a technique to reduce stage fright
英語で話しているとき、自分と目の前の相手以外の第三者に言及する場合、それが一人のひとであれば性別を明らかにすることが要請される。つまり、女性に用いる三人称単数の人称代名詞 "she" または男性に用いる "he" を使わなければいけない。直接名前を出したり、 "the person" (そのひと)、 "that person" (あのひと)、 "this person" (このひと)などを使ってなるべく人称代名詞を避ける方法もあるが、やはり限界がある。文章が長くなればなるほど、she/heを避けるのは不自然に響く。
しかし、話題になっている人物の性別をあえて明らかにしない方が効果的な場合もある。ネットフリックスで人気のドラマ、ヤング・シェルドンのシーズン4第1話にそうしたシーンがある。主人公シェルドンはメドフォード高校の卒業式で総代として挨拶 ("valedictorian speech")をすることになった。 "I'm not very comfortable speaking in front of crowds" (「大勢の前で話すのはあまり得意ではありません」)と始めたシェルドンは、続けて舞台上での緊張を克服するテクニックを紹介し、それを実践する。
シェルドンが感謝の言葉を述べる間、カメラは順々に祖母のカーニー、母メアリー、父ジョージを映し出す。それぞれが自分こそシェルドンの胸中の人物ではないかと期待を膨らませている。これが可能になるのは、シェルドンが「聴衆の中の一人に集中し、そのひとだけに向けてスピーチする」と言う際に、her/himを使ってその人物の性別を限定することを避けたからである。そしてそのために用いられたのは "they" だ。英語の単数の三人称代名詞が二元論的なジェンダーの枠組みを強制することを嫌い、 "they" を性別を表示しない単数の三人称代名詞として使う動きが広がっていることは以前紹介した。シェルドンのスピーチでは、話題の人物の性別を表示しないことによってサスペンスを維持するために三人称単数の "them" が使われている。"him" といってしまえばカーニーやメアリーの可能性は最初からなくなってしまうし、 "her" を使えばジョージが排除される。 "them" を使ってこそ、全ての可能性を維持したままスピーチを前に進めることができる。
中盤に差し掛かり、シェルドンはついにこの人物の正体を明らかにする。そこで呼びかけられるのは意外な人物である。