ロシアのLGBT「プロパガンダ」法の規制強化について -法案の詳細とそれによる影響-
はじめに
ロシアがホモフォビアな国家であるということは、ここ数年で知られるようになってきているとともに、その傾向を強めてきている。
世界的に有名なのはチェチェン共和国のケースであり、HBOで2020年に放映されたチェチェン共和国のLGBTQを取り上げたドキュメンタリー映画「チェチェンへようこそ(Добро пожаловать в Чечню)」は今年日本でも公開された
一方でこの状況は、チェチェン共和国だけではなく、ロシア全体で進行している。
未成年に対するLGBTプロパガンダ法の制定は2013年だが、2020年の憲法改正で伝統的価値観の重視が書き込まれ、結婚は男女間であると明記がなされ、LGBT支援団体やブロガーは外国エージェント指定(外国スパイ扱い)されるなど、コミュニティに対する有形無形の圧力は強化されるばかりである。
先日行われたウクライナ4州「併合条約」調印に際しての大統領演説で「父親・母親の代わりに親1、親2、親3なんていうものはあり得ない」「子供たちに男女以外の性があるなどという考えを植え付け、性転換手術を提案したりしてもいいというのか」と触れられたことも記憶に新しい。
そして1つ大きな決め手となりかねないのは現在下院に提出されており、今会期での成立が確実視されている「LGBTプロパガンダ法」の規制強化法案である。
ここではまず現行法およびその適用例を見ていく。その後今回の法案の内容を確認しつつ今後起こり得ることを考察し、まとめていきたい。
現行法とその適用範囲
当該法律は2013年に行政法典に追加されたのだが、まずはそこでどのような規定があるのかを見ていく。
ロシア連邦行政法典6.21
1.未成年に対し非伝統的性的環境造成、非伝統的性的関係の魅力、伝統的性的関係と非伝統的性的関係間の社会的公平という不正確な理解を形成する、もしくは非伝統的性的関係に対する関心を喚起する情報を与えることを目的とした情報を拡散する、未成年に対する非伝統的性的関係についてのプロパガンダは、その行為が刑法に触れない場合において、
個人:4000~5000ルーブルの罰金
公務員:4万~5万ルーブルの罰金
法人:80万~100万ルーブルの罰金、もしくは90日間の営業停止
が科せられる。
2.1.にある行動をメディアもしくはインターネット上で行い、その行為が刑法に触れない場合において、
個人:5万~10万ルーブルの罰金
公務員:10万~20万ルーブルの罰金
法人:100万ルーブルの罰金、もしくは90日間の営業停止
が科せられる。
3.1.にある行為を外国人もしくは無国籍者が行い、それが刑法に触れない場合において、4000~5000ルーブルの罰金と国外退去、もしくは15日間の拘留と国外退去が科せられる。
4.1.にある行為を外国人もしくは無国籍者がメディアもしくはインターネット上で行い、それが刑法に触れない場合において、5万~10万ルーブルの罰金と国外退去、もしくは15日間の拘留と国外退去が科せられる。
言葉の端々の棘が気になり、外国人活動家は国外退去にするという意思が見ない非常に嫌な文章である
ノーバヤ・ガゼータ・ヨーロッパの記事によると、ロシア最高裁のデータベース上では法律成立後の9年の間に123件ロシアの裁判所で審議され、うち34件が罰金刑が科せられ、その他の89件は警察に差し戻し、もしくは不起訴扱いとなっている。
3割弱のみが有罪との判決が出ている理由として法律家のマキシム・オレニチェフは上記記事内で「警察も裁判所も何が「未成年に対する非伝統的性的関係プロパガンダ」なのかをはっきりできないことが要因としてある」としている。
一方でこの曖昧さに関しては一般的に当局の恣意的な適用を引き起こす要因として語られることが多く、活動家の警戒心を高める結果にもなっている。
適用例に関しては活動家が対象となったケースが多いのだが、それだけにとどまっているわけではない。
ここでは過去の有名なケースをいくつか挙げてみたい。
・ユリア・ツベトコワのケース(2019年)
コムソモールスク・ナ・アムーレの劇場監督でフェミニズム・LGBT活動家のユリア・ツベトコワが、VKの投稿によって罪に問われる。
当該法では2件立件され、計12万5000ルーブル(5万+7万5000)の罰金が科せられている。
彼女に関しては女性器を用いた風刺画がポルノ規制法違反に問われその公判が続いており、現在も自宅拘留中である。
また今年6月には外国エージェントにも指定された。
・МУЗ-ТВコンサートのケース(2021年)
音楽専門チャンネルであるМУЗ-ТВの生放送で行われた音楽大賞が当局からLGBTプロパガンダを含んでいると訴えられ、100万ルーブルの罰金が科せられた。
細かくどれがプロパガンダだという指摘はなされていないが、人気歌手のフィリップ・キルコロフとラッパーのダワが半裸のマッチョ男性たちを引き連れ結婚式かのように入場し、人気ティックトッカーのダーニャ・ミロヒンはドレス姿で入場しており、このような姿がプロパガンダに当たるとされている。
なおこのケースは現在のところ法人が罰金を科された唯一のケースとのこと。
https://www.interfax.ru/moscow/803461
・ユーリ・ドゥヂのケース(2022年)
人気Youtubeブロガーのユーリ・ドゥヂが、オープンリーゲイの人物へのインタビューがプロパガンダにあたるとして、12万ルーブルの罰金の有罪判決を1審で受け、現在控訴中。
これに関しては動画の中身に本人の性的指向の話がないという声もあり、一種の嫌がらせの可能性もある。
当該動画はこちら。
新法案の内容
ここまで現行法とその適用例を見てきたが、いよいよ本題である今回の改正案を見ていきたい。
法律本文に関心がなく、改正点のまとめを見たい方には、次の項に進むことをおススメする。
まず先に取り上げたロシア連邦行政法典6章21項の改正については法案217472-8号で提案されている。
https://sozd.duma.gov.ru/bill/217472-8
こちらが原案通り成立した場合、以下のような文章になる。なお追加・変更点は太字、削除・変更された部分は【太字】で示していく。
ロシア連邦行政法典6.21
1.【未成年に対し】非伝統的性的環境造成、非伝統的性的関係及び(もしくは)嗜好の魅力、伝統的性的関係及び(もしくは)嗜好と非伝統的性的関係及び(もしくは)嗜好間の社会的公平という不正確な理解を形成する、もしくは非伝統的性的関係及び(もしくは)嗜好に対する関心を喚起する情報を与えることを目的とした情報を拡散する及び(もしくは)公衆の面前での行動に移す、未成年に対する非伝統的性的関係及び(または)嗜好のプロパガンダは、その行為が6.21²にあたらず刑法に触れない場合において、
個人:5万~10万ルーブル【4000~5000ルーブル】の罰金
公務員:10万~20万ルーブル【4万~5万ルーブル】の罰金
法人:80万~100万ルーブルの罰金、もしくは90日間の営業停止
が科せられる。
2.1.にある行動を未成年に対して行い、その行為が刑法に触れない場合において、
個人:10万~20万ルーブルの罰金
公務員:20万~40万ルーブルの罰金
法人:100万~200万ルーブルの罰金もしくは90日間の営業停止
が科せられる。
3.1.にある行為をメディアもしくはインターネット上で行い、それが刑法に触れない場合において、
個人:10万~20万ルーブル【5万~10万ルーブル】の罰金
公務員:20万~40万ルーブル【10万~20万ルーブル】の罰金
法人:100万~400万ルーブル【100万ルーブルの罰金】、もしくは90日間の営業停止
が科せられる。
4.2.にある行為をメディアもしくはインターネット上で行い、それが刑法に触れない場合において、
個人:20万~40万ルーブルの罰金
公務員:40万~80万ルーブルの罰金
法人:200万~500万ルーブルの罰金もしくは90日間の営業停止
が科せられる。
5.1.にある行為を外国人もしくは無国籍者が行い、それが刑法に触れない場合において、5万~10万ルーブル【4000~5000ルーブル】の罰金と国外退去、もしくは15日間の拘留と国外退去が科せられる。
6.2.にある行為を外国人もしくは無国籍者が行い、それが刑法に触れない場合において、10万~20万ルーブルの罰金と国外退去、もしくは15日間の拘留と国外退去が科せられる。
7.1.にある行為を外国人もしくは無国籍者がメディアもしくはインターネット上で行い、それが刑法に触れない場合において、10万~20万ルーブル【5万~10万ルーブル】の罰金と国外退去、もしくは15日間の拘留と国外退去が科せられる。
8.2.にある行為を外国人もしくは無国籍者がメディアもしくはインターネット上で行い、そのれが刑法に触れない場合において、20万~40万ルーブルの罰金と国外退去、もしくは15日間の拘留と国外退去が科せられる。
また上記に加え6.21¹、6.21²という2つの項目を追加している。
6.21¹はペドフェリア(小児性愛)に関する項目なので割愛し、6.21²についてのみ取り上げたい。
ロシア連邦行政法典6.21²
非伝統的性的関係及び(または)嗜好を開陳する、もしくは未成年に性転換の希望を呼び起こさせるような情報の、未成年に対しての拡散
1.非伝統的性的関係及び(または)嗜好の描写や描出を含む非伝統的性的関係及び(または)嗜好を開陳する、もしくは未成年に性転換の希望を呼び起こさせるような情報を未成年に対して広めることは、その行為が6.21の2にあたらず刑法に触れない場合において、
個人:5万~10万ルーブルの罰金
公務員:10万~20万ルーブルの罰金
法人:80万~100万ルーブルの罰金、もしくは90日間の営業停止
が科せられる。
2.1.にある行為をメディアもしくはインターネット上で行い、それが6.21の4にあたらず刑法に触れない場合において、
個人:10万~20万ルーブルの罰金
公務員:20万~40万ルーブルの罰金
法人:100万~400万ルーブルの罰金、もしくは90日間の営業停止
が科せられる。
3.1.にある行為を外国人もしくは無国籍者が行い、それが6.21の6にあたらず刑法に触れない場合において、5万~10万ルーブルの罰金と国外退去、もしくは15日間の拘留と国外退去が科せられる。
4.1.にある行為を外国人もしくは無国籍者がメディアもしくはインターネット上で行い、それが6.21の8にあたらず刑法に触れない場合において、10万~20万ルーブルの罰金と国外退去、もしくは15日間の拘留と国外退去が科せられる。
上記に加え法案217471-8号が同時提案されている。
https://sozd.duma.gov.ru/bill/217471-8
内容としては:
・「情報、IT、情報保護についてのロシア連邦法149-FZ」10.4、10.5、10.6で規定されるインターネット上のニュースサイト、音声映像サイト、SNSにおける禁止コンテンツに、「非伝統的性的関係及び(または)嗜好のプロパガンダを行うもの」を追加。
(他にはテロ扇動、ポルノ、暴力性や残虐性のあるものなど)
・「マスメディアについてのロシア連邦法2124-I」4.1で規定される禁止コンテンツに、「非伝統的性的関係及び(または)嗜好のプロパガンダを行うもの」を追加。
(他にはテロ扇動、ポルノ、暴力性や残虐性のあるものなど)
・「映画産業の国家支援に関するロシア連邦法126-FZ」5.1で規定される上演不許可の根拠となるコンテンツに、「非伝統的性的関係及び(または)嗜好のプロパガンダを行うもの」を追加。
(他にはテロ扇動、麻薬、ポルノ、暴力性や残虐性のあるものなど)
・「広告に関するロシア連邦法38-FZ」5.4で規定される広告に含まれるべきでないコンテンツに、「非伝統的性的関係及び(または)嗜好のプロパガンダもしくは開陳を行うもの」を追加。
(他には法律に反するもの、ポルノ、暴力性や残虐性のあるものなど)
・「子どもの健康と成長を害する情報からの保護に関するロシア連邦法436-FZ」5.2で規定される子どもへの拡散が禁止される情報に「非伝統的性的関係及び(または)嗜好のプロパガンダもしくは開陳を行うもの」「性別変更をの希望を引き起こすようなもの」を追加。
(他にはポルノ、麻薬関係、暴力性や残虐性のあるものなど)
また同法13.1および13.2で規定される未成年に対する情報規制の方法にコード等による年齢認証を追加し、また13.5で規定される規制情報の警告文に本編の映像等を使わないことを追加。
さらに同法14.4として、規制に違反したコンテンツの音声映像サイトへの掲載禁止を追加。
変更点のまとめ
先の項で取り上げた2つの法案が成立した場合に実際何が起こるかをまとめる。
・非伝統的性的「関係(отношения)」だけでなく「嗜好(предпочтения)」にも対象が拡大されている。
なおНетрадиционные сексуальные предпочтенияは「非伝統的性的嗜好」と訳しているが、元々の法律にある非伝統的性的関係(Нетрадиционные сексуальные отношения)と同様、それがいったい何を指すのか明確でなく定義が誰にもわからないという状況にあるため、この訳は現段階での推測に基づくものである。
言葉だけ捉えると他社が介在しての関係だけでなく、個人がそのような「嗜好」を持つことも対象にする、ということだろうか。
・プロパガンダの規制対象が全年齢に拡大し、罰金も増加。対象が未成年の場合は別途加重された罰金が規定された。
・未成年に対しては非伝統的性的関係・嗜好の開陳(демонстрацияなので実際に見せること)や、性別変更を促すプロパガンダが規制されることとなった。
例えば映画や絵画での同性同士の恋愛関係の描写や、トランスジェンダーが自らの性別変更を含む話を好意的に話すことは、未成年の前では禁じられる、ということではないだろうか。
また例えば外国からゲイカップルが来て、それを子どもが見た場合にも、主張されればロシア国内で罪に問われる可能性もあるのではないか。
・非伝統的性的関係・嗜好のプロパガンダを含む情報のインターネットサイトやマスメディアでの発信、またそれらを含む映画や広告が禁止される。
ここでも何が上記プロパガンダにあたるのかという問題にぶち当たるが、LGBTQ関連の情報を啓蒙するような発信や、それをモチーフにした映画の発信が禁じられる可能性がある。
なおインターネット上の規制に関して対象言語はロシアの国家語(ロシア語)、ロシアの連邦構成共和国の国家語、その他ロシア連邦の民族言語とあるので、その他の言語での発信は可能かもしれない。
非伝統的性的関係・嗜好のプロパガンダや開陳、性別変更を促すプロパガンダが18禁指定に。
年齢認証も単にボタンを押すだけではないようにしたい模様。
本法案成立で予想される影響について
この2法案が可決された場合の一番大きい影響は、LGBT当事者や活動家の活動や発信が大きく減るだろうということだ。
現行法下では当局の恣意的な運用があったとしても、18歳以上対象という免罪符により少なくとも未成年以外向けにはできていた活動もあった。
ただこの改正により恣意的な運用がなされた場合の免罪符がなくなり、法的リスクを取りたくない人々は活動の変更や休止を余儀なくされる。
特にLGBTQに関する啓蒙活動や権利主張に関しては、非常に高い法的リスクを抱えることになる。
実際ロシアの有名ドラァグクイーンで、昨年「Gender Blender」というロシアのLGBTQコミュニティやジェンダーの話題について取り上げるポッドキャストを始めたNicky Jammは、「全てのクィア的なものへの言及は禁止され、社会支援も公でのカミングアウトもできなくなり、全てのクィア当事者支援団体も非合法になる。」とコメントし、Gender Blenderの(少なくともオープンな)活動の停止を示唆している。
実際どこまで活動が制限されるかは未知数な部分があるものの、少なくともNicky Jammのような人々を「脅す」効果が出てきているのは確かである。
ゲイクラブやドラァグショーについても、今後も合法的に継続できるのかという疑問がある。それらの存在自体をプロパガンダと判断された場合には、いわゆるゲイカルチャー的なものが壊滅させられる危険性がある。
またLGBTQ当事者の未成年にとってはさらに情報に触れることが困難になり、精神面での悪影響が予想される。
特に性別変更に関する情報の規制が入り、性別違和の未成年が「性別を変えられるのか」と思えるような情報に触れることが一層難しくなるのは、非常に悲しい。
更にその先には、1934年から1993年まで存在していたソ連刑法121条「男色」の復活の可能性も、議会含め否定はしているものの、現在のホモフォビアが大手を振って歩いている状況を鑑みるに、全くないとは言い切れない。
当時男性同士の性交は5年間の自由剥奪が科せられており、また女性同士の場合も精神病棟に入れられるケースもあったそうだ。
それに加え、大統領演説含め性別変更に関しての規制強化の流れを見ると、こちらに関しても禁止される可能性はゼロとは言えないように思う。
議員からの反対の声
本法案は8割以上の下院議員が共同提出者という異例の事態となっており、「LGBTはハイブリッド戦争の道具だ(発案者のヒンシュテイン議員)」
「欧州評議会議員会議にLGBT当事者を送れと言われたけれど、ロシア議会には当事者はいないので送れなかったw(ヴォロジン下院議長)」
というように可決まっしぐらの状況にある。
その中でおそらく唯一、本法案に何らかの形で異議を唱えている議員がいる。
それは昨年の議会で初めて議席を獲得した「新しい人々」の若手議員であるクセーニャ・ゴリャチェワ議員である。
「新しい人々」は経済政策に重点を置いた政党のため経済面での影響の話が多く、必ずしもLGBT理解の点からみて十分な提言とは言えない部分もあるが、この空気感の中で必要なポイントはいくつも抑えているとも思うため、紹介したい。
弱冠26歳の彼女は第一読会を通過したその日に自らのテレグラムチャンネルで、「伝統的家族的価値観の保護には、法制面でも努めるべきだと思うが、この法案には疑問が多すぎて賛成できない」と投稿した。
そこではその理由として、
1)法的に定義されていないカテゴリーを当局に与えることになる。
「非伝統的性的関係のプロパガンダを行う情報」「非伝統的性的嗜好のプロパガンダを行う情報」「未成年に性転換の希望を呼び起こさせるような情報」というようなものに何が当てはまるのかはっきりせず、大きな不正リスクがある。
2)法案形成プロセスで専門家の学術的見地を反映させようとしていない。
特に性別違和に関しては法案成立後情報が減り、うつ病患者や自殺者の増大の可能性がある。
3)映画館やオンラインの映画視聴サービスへの影響が懸念される。
対象の判定が難しいだけでなく、削除後には海賊版が出回ることになり、ただでさえ厳しい状況の合法プラットフォーマーが利益を失うことになる。
4)古典文学が対象となる可能性がある。
「法案成立後に書かれた作品」と言われているが、法律に記載がない。
5)ペドフェリア(小児性愛)のプロパガンダと非伝統的性的関係のプロパガンダを混在させている。
本来ペドフェリアという未成年の性的保護観点から犯罪である行為に関するものは別の法案とするべきであるが、この法案は成人間の関係である非伝統的性的関係をペドフェリアと同じようなものとして扱っている。
この投稿には発案者であるヒンシュテイン議員が「とは言っても彼女は議場でもそれ以外でも質問は出していないけれども」と批判的に反応しており、その後彼女は「法案への評価について書面で送付する」としつつ、より詳細な批判を「法案の重要な用語が非常に曖昧」「各種ビジネスへの影響」の2本立てで投稿している。
「法案の重要な用語が非常に曖昧」
・「非伝統的性的関係のプロパガンダを行うもの」について確実に当てはまりそうなものは想起できるが、グレーゾーンになりそうなものの判断が非常に難しい。
・「非伝統的性的嗜好のプロパガンダを行うもの」については構造上「非伝統的嗜好のプロパガンダを行うもの」と捉えることができ、その解釈が行われた場合には、例えばキャリア優先の生き方を語った場合にも「非伝統的嗜好のプロパガンダを行うもの」とみなされるのではないか。
・「未成年に性転換の希望を呼び起こさせるような情報」の判断は当局に委ねられていると理解している。本来その判断は精神科医や性科学者が行うべきであるが、それについて本法案では言及がない。
・そもそも政府も法案にある用語の曖昧さに関しての不備を指摘しており、不正や汚職の大きなリスクを抱える法案と言える。
「各種ビジネスへの影響」
・SNS運営者は当該法に触れるコンテンツを削除しないといけないが、A)法律施行前も含めたすべてのコンテンツが対象となる可能性がある、B)定義の曖昧さから何を削除するかの線引きが難しい、C)コンテンツ精査のために多額の費用が掛かる、という問題がある。
・音声映像サイトも定義の曖昧さから、A)保守的な運用をせざるを得ないため、コンテンツが激減する、B)「グレーゾーン」なコンテンツの掲載継続の法的リスクを抱えざるを得なくなり、更にコンテンツ数の減少は海賊版サイトへのユーザー流出を招き、合法サイトの売り上げ減を招く。
・広告業界もその対象となり得るコンテンツの広さから法的リスクを抱えることになり、セイファー・セックスやHIV検査推奨といった社会的広告のように問題になるコンテンツが出てくる。
第一読会に関しては議長が大の推進派でもあり、また自党からも党首を含め多くの議員が共同提案者になっていることからその場で問題提起することも難しく、またチラッと流れてきた映像を見る限り「投票しての全会一致」だったのか「異論なしとしてのみなし全会一致」だったのかは不透明であると考えている。
いずれにしても第二読会に向けて、議会システムの中で何らかのアクションを起こすことを非常に期待している。
まとめ
以上、現行法から法案の内容、それによる影響と批判の声について書いてきたが、最後に自分の思いを記しておきたい。
まず明確に当該法案には反対であり、2013年施行の現行法も撤廃されるべきである、というのが自分の立場だ。
このような法律は言論の自由を規制するだけではなく、性的指向や性自認による差別を助長し、性的少数者を「クローゼット」に押し込め、闇に追いやるものである。
ゲイパレードやプライド関連の活動は、他者を勧誘するようなプロパガンダではなく、当事者が抱える差別や不十分な制度の是正を目的とした啓蒙活動である。
性的指向や性自認により、いわゆるストレートの人々に認められた権利を制限されるべきではないだろう。
ロシアでよく言われる言説のひとつに「自分たちの家の中で何をしていても個人の自由だから構わないが、それをゲイパレードやデモのような形で人前にさらすべきではない」という声がある。
この考えには「なぜ人前で自らの性的指向や性自認を語っているのか」という視点が欠けているように思う。
性的少数者は文字通り社会の少数派であり、その存在はともすれば無視されてしまう。声を上げない限りにおいては必要な法整備も、社会の理解も得られない可能性がある。
本来、自らの性的指向や性自認を語るかを決めるのは社会ではなく、その個人であるべきで、理想的な社会は、様々な性的指向や性自認を話しても話さなくともひとつのカタチとして受け入れられる環境であると思う。
ただロシアではそれが必ずしも受け入れられるとも限らないし、何なら日本でも特別視されるのではないかと思う(私自身もう何年も日本に住んでいないので、その間に社会環境がガラッと変わっている可能性はある)。
その段階においては、自らが社会の中で自分として生き、また必要な権利を得るために自ら発信する必要に迫られることもあるのではないだろうか。
本法案が成立した場合、LGBTQ当事者や活動家による情報発信が大きく減ってしまうだろう、ということは既に書いた通りだ。
情報の減少は不正確な情報の拡散を招き、誤解を招き、無知による問題を引き起こす。
さらに彼ら・彼女らの存在を見えないものとすることは、相対的にホモフォビアの立場を高めることにつながり、差別を当然のものとする社会環境の形成につながる可能性もはらむ。
この3年半ほど余暇の時間の多くをモスクワのドラァグコミュニティで過ごしてきた身としては、これ以上社会環境が厳しくなることは辛いし、また当該法の運用の仕方によってはドラァグコミュニティ、特にドラァグクイーンによるショーが壊れていくことは、アーティストたちと交流があることもあり非常に苦しい。
そのような社会に住み続けることができるのか。
この法案の審議状況と、成立した場合の社会変化は、我が家の今後についても影を落とすことになるかもしれない。
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