ALUMNI STORY 株式会社Apollo 平野 いさむ(理学部卒)さん
自己紹介:成功体験を捨てて、新しいことをやるUnlearnマインドを持つ!
※こちらの収録は2023年4月に行われたものです
よろしくお願いいたします。平野いさむです。冒頭の紹介にもあった通り、学生時代から社会人の4年目ぐらいまで、ずっと金髪だったのですが、30歳を迎えたので、最近はさすがに落ち着いて黒髪になって、これからは少し大人になっていこうかなと思っているところです。
バックグラウンドのサマリーをする前に、どういうように意思決定してきたのかをお伝えすると、すごくわかりやすくなると思うので、私の人生のモットー的なことを先に言うと、モットーは「Unleaen(Growth Mindset)」という、この一言に尽きるかなと思っています。
どういう意味かというと、読んで字のごとく「Unleaen」ということで、成功体験を捨てて、新しいことをやるというマインドを常に持って行動しています。なので「Growth Mindset」の逆で「Fixed Mindset」という言葉があると思うのですが、「Fixed Mindset」ではなくて、過去の常識を全て疑って行動していくというような行動様式の人間だと認識していただけると嬉しいです。Fun Factsとしては、妻と出会って1週間で結婚しています。趣味は、ジムとお酒で、最近はゴールドジムに行きまくって、その分お酒でプラマイゼロに持っていくという生活を送っています(笑)
大学入学前:アイデンティティーを確かめに、たったひとりでパキスタンへ
Pre Collegeから説明すると、私は茨城県の水戸市に生まれました。私は父がパキスタンとイギリスのハーフで、母が日本人という、田舎ではすごくマイノリティな人間で、結構暗い過去を持っています。今はすごく陽気に振舞っていますが、当時はいじめられることもあり、マイノリティな生活をしていました。 それを打破するためにどうしようかと考えて、運動神経が良かったのでサッカーをやり始めて、茨城なので鹿島アントラーズのユースや、県の選抜に選ばれて、自分で実力を見せることによって、周りが変わっていったので、自分で努力して、自分の実力を上げていくと周りの環境が変わっていって、人はすぐに手のひらをひっくり返すんだなとわかり、中学1年生ぐらいにして、相当ませていて、精神年齢が高いような、ある意味ちょっと嫌な子供だったかなと思っています。
その後、サッカーで挫折をしました。我々の代の石川の星稜高校のキャプテンになった人とマッチアップをして、超上手くて「あ、俺、サッカーのプロになれないな」と思わされました。今まで勉強も何もしてこなかったし、サッカーしかやってこなかったので、やばいなと思って、じゃあもっと辛い環境に行ったら成長できるんじゃないかなと思い立ち、親に相談をして、パキスタンに留学へいきました。
パキスタンの留学は1人で行って、ほぼ一人暮らしの状態で3年間過ごしました。そこで語学力を磨きました。パキスタン現地のウルドゥー語を学んだり、英語は英検3級から頑張って、準2級、2級を取るという普通の日本語話者がする英語の学習をしていました。
そんな経験を通して、一番センセーショナルだったのが、普通に車に乗っている時に物乞いをしてくる同年代の子どもとかがいて、生まれた環境によって運命が決まっちゃっている感じがめちゃくちゃやるせなくて、こういうものを変えていきたいなと思う原体験になりました。どうやって変えていけばいいんだろうと思った時に、当時は勉強の中で数学や物理がすごく好きだったので、理系に特化して、いわゆる専門性を持って、開発者、研究者になってモノを作っていきたいと考えるようになりました。途上国の中では、エンジニアという言葉は、ヒエラルキーとして上の言葉であり、エンジニア的なものになれたら、すごいかっこいいんじゃないかと思い、高専という、結構ニッチなところに帰国子女として入学をしました。 高専では、物質工学という化学系の勉強をしていて、すごく楽しくて、テストも14教科中10教科は化学の勉強をしていて、めっちゃ天職!化学最高!数学も最高!という感じで、このまま研究者になって、世の中に貢献できたらすごい幸せなんだろうなと思っていました。
あとは、改めて陸上もはじめて、手前味噌で自慢になって大変恐縮なのですが、関東甲信越の走り幅跳びの記録を塗り替えて、やっぱり努力すれば結果が出るんだなと、日々思いながら過ごしていました。ただ、高専は5年制なので、5年生になって大学編入を考えたときに、工学の勉強をし続けると、最先端の研究はできるのですが、実際のボトムの生活水準を上げるとか、いわゆるODA的なJICAであったりとか、国連がやっているようなサポートには関われていけないなというフラストレーションが溜まってきて、大学では純粋に好きな勉強だけして、大学外で新しい活動や取り組みで色んな人に出会えたらいいなと思うようになり、工学からより学問をシンプルに勉強していける理学部に編入することを決めました。
大学入学後:好奇心に向き合って、とにかく行動する大学生活
At Collegeの話になりますが、専門変更をして、今までの化学から、地球科学、地学的な分野に変えて、まさに厨二心をくすぐるような、生命の起源の研究をしている、すっごく楽しい研究室に入る前提で3年時に編入をしました。
3年生で、1年生の授業をとったり、色んな単位を取っていたので、周りからは結構大変じゃない?と言われていたのですが、当時はものすごく勉強が楽しくて、新しいことを勉強できることにやりがいを感じていました。
大学では陸上もやりつつ、大学生っぽいこともしたかったので、東北だったこともあり、スノボーに1年で40、50回ぐらい行ってみたり、飲みサーでひたすらコール覚えてみたり、THE大学生みたいなこともしていました。
東北大を卒業したあとも色々な大学の人と話をしていく中で、うちの学部や研究室に限らず、こんなに自由で、門戸が開かれいて、かつ都会すぎず田舎すぎずの環境で、非常に心がステーブルになって、安定した状態で自分の知的欲求に取り組める環境というのは、東北大が今までの環境の中で一番だったなあと思うぐらい、すごく伸び伸びとした環境で、好きなことをやらせてもらいました。
そして、大学3年生の後半に差し掛かるころ、院進学をしたいなと思う一方で、院進はあくまで選択肢の一つでしかないので、そのまま院進をするのではなくて、就活を経験した上で決めた方がいいよねと思い、ちょっと就活をしてみようということになりました。
就職活動時:VCで海外インターンを経験し、新卒では外資ITへ!
就活をしていく中で、日本の就活は、情報格差がすごいあるな、結構負があるなと感じていて、ちょうどその問題でメディアを作ったりして、いわゆる人材領域でビジネスをしようとしていた経済学部の先輩がいて、その先輩にちょっと春休みだけ手伝ってよと言われたので、じゃあ春休みは手伝いますという感じで、ちょっと東京に行ったらすごくハマってしまって、春休みが終わったあとも、俺のためにあと1年使ってくれないかと言われて、わかりましたとなり、自分の意思が変わる前に、速攻で家を解約して、教授にも「すいません。4年生からあなたの研究室に入るために東北大に入ったのですが、休学させてください」と言ったら、バカふざけるなとめちゃくちゃに3時間ぐらい怒られて、監禁をされかけて「お前は絶対にうちの研究室に来い」という感じで脅されたのですが、そこは初志貫徹ということで、家も解約してしまっていたので、休学をしました。
休学をして起業の手伝いをする中で、ある程度うまくいった部分もありながら、99%は失敗していて、失敗していく中でも、もっと海外のビジネスとか、自分の原体験であるパキスタンに関われないかと、オポチュニティを探るようになりました。その時にCyberAgent Capital Indonesiaに行きたいな思うようになり、直談判をして、4ヶ月の間、有給のインターンをさせていただくことになりました。
インドネシアにずっといて、今は大きくなりましたが、当時はまだシード期だったトコペディアなど、向こうの楽天的なECサービスの創業期に入らせてもらったり、実力もなかったので、いろいろなポートフォリオに対して細かい作業をする、THEインターン生的な仕事をずっとしていました。
そんな中で復学をして、4年生になったところで、改めて院進をするのか、就活をするのか悩んでいた時に、別に研究者にならなくても、もっと世の中に貢献できるのではないかと思い始め、仕組みを作って世の中を変えていきたいなと思い、世界で人の生活を変える仕組みを提供してる会社はどこだろうと考えた時に、やっぱりユーザーが一番多いGoogleだとシンプルに思って、Googleを受けて入社しました。
Googleは就活生に優しくて、最初の応募から、新幹線のチケット代などを全部出してくれたので、東京の友達に会いに行く時に選考を使ったらいいんじゃないかという邪な気持ちもあり、就活自体はほぼしていなかったのですが、Googleだけ行きたいなと思い、行けなかったら院進したらいいかなと思っていました。
現在の仕事内容:Googleでマーケ、HR、CVCを経験後、DX推進の会社を起業
Googleでは3つの部署にいて、1つ目が新卒の受け入れしている広告事業部で、中小企業や広告代理店の人とお付き合いをしながら、当時はまだマス広告、いわゆるテレビ広告の予算がデジタル広告より多かったので、そこを変えていきましょうということで、時代はYouTubeですよ、と広告のデジタル化などのマーケティングの支援をしていました。
次に、Googleの強いところはエンジニアリングと組織かなと思っていて、エンジニアリングができないので、組織の方を見たいなと思い、また、大学時代の友達がスタートアップをやっている中で、一番困っていたのが採用とか組織周りと聞いていたので、自分がGoogleでそこを吸収したらみんなに還元できるではないかと考えて、HRの部署に入りました。
HRでは、APACである日本、韓国、オーストラリアと、アメリカの一部やロンドンの採用戦略を作ったり、ピープルアナリティクスという言葉がない時代に、どうハイパフォーマーを定義するかであったり、どういう採用フローを構築すれば再現性の高い採用メソッドを作れるか、というようなことをやっていました。
その後、スタートアップで働きたい気持ちがすごく強くなったので、部署異動をして、Google for Startupsという形で、なんかシリーズEやシリーズFのスタートアップに投資をしたり、シード期の方たちにアクセラレーターを作ったり、投資後のスタートアップに対してPMI的なポストマージャーインテグレーションという、投資後にどういうふうにGoogleとスタートアップの価値を最大化していくかというリードをやったり、CVCの投資の役割的に、スタートアップに関することなら何でもやっていました。
その中で、自分はもう一回スタートアップをやらないといけないなと思うようになり、2020年8月に一度退社をして、VCの時に出会った、Microsoftのエンジニアの人と2人で会社を起こして、今に至ります。今やっていることは、業務効率やDXという言葉がない3年ぐらい前から、働き方の中にAIやシステムを導入することで、いかに日本の生産性を上げられるかということに取り組んでいます。約2ヶ月前にChatGPT3.5のAPIが出たので、爆速実装して、実際にプロダクトとして出しています。
スライドは、どういうふうにやっているかを示していて、内容が結構てっきりなのですが、独自AIの開発もしていたりします。ぶっちゃけAIは、どういうデータがあって、どういう世界を描きたいかという思いがあれば、AIを使うか、もしくはそこに人的リソースを投下するかは、あくまで意思決定の範疇なので、あくまでそこを効率化したい人に対して、主にエンタープライズや、大規模なデータセットを持ってる人たちに対して、こういうものを提供しています。
[東北大学スタートアップアルムナイ-コミュニティについて]
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