見出し画像

pneumothorax

 2週間ほど続いた左胸の痛みと息苦しさの原因が気胸 (pneumothorax)だとわかり、四日間入院した。すぐに命に関わる(life-threatening)ものではなかったが、病院で見せられたレントゲン写真では左の肺が右の肺の三分の二ほどの大きさになっているのが確認できた。これではさぞ息苦しかろう。
 病室に入れ替わり立ち替わりたくさんの医者や医療従事者がやってきて、色々なことを言い、また質問していく。普段の買い物での店員との会話や学校での友人との雑談なら多少わからないところがあっても流してしまう。しかしここではそうではいかない。勘違いがあったら命に関わる。気胸ではなく英語力が低いために死んでしまっては笑い話にもならない。痛みを我慢して全神経を研ぎ澄ませて聞き、わからないところはわかるまで聞き返す。また必要があれば辞書も使いながら、自分の状態をなるべく正確に伝える。日常生活では味わえない緊張感のある英語のトレーニングである。
 肺の外側に溜まった空気と水を抜くため、脇腹に穴を開けて直径6mmほどのチューブを挿入する処置 (procedure) をした。手術室のようなところで行い、局所とはいえ麻酔を使い、切開を伴うのだから手術 (operation) ではないかと思ったが、この二つは区別されるらしい。operationはもっと大掛かりなものに使うようである。
 挿入したチューブが体内で周りの神経に当たるのか、とても痛い。特に力を入れると痛みが増す。しかしこれをどう英語で伝えたらいいのだろう。 ”it hurts” (痛みます) はすぐに思いつくが、「力を入れると」がわからない。仕方ないので “when I move” (動くと) で代用した。”It hurts when I move”では「力を入れると痛いです」の厳密な訳にはなっていないが、体の中で起こっていることはだいたい伝わるだろうと思った。激痛を耐えての治療の甲斐あって、入院四日目には肺が元通りに戻り、家に帰れることなった。退院に伴う説明事項を話し終えた看護師が最後に何か質問はないかと聞くので、「力を入れると痛いです」についての質問をしてみた。「(体の一部)を最大限に働かせる」という意味のstrainという動詞を使って、 "It hurts when I strain my muscles" と言っても意味は通るとのことである。こちらの方が "when I move"より「力を入れると」という日本語に近い。
 言語の問題だけでなく日米の病院文化の差異にも気がついた。もっとも違いが顕著なのは病室ではないだろうか。日本では特に病状が重いか裕福でもなければ普通相部屋に入れられる。しかし、アメリカでは個室が一般的のようである。入院することが決まると特に聞かれることもなく個室に通された。不思議に思って ”Are there any rooms with multiple beds?” (ここには複数のベッドがある部屋はないんですか?)と聞くと、この病院では全室が個室なのだという。これもアメリカの医療費の高さの一因だろうか。
 チューブを抜いた跡にはカラヴァッジョの「聖トマスの不信」に描かれたイエスのような傷が残っているが、胸の痛みはすっかり消えた。いまは高額と聞く治療費の請求書が送られてくるのを震えて待つばかりである。今度は胃がきりきり痛むようだ。

カラヴァッジョ「聖トマスの不信」。パブリックドメイン


いいなと思ったら応援しよう!