勤務先のデザイン会社が倒産した話
遡ること2年前の夏——
「皆様、本日の業務をもちまして、会社は倒産となります。全て私の責任です。本当に申し訳ございません。」
その日は、いつもと同じ一日になるはずだった。勤務を終え、終礼に臨み、翌日の業務を確認する──そう思っていた。しかし、社長のこの一言で全てが変わった──
その瞬間、何が起きているのか信じられなかった。長年携わってきたプロジェクト、共に働いてきた仲間たち、そして何より誇りに感じていた仕事。会社の看板があったからこそ、大手企業のプロジェクトを担当させてもらえるようになり、やりがいを感じていた。それが、目の前から消えてしまったのだ。
確かに、ここ数年はメインクライアントの事業転換もあり、業績はかなり悪化していた。仕事の単価は下がる一方で、業務量は増えるばかり。逆転を狙った新規事業も失敗し、ボーナスカットどころか基本給まで削減されていた。多くの同僚が去り、社長の表情も日に日に暗くなっていった。もともと快活で前向きな性格だった社長も、会社の苦境を隠しきれなくなっていた。社長は私財を投じて、会社を立て直そうと奔走していたが、それも限界に達していたようだった。
それでも私は、そんな社長の人柄が好きだったし、残っていた少ない同僚たちやお客様との仕事も好きだった。だからこそ、どんなに苦しい状況でも続けてこられたのだ。結局のところ、組織は最後の最後、リーダーに対する思いでしか人を引き止められないのではないだろうか。
しかし、その日常も明日からは消えてしまう。
この現実をどう受け止めれば良いのか、頭が真っ白になった。次に何をすれば良いのか、全くわからなかった。ここは都会ではない。すぐに新しいデザイン会社を見つけられるような場所ではなかった。自分に何ができるのか、どこに進めば良いのか。未来が見えず、絶望感が押し寄せてきた。
その後、私はハローワークに足を運んだ。真夏の暑い日にもかかわらず、まるで真冬のような冷たい空気が体の芯に染み渡るようだった。求人票を見ても、希望の光は見えなかった。
そんな時、思いがけず電話が入った。あの社長からだった。
「新しく会社を立ち上げるから、また一緒にやらないか?」
驚いたが、社長は社屋どころか自宅まで失い、役員だったため失業保険も受け取れない状況で再起を図ろうとしていた。会社都合で解雇になった私と比べても、彼の状況は遥かに厳しいものだっただろう。
再び社長と共に働けるという提案に、心が揺れた。もう一度、あの環境に戻れるかもしれない。しかし、別の声が心の中で囁いていた。「このままでいいのか?」「同じ路線を進んでいて、自分は本当に成長できるのか?」と。
実は、もともと独立には興味があった。実家が床屋で、幼い頃から親が「ありがとうございます」と言ってお客さんからお代を受け取る姿を見て育ったことが、影響していたのかもしれない。
しかし、今は妻と生まれたばかりの子どもがいて、住宅ローンも始まったばかり。独立という選択肢は、どうしても慎重にならざるを得なかった。
その時、妻がふと言った。「あなた、今こそチャンスなんじゃない?私も頑張るから、一緒に頑張ろうよ!」と。その言葉は、まるで暗闇に光が差し込んだかのようだった。迷い続けていた自分の背中を、優しく押してくれる瞬間だった。
このようにして、私は独立を決意した。
改めて社長に相談すると、快く背中を押してもらえた。
「わかった。俺も君くらいの年に独立したんだ。その気持ちは痛いほどわかるよ。よし、君が担当していた□□さんの案件は今後もあるから、これからは君が直接やってくれ。お客さんには話を通しておくよ。君ならお客さんも安心するだろう。俺もまだ大変だが、何かあればいつでも相談してくれ。頑張れよ!」
そして、改めてその取引先にご挨拶に伺うと、
「◯◯社長から聞いたよ。大変だったね。こちらこそ、今後ともよろしく頼むよ!」
と快く迎え入れていただき、業務委託として担当させていただくことがすぐに決まった。
後日、社長から聞いた話によると、その取引先は私が夜中でも土日でもすぐにメールを返信し、連休中でも必要であれば対応してきたことを、制作物のクオリティ以上に高く評価してくださっていたという。
かつて私の同僚たちには「ヒロのやつ、そんなに頑張ったって給料上がるわけじゃないのに」と冷ややかな目で見られたこともあったが、その過去の頑張りが、当時の自分を救ってくれたのだ。
こうして、初めて自分の名前で仕事を請けることになった。自分の看板を背負う以上、これまで以上に大きなプレッシャーを感じたが、かつての会社ではできなかった提案をお客様にできるようになり、より大きな価値を提供できるようになった。結果、お客様の事業は大きく成長し、今もそのお客様から継続して依頼をいただいている。
社長に繋いでもらった取引先以外でも、自分のつながりで知り合いに相談を持ちかけると、意外にも多くの方々から仕事を依頼いただけた。印刷物、パッケージ、LP、アマゾン/楽天などのEC業務まで、これまでの経験が生き、過去の積み重ねが自分を助けてくれる形となった。
個人で制作・納品したものの一部がこちら。(公開できる範囲内のもの)
こうして、なんとか今日まで食いつないでこられた。もちろん、想像以上に大変なことも多かったし、未熟さを痛感する場面もあった。それでも、社長をはじめ、お客様、家族や友人といった周囲のサポートがあったからこそ、乗り越えることができたのだ。ここまで来られたのは、皆さんの支えがあったからこそだ。本当に感謝している。
今は事業者として、次のステージに入ろうとしている。未来は、いつだって自分の手で作れる──そう信じて、これからも進んでいく。
(つづく)
というわけで、私が独立するきっかけをまとめてみました。 普段はテクニックやノウハウの発信が多いですが、たまにはこんなストーリーも混ぜていこうかと思います。
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それではまた!