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grits


 アラバマにくるとき、一番苦労したのはアパートの管理会社とのやりとりだった。引っ越し先は早々に決めたが、何を聞いても先方からの返信が遅く、ついにいつ入居できるかもわからないまま出国日を迎えた。move-in day(入居日)が不明なので、到着後数日分は空港近くのホテルを予約しておいた。街から離れていて周りには飲食店がない。ウーバーを利用してなんとか凌いだ。
 夜遅くに着いてその日は何も食べずに寝た。翌朝アラバマ最初の食事として配達料がかからないお店で頼んだ一番安いセットが写真のものだ。

バーミンガム空港近くのホテルからウーバーで頼んだアラバマ最初の食事

ハンバーグ、パン、ベーコン、卵と見慣れた光景の中に、一つ初めてお目にかかるものが混じっている。左上の白い物体はなんだろう。お粥ほどではないものの水気を含んでいて、どろどろしている。食べてみると塩味で、米のお粥よりちょっとざらっとた感じ。携帯電話であらためて注文した品を確認してみると、grits(グリッツ)という料理であることがわかった。初めて見る単語だ。Meriam-Webster英語辞典は以下のように説明している。

Coarsely ground hulled grain
especially: ground hominy with the germ removed
(穀類の殻やさやをとって粗挽きにしたもの
特に:トウモロコシの胚芽を取り除いて砕き、水や家畜の乳で煮たもの)

この説明に違和感を覚えた。どこにも「どろどろ」であることが書かれていない。たとえば日本語の辞書で「かゆ」を引くと「水を多くして米を柔らかく煮たもの」(『新明解国語辞典』)とある。「どろどろ」とは書かないまでも、形状や食感が想像できる記述になっている。英語を話す人はその食べ物がどれだけ水を含むか、硬いのか柔らかいのか、パサパサなのかドロドロなのか気にならないのだろうか。
 英語のネイティブスピーカーで日本語を勉強している友人に、グリッツをどう説明するか聞いてみた。"it's similar to porridge or oatmeal, but made with ground corn or cornmeal"(穀物で作ったお粥やオートミールに似ているが、挽き割りトウモロコシやトウモロコシ粉でできている)と返ってきた。これなら穀物のお粥やオートミールに似ているということで炭水化物がお湯の中に浮いている絵を想像できる。しかし、依然として「どろどろ」に相当する言葉はない。英語は日本語ほどオノマトペを必要としない言語だという話を小耳に挟んだことがある。ちゃんと調べたことはないが、あながち嘘ではなさそうだ。
 その友人に日本語に「どろどろ」という言葉があり、グリッツはまさに「どろどろ」だと言ってみた。すると、日本語には英語よりオノマトペが多いのだと教えてくれた。さらに、”Every emotion, every sound has a corresponding word it seems. In English we don't have nearly as many"(ひとつひとつの感情、ひとつひとつの音が対応する単語を持っているみたい。英語にはそんなにたくさんない)と付け加えた。
 それでもやはり、なんらかの形で「どろどろ」であることを伝える必要はないのだろうか。日本語世界にどっぷり浸かってきたわたしは、そんなことをもんもんと考えてしまう。もしくは、少なくとも「柔らかく」煮た、のように形状を言いたくならないのだろうか。そうした必要がないからこそ、それに対応するオノマトペが生まれなかったのだろうか。安上がりというだけの理由で頼んだアラバマ初日のお弁当が、思いがけず日本語と英語の違いについて考えるきっかけを与えてくれた。

今回取り上げた表現

grits: トウモロコシのお粥。南部で主に朝食として食べられる。


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