「EC市場の成長が10年以内に止まる」は本当か?!
EC市場のピークアウトを予測するレポート
2030年頃、国内EC市場はピークアウト(頭打ち)する――フランス発のマーケケットプレイス構築SaaSを提供するMiraklが今年1月に発表したレポートに書かれたEC市場の予測が、にわかに話題を集めています。
執筆したのはデジタルコマース総合研究所の本谷知彦代表です。本谷さんは前職の大和総研時代に、経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」を14年から7年連続で担当した方。
長年、EC市場規模を算出してきた本谷氏がはじき出した予測であるため、その予測には説得力があります。
EC市場の年平均成長率は低下
本谷さんは大和総研を退職後、2022年にECに特化したシンクタンクとしてデジタルコマース総合研究所を開設しました。
本谷さんは、「EC市場を見続けていて、ずっと感じていることがある。このままだと日本のEC市場は飽和してしまう可能性があるのではないか。具体的には2030年頃にピークアウトを迎えるのではないかと危惧している」と話しています。
Miraklが発表したレポートの中で、日本のEC市場規模(物販)の推移を紹介しています。5年間の年平均成長率(CAGR)を見ると、2006-2011年が16.91%だったのに対し、2011-2016年は11.67%、2016-2021年は10.67%と低下傾向にあります。
本谷さんは、「2016‐2021年のCAGRは10.67%だが、コロナ禍の巣ごもり消費の影響を除いた理論値は、8.29%の成長率だとみている。2022年の国内EC市場規模(物販)はまだ発表されていないが、私は4~5%の伸びにとどまると予測している。今後は成長率がどんどん落ちていくだろう」と分析しています。
類似市場と比較し、ピークアウト時期を予測
本谷氏は類似する規模の市場と比較することで、国内EC市場のピークアウト時期を予想しています。
本谷さんは、「コンビニ市場は1974年にスタートし、45年後の2019年にピークアウトしている。携帯電話市場は1992年にスタートし、28年後の2020年にピークアウトしている。コンビニ市場は物理的な出店と配送網の構築が伴うため、簡単には伸びない市場だ。そのため、ピークアウトまで45年かかった。携帯電話はバンドワゴン効果といわれる、『周りの人が使っていると自分が使いたくなる』ような効果があるため、普及スピードが早く、その分、ピークアウトまでが早かった。EC市場はコンビニ市場ほど敷居が高いわけではなく、携帯電話のようなバンドワゴン効果はない。そう考えると、ピークアウトまでの年数は28年以上、45年以下ではないか。30~35年くらいがピークアウトまでの年数の一つの目安だとみており、楽天グループが設立した1997年をEC元年とすると、2027年から2032年にピークを迎えるのではないかと予測できる」と話しています。
成長余地を広げる4つのシナリオを提案
EC市場はこれまで右肩上がりで成長を続け、コロナ禍にはさらにその成長スピードを加速していました。そのため、1つの市場が永遠に拡大し続けることはないと分かっていても、EC市場のピークアウトが意外と近くに迫っているという予測を受け入れがたいEC関係者も多いでしょう。
本谷さんは、「EC業界関係者にはセンセーショナルな話かもしれない。ただ、この市場展望に気付いている人もいるだろう。気付いていながら見て見ぬふりをしていた人もいるかもしれない。市場予測はあくまで予測だが、状況を直視し、どういう手を打つかが大事だと思う」と語っています。
本谷さんの予測は、あくまでも現時点の状況を踏まえた予測であり、確実に指摘した時期にピークアウトを迎えると決まったわけではありません。
本谷さんはレポートの中で、国内EC市場が成長を継続するための4つのシナリオも提言しています。
シナリオ①「大手ECモールが成長加速」
1つ目のシナリオは既存の大手プラットフォーマーがさらに流通総額(GMV)を拡大することです。現状で国内EC市場の7割以上を大手プラットフォーマーが占めています。その大手プラットフォーマーがさらに拡大することで、国内EC市場の成長を継続するというシナリオです。
確かに、楽天は中期経営計画で、国内の年間EC流通総額を2022年の5兆6301億円から、2030年頃には10兆円規模にまで拡大することを目指しています。2022年も2桁成長を継続しましたが、そのペースを崩さず、ますます成長し続ける計画です。
楽天以外の大手プラットフォーマーも成長を継続させる姿勢は変わりません。
本谷さんは、「大手プラットフォーマーの成長は続くだろうが、経産省がプラットフォーマー規制に取り組んでいることなどを考えると、現在よりも、さらにシェアを伸ばして、全体の8割、9割を占める水準になるのは考えにくいとみている」と話しています。
シナリオ②「新興プラットフォーマーがシェア拡大」
2つ目のシナリオは新興プラットフォーマーが台頭し、シェアを伸ばすというパターンです。
中国ではアリババグループや京東グループのような巨大EC企業が大きなシェアを持っていますが、共同購入型のECプラットフォームである「ピンドゥオドゥオ」のような新興勢力で高い成長率を誇るサービスも出てきています。日本でも「ピンドゥオドゥオ」のようなサービスが出現し、楽天やアマゾン、ヤフーなどに迫るような成長を描くというシナリオも考えられます。
本谷さんは、「プラットフォーマービジネスはネットワーク外部性といわれる、利用者が増えることで、サービスのメリットや価値が利用者に還元される性質があるため、既存の大手プラットフォームが台頭する中に割って入るのは厳しいだろう」と冷静に分析しています。
中国のようにマーケットが大きく、投資資金も潤沢に動いているところでは、新興企業の台頭を期待できます。ただ、日本では同じような動きはなかなか難しいのではないか、という意見もあります。
シナリオ③「D2Cのさらなる飛躍」
3つ目のシナリオは、D2C(ダイレクト・トゥ・コンシューマー)のさらなる飛躍です。メーカーが直販するD2C市場は急速に拡大しており、この市場が加速度的に成長すれば、国内EC市場拡大のけん引役になれるというシナリオです。
本谷さんは、「個人的にD2Cに期待している。さらにプレーヤーが増えてほしいし、市場規模ももっと大きくなるべきだと思う。ただ、現状においてもD2C市場規模はそれほど大きくない。仮にマーケットサイズが1.5倍や2倍になったとしても、全体で見たときのインパクトはそこまで大きくない」とみています。
国内のD2Cは比較的、小振りなブランドが多い状況です。大手メーカーが仕掛けるブランドもありますが、まだ模索しながら取り組んでいる面も見受けられます。
ユニクロなど大手SPAが直販に注力する動きもあります。ただ、リアルとECの二刀流で事業展開していることもあり、D2C事業は緩やかに成長している印象もあります。
本谷さんは、「米国でNikeが直販率を引き上げる選択をして、D2Cを急拡大させるような動きが日本でも見られると、市場拡大に期待が持てる。しかし、現状を見ると日本の大手メーカーのMD(商品政策)は限定的だ」とみています。
国内の流通構造が出来上がっており、メーカーが卸企業や小売企業を無視した動きがしにくい状況もあるようです。
シナリオ④「ミディアムサイズプラットフォーマー」の台頭
4つ目のシナリオが、ミディアムサイズプラットフォーマーの台頭です。ミディアムサイズプラットフォーマーというのは、大手小売企業や有力メーカーなど、すでにブランドや顧客基盤を持つ企業がマーケットプレイス機能を持ち、MDの幅を広げ、GMVの拡大を目指すモデルのこと。
本谷さんは、「大手小売事業者が自社のMDだけに凝り固まるのではなく、MDを増やしていく流れはあってしかるべき。海外ではこの流れはすでにあり、日本でも兆しは見えている。このシナリオが短期・中期的な目線では、最も現実的な解ではないかと思う」と話しています。
実際、米国ではミディアムサイズプラットフォーマーの活躍が目立っているそうです。
マーケットプレイスSaaSを提供するMiraklの佐藤恭平代表は、「北米の上位20社のEC事業者を見てみると、65%はマーケットプレイスモデルをとっている。先行指標として北米の動向は参考になるだろう」と話す。
国内でもアダストリアが自社ECサイト「.st(ドットエスティ)」をモール化したり、アスクルの日用品ECサイト「ロハコ」も一部でモール機能を提供しています。
Miraklは欧州でもマーケットプレイス構築のサポート実績を築いており、グローバルで350社以上のクライアントがいます。新たなソリューションの国内参入もミディアムサイズプラットフォーマーの台頭に拍車を掛けることが見込めます。
未来を見据え戦略を
国内EC市場が永遠に成長し続けることはなく、いつかピークアウトするのは自明の事実です。ピークアウトを迎えたからといって、市場規模が急に縮小するわけではありません。
EC事業者はいずれ来るピークアウトを視野に入れながら、国内で生き残るためにどういう手を打つべきか、海外市場に打って出るべきか、などを戦略的に検討すべきだと思います。