持った視聴者を逃さない工夫などがヒットの要因と指摘されています。
特に「後追い視聴」に関しては、ダイジェスト動画に加えて、2クール目終了後に期間限定で1クール目を全話無料で開放し、視聴者が見始める機会を用意し、敷居を下げる狙いがあったそうです。
国内向け作品と海外作品の輸入、アニメとドラマでは事情が異なりますが、「視聴者を惹きつけ・盛り上げる手法」という点では参考にすべきです。タイBLも「膨大な数のエンタメが溢れる時代、口コミと配信環境の整備がヒットを生んだ」という点で、上記の2つの事例と共通しています。
堀さんの記事に対し「今まで見れていたことの方が普通ではなかった」との反論の声もありました。たしかに、このような視聴モデルで展開されている作品はさほど多くありません。でも、その「普通ではない」状況が視聴者獲得・ファンダム拡大の要因となったのも確かだと思います。
なぜ、ジオブロックしなければならなかったか?
一方で、上記2作品のヒットの要因が記事で取り上げられたのは、この視聴モデルは未だ確立された定石ではなく、新しい事例であることの証左であるとも言えます。おそらくこれらの手法は未だ新しい潮流で、既に確立されたとは言い難いのではないでしょうか。
*9/29追記:日本の地上波実写ドラマはおそらく広告収入がメインですが、これまでも(特に深夜帯の)アニメは一挙放送を行いパッケージやグッズ販売でマネタイズすることモデルが確立されていたようです。(このモデルもVODサービスの拡大などで状況は変化しているとの指摘もあります。)
配給会社が裾野を広げる視聴モデルの可能性に気づかず、ただ商慣習に則った・前例に倣った可能性もありますが、認識していたとしても、全ての企業が実現可能とも限らないと考えられます。
なぜなら、これまでにタイBLの版権を買い付けた企業(アクロス、コンテンツセブン、アジア・リパブリック、クロックワークス)は、『鬼滅の刃』『あな番』などを展開する企業に比べれば比較的小規模な企業と考えられるからです。例えば、視聴者が使いやすいプラットフォームをいくつも用意するほど手が回らないのかもしれません。
また「ジオブロックをしない」選択は「支出ばかりで収入がない」リスクをとることでもあります。タイBLという未知のコンテンツを展開する小規模な企業であれば、リスクに慎重になってしまうのもやむを得ないことかもしれません。
あるいは長期的なファンダム拡大には関心がなく、一時的に収入が得られればよいと考えている可能性や、自社で宣伝や営業努力を重ねればよいと結論づけた可能性もあります。
まとめ:結局、ジオブロックは良いのか、悪いのか?
果たしてタイBLは、ジオブロックによって日本企業が国内展開を独占した方が良いのでしょうか。それともYouTubeの動画を残し、ファン拡大を優先した方が良いのでしょうか。
立場や視点によってメリット/デメリットは異なるため、その答えは何に軸を置くのかによるでしょう。特にタイBLにおいてはジャンルの特性上、より事情が複雑かつ特殊なため、ジオブロックの是非を結論づけるのは困難です。
もし「タイBLにおけるファンダムの拡大・潜在的ファンの獲得」の観点だけを考えるなら、ジオブロックしない方が良いでしょう。
しかし、企業間の契約や経営状況や今後の方針がわからない以上、「いま、潜在的ファン・新規視聴者の獲得を最も優先すべきか」はいちファンの立場からは論ずることができず、後々に判断を委ねるほかないと考えます。
ジオブロックをした作品/していない作品を比較するにしても、作品ごとに事情が異なるため、はっきりとは言い切れません。
このような理由から、私が出した結論は「現時点では何とも言えない」というものでした。個人的には非常に残念だし悲しく思っていますが、コンテンツにとって何がベストな選択かは、現状では判断不能だと考えます。
ファンの中には「ジオブロックなしでも、熱心なファンは『日本公式』に課金するはずだ」と主張し、その意思を表明している方が多いように見受けられます。私も一人の(購買意欲旺盛な)オタクとしてはそのように思います。しかし一般的に考えて、無料公開と有料公開が併存していれば視聴者の多くが無料のプラットフォームに流れるのは止められないのも理解できます。
日本展開のジオブロック以外の問題
ただし、ジオブロック自体ではなくその周辺に関して、日本での展開には様々な問題が指摘できます。先に挙げた「日本企業の参入によるメリット/デメリット」以外の観点から述べます。作品ごとに事情は異なるので、箇条書きで。
◆1.YouTubeの優位性(前述)が失われる
・世界同時のリアルタイム視聴が不可能
・アカウント作成/クレカ情報入力/アプリインストールなどの手間がかかる(*有料ネット配信の場合)
・有料化による「試しに1話だけ見てみる」ハードルの高さ
・YouTube上に多数存在する関連動画との相互アクセスの悪さ
◆2.展開される媒体の選択
・視聴者に親しみのないプラットフォームで展開される場合の不便さ
・1期と2期で視聴できる媒体が異なる可能性(『2gether』と『Still2gether』、『Love By Chance』と『A Chance to Love』など)
・今まで多くの作品でYouTubeに集約されていたが、プラットフォームがバラバラになる
・独占期間のため、独占配信後の多媒体への展開まで空白期間ができる
特にCS有料チャンネルでの放送については、NETFLIXやAmazonPrimeなどの動画配信サービスに比べても市場規模が小さいことに加え、以下の2点が問題だと言えます。
・家にTVがない/工事できない人は視聴不可能
・BLとの親和性の低さ(プライバシーを保った状態で見られない)
◆3.ジオブロック・日本展開開始時の対応
・版権企業のTwitter運用や問い合わせ対応の不手際
・視聴者への案内の不備(どこで・いつから見られるか)
・透明性の低さ(どのような意図でブロックされ、それにより誰が利益を得るのか)
特に「突然のジオブロック」とも言うべき、予告なし・日本での展開の見通し未発表でのジオブロックは、視聴者の作品への期待を裏切り、不安にさせるものだと感じます。
制作会社による作品の告知が世界に向けて発信されれば、否が応でも期待は高まります。日本でだけ視聴できないのだとしても、制作会社または配給会社からのアナウンスがあれば、ファンの反発も多少は抑えられたのではないでしょうか。
配給会社にとっても、見込み客である既存ファンの期待値が最も高いのは本国での放送・配信直前でしょうから、可能ならその際に配給権取得の告知を行った方が反響も大きくなると予想できます。
(情報解禁に関する戦略や各種規定などから告知できない事情もあるのかもしれませんが、素人なのでわかりません。ご存知の方がいれば教えてください……。)
◆4.草の根のファン活動との相性の悪さ
「これまで社会規範で成り立っていたファンダムに企業が横入りして市場規範を持ち込み、タダ乗りしている」 という批判です。
行動経済学では「社会規範で成り立っていた世界に市場規範を持ち込むと抵抗を生む/人々の行動原理を変えてしまう」という知見が知られています。
これまで日本のタイBLのファンダムは、善意のボランティアによる字幕付けや(比較的最近の動きではあるものの)ファンによる布教シートなどが新たなファン獲得に貢献してきた、すなわち社会規範をベースに成り立つ世界でした。
そこに、制作プロセスには携わっていない企業が乗り込んできて、大した付加価値も提供せず儲けようとしている(ように見える)わけですから、抵抗が生まれたのは心理的にも自然なことだと考えられます。
実際には版権料を支払っているので”タダ乗り”ではありませんし、日本の配給会社の中には、”タイBLブーム”以前から買い付けを検討していたところもあるそうです。残念ながら、ブームに便乗しているように見られても仕方ない告知タイミングだったと思いますが……。
「日本公式」とYouTubeが共存する道はあるか
さらに、ブロックせず「日本公式」とYouTube配信が共存する道もあり得たのではないかと私は考えています。
◆1.ジオブロックされない作品の存在
タイBLの金字塔と評される『SOTUS』は、有料チャンネルアジアドラマチックTVで放送、GYAO!での配信などが行われてきましたが、YouTubeの動画は今もジオブロックされず、日本語字幕付きで残っています。
作品によって様々な条件は異なりますが、「日本公式」とYouTubeがジオブロックされずに併存している事例もあることから「日本展開にジオブロックは必須ではないのでは」とも考えられます。
もしかすると『SOTUS』などの有料配信が伸びなかったので、その先例を見てジオブロックされるようになったという可能性もありますが……。
◆2.「全話ジオブロック」以外の選択
前述のように、RakutenTVでは『2gether』『TharnType』『Until We Meet Again』『SOTUS』『Love By Chance』の一話目が無料で開放されています。またRakutenTV版の予告映像もYouTubeで公開されています。
2話目以降の「日本公式」への適切な誘導が必要ではありますが、ファンの間口を広げるという観点で考えれば、「一話目だけはYouTubeもブロックせずに残しておく」というような判断もあり得たのではないかと考えます。
◆3.「同時配信」というフィリピンの事例
世界に目を向けると、フィリピンの事例が参考になると感じます。
フィリピンの最大手メディア企業ABS-CBNは6月、最も有名なタイBLの制作会社の1つであるGMMTVと強力な提携関係を結んだことを発表しました。
ABS-CBNは『Still2gether』をタイと同時に配信しました。フィリピンのファンは、世界中で同時に盛り上がる流れから遮断されずに自国語(吹き替え)で楽しむことができているようです。
This is a first in Philippine TV history! Mapapanood nang sabay ang #Still2Gether sa Pilipinas at Thailand!🔥 Let's be 2Gether again every Friday starting August 14, 10:30PM at every Saturdaystarting August 15, 10PM sa ating #KapamilyaChannel pic.twitter.com/Uc6sIIR8Wx
— Dreamscape Entertainment (@DreamscapePH) July 29, 2020
(当初は日本同様にジオブロックされていたものの、協議を経て解除されたそうです。これについてはTwitter上の断片的な情報を寄せ集めて得た情報なので、間違っていたらご指摘ください。)
単純に比較はできませんが、もし日本でもこのような形で展開されていたならば……。と、つい想像してしまいます。YouTubeのプレミア公開時には多くの場合英語字幕のみか字幕がないため、日本語字幕つきで同時に配信できれば、かなり大きな付加価値となるでしょう。
この視聴モデルでABS-CBNがどのように収益を得ているか(アプリの広告収入orアプリVIP会員への誘導?)は不明ですが、この事例は多くのファンにとって理想の形に近いのではないでしょうか。
◆4.制作会社による直接の日本展開
また、VLIVE+でのファンミーティング開催時の日本語字幕・日本語通訳など、最近では「日本企業を経由せず、制作会社側が直接日本市場向けにコンテンツを展開する」兆しが見えつつあるように思われることも、述べておかなければいけません。
国境や言語の壁もあり手間もかかるため、この傾向が一時的か今後も持続するかは判断不能です。しかし、「日本公式」を介さなければタイBL(とその関連コンテンツ)を楽しめないわけではないという可能性を示唆する、注目すべき傾向だと思います。
さて、ここからはファンダム(タイ沼)内のジオブロックへの様々な反応について述べていきます。
ファンはどうする? ①熱意が冷める
(タイトルの主語デカ感は否めませんが)堀さんの記事中でも述べられているように、ファンの反応には幅があります。
”ファンの間でも「ジオブロックは仕方がない」「無料で見られた今までが幸せだっただけ」といった声はある。”
出典:「タイBLドラマ『2gether』が日本に初上陸!でもファンがガッカリなワケ」 7ページ(現代ビジネス)
私も”ガッカリ”したファンの一人ではありますが、もちろん全てのファンの熱意が冷め、人気が下火になるわけではないでしょう。
ただし、人に勧めたくなるほどの熱意ではなくなるかもしれません。
今年に入ってタイBLの布教シートを多数作成しているさぼんさんは、次のようにツイートしています。
最近気付いたんですけど、DBKの日本語字幕がジオブロされてから布教シートのRTがぴたっと止まったんですよ。DBKのシートはいろんなタイミングでぼちぼちRTいただいてたんですけど一切なくなりました。ジオブロ前に皆さん観たのもあるでしょうけど、CSじゃ人に勧められないですもんね。
— さぼん (@sabon_b_l) August 20, 2020
特に『DarkBlueKiss』はCSの有料放送という媒体が選択されたため、友人・知人に勧めるのも気が引けてしまうのでしょう。展開される媒体はCS放送以外にもあるため一概に「勧める気が失せる」とは言えませんが、YouTubeとSNSのクチコミを通じたファンダムの拡大・新規視聴者の獲得という点では、ジオブロックの悪影響は既に出始めていると考えられます。
ファンはどうする? ②ジオブロックを歓迎する
アジア・リパブリックのツイートによれば、中華エンタメ業界ではファンの間でジオブロックを歓迎するムードがあるそうです。
→中華エンタメ業界でも中国の権利元が当初はYouTube でドラマを公開していても途中でジオブロックが掛かると、ファンからは「日本に版権が売れたー!」「日本で放送されるー!」「日本でDVDが出るー!」と歓迎ムードになるのですが、全く逆の反応が起こっているので戸惑いを隠せない状態なのです。→
— アジア・リパブリック 社長の呟き (@Asia_Republic) August 2, 2020
おそらく「歓迎ムード」の理由は、日本企業が介入するメリットを享受できると期待したからだと推測します。
アジア・リパブリックが「全く逆の反応」と称する現象がタイ沼で起きた理由は複数考えられますが、コロナ禍の影響で日本でのファンミーティングの開催が望めない、すなわち、日本企業が介入するメリットをファンが直ちに享受できないことも関連しているかもしれません。
今回のジオブロックと日本展開をめぐっても、ジオブロックに反対する声の裏で、日本での展開を喜ぶ声も一定数存在しました。私の体感では、以前から日本での展開を強く要望していたであろう ”古参” の方を中心に、そういった声が多く見られるように感じます。
(ただし歓迎する人は直接企業に要望を伝える必要がなかったため、企業側からは観測しづらかったのだと推察します。)
ファンはどうする? ③海賊版を視聴する
”発表されたYouTubeの字幕翻訳機能停止や、配信の見通しのないジオブロックは、ファン字幕のアンダーグラウンド化を進める可能性がある。”
出典:「タイBLドラマ『2gether』が日本に初上陸!でもファンがガッカリなワケ」 ページ8(現代ビジネス)
「字幕ブロック」の節でも述べましたが、ファン字幕つきの非公式動画(海賊版)の流通増加が懸念されます。
海賊版は「正規の価格に手が届かない人」だけの問題に限らず、正規のルートでアクセスできないファンの需要を掬い上げるものです。『Still2gether』『I'm Tee, Me Too』のように日本版配信の見通しが発表されていなかったり、発表されていてもタイムラグが大きければ、一刻も早く視聴したいと願うファンの間で非公式版が流通すると考えられます。
たしかにタイBLは、権利元による目溢しを前提にファンとの共創関係が築かれ、権利関係を曖昧にすることで発展してきた歴史があるのだと思います。非正規版の流通がファン獲得に繋がる場合だってあるでしょう。
むろん日本企業の参入以前から、非公式版は存在していました。字幕翻訳依頼がオンになっていないYouTube動画も存在するからです。ただしその場合、翻訳・字幕つけをした良心的な投稿者の多くが、同じ投稿内に公式YouTubeへのリンクを貼るなど「公式の再生回数を回す」ことを推奨していたように見受けられます。
ところがジオブロックされると、その「公式を回す」ことも難しくなるのです。
法律上、本来無料で公開されている動画であっても全編アップロードには著作権上の問題が発生します。さらに多くの方がご存知のように、問題は法律だけではありません。海賊版は正規版による収入・再生回数に貢献できないうえ、ファンダムの存在を不可視化してしまいかねません。
さらに付け加えると、非正規版流通の要因として「日本公式」が降って湧いてきた(ように見られている)存在であることも関連していると思います。
元々、日本で「オタク」と呼ばれる人々の多くが「公式」に対してお金を払う意欲が強い傾向があります(お布施)。しかし先述のように、これまで社会規範をベースに成り立っていた日本のファンダムに市場規範を持ち込んだ存在である「日本公式」に対しても「お布施」したい気持ちが湧くかには、疑問の余地が残ると言えます。
「海賊版=悪」なのか?
かといって私は、非正規版(海賊版)を視聴する人を糾弾したいわけではありません。もちろん、非正規版を大規模に営利目的でアップロードするなどの悪質なケースも考えられます。しかし、興味を持ってすぐの新しいファンが非正規版だと知らずアクセスする場合や、制作・配給側の視聴導線の案内やプラットフォームの選択が悪い場合なども十分に考えられます。
その場合、単に個々人のモラルの問題とは言い切れません。企業は、その流通を増やす原因となった自らのプラットフォーム選択が正しかったのか、省みる必要があると私は考えます。
ファンはどうする? ④VPN利用が増える
序盤で私は、「VPNの一般の認知度・浸透度はさほど高くない」「初めて使う人にとってはハードルが高い」と述べました。
しかし「一刻も早く推しの声を聴きたい・推しの演技を見たい」という熱心なファンにとっては、VPNの使用というハードルは些細なものなのでしょう。実際に私の周囲でも『Still2gether』のジオブロックを契機にVPNサービスを使う人が増えたと感じます。
もちろん様々な事情からVPNを使用しない・できない人もいますが、今後さらにVPNはタイ沼に浸透していくと予想します。
そもそも、YouTubeのジオブロックのメカニズムに対して(海賊版ではなく)正当に対抗できる唯一の手段がVPNだとも言えます。YouTubeは現在、アカウントの国設定・現在地の設定・電話番号の国などではなく、アクセスするサーバーの場所によって「国・地域」を判断しています。すなわち、YouTube側もVPNの使用は想定していない(あるいは目溢し?)なのです。
日本企業の参入によりVPNサービスを提供する会社が儲かる事態は皮肉ですし、根本的な解決に結びついているかは疑問でもありますが、したたかなファンがジオブロックそのものを無効化してしまう流れは頼もしく、心強くも感じられます。
ファンはどうする? ⑤企業に意見を送る
電凸や脅迫は業務妨害です。しかし、「公式=神様、オタク=奴隷」ではなく、本来、企業と消費者は対等な立場のはずです。
日本では「迷惑をかけてはいけない」という社会規範が強いためか、「公式に迷惑がかかるかも」「ジャンルごと扱ってもらえなくなるかも」と、要望を伝えることに臆病になっている人が多いように感じます。「お客様は神様だぞ」と笠に着るような態度はよくありませんが、本来、顧客・ファン対応は大事な業務の一環です。
たしかに、企業の内部には様々な事情があるのかもしれませんし、顧客の声やクレームを全て受け入れたり情報を全て明かす義務もありません。しかし、正当な批判は真摯に受け止める必要があることは確かだと思います。
また配給会社・制作会社に直接メールするだけでなく、各媒体のリクエスト機能も消費者からの要望を企業に伝える手段として活用できます。NETFLIXやTELASAは視聴したいコンテンツのリクエストフォームを開設していますし、#Huluお願い #dTVで見たいなどのハッシュタグ付き投稿といった手段もあります。
ファンはどうする? ⑤議論する
前述のように、私は次第にジオブロックに対し「どちらともいえない」と思うようになりました。これも、Twitter上などで様々な人が議論の材料を提供し、意見を表明していたからです。
誹謗中傷は言語道断ですが、様々な意見の表明や議論は歓迎されるべきだし、たとえ結論の出ない”不毛”な議論だとしても、深める価値はあると考えます。ファンダム内部からビジネスモデルや企業への批判的な意見が出るのは健全なことではないでしょうか。
たしかにジオブロックをめぐる議論では、
・未知の事態であること、企業間の契約がわからないことから不安が大きい
・Twitterにある”嫌儲”ムード ⇒ 企業が悪者にされがち
・強い言葉を選びがちになる(SNSの性質)
・怒りや不安などネガティブな感情が増幅される(SNSの性質)
などの側面も否めません。しかしジオブロックでショック・悲しみ・不安を抱く人にとっては、現実を受け止めるために感情を吐露し合う場としてSNSが機能していたのだと思います。
さいごに(お気持ち)
日本企業が一気に参入し始めたことで、応援の仕方・ファン活動にも何らかの影響があるはずです。この点において、タイ沼にいる人は”新規”・”古参”、ジオブロックへの”賛成”・”反対”にかかわらず、みな同じではないでしょうか。
多様な人がいるファンダムだからこそ、日本企業の参入やYouTubeの仕様変更などの変化に対応しつつノウハウを共有し合い、お互いに熱量を高め合っていける、と信じたいです。
今後、どのように俳優・コンテンツを応援すればいいのか。互いに対立したり冷笑したり、決めつけ合って分断したりするのではなく、少しずつ議論を重ねていきたいと思います。
もし、このnoteがその一助になれば幸いです。
私はエンタメ業界の人間でもなく、海外ドラマのオタク歴も浅く、著作権や法律のプロでもありません。
不確かな部分は調べながら書きましたが、想像や憶測を多分に含みます。私の観測範囲でみられた事象については、フィルターバブルに囚われてしまっているかもしれません。
事実誤認や補足すべき点があればご指摘ください。
また引用・リンク・ツイートの埋め込みは、ご本人の希望があれば速やかに削除します。
⇒noteのコメント欄、TwitterのDMやリプ欄は開放しています。
長いnoteになりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!!
*相次ぐ「独占配信」のアナウンスを受けて、GMMTVの今後の戦略がわからない……と懸念する内容のnoteも書きました。