『サマーサイダー』イベ感想──久川颯とソラリスへの航跡
久川颯は”期待しかない”アイドルだ。
『サマーサイダー』は満を持しての乙倉悠貴&久川颯のユニットイベントで、曲もイベントシナリオも良かった。特に颯に関してはストーリー的にもすごく重要な話をしていたので、読んでいてかなり感情をかき乱された。
ともあれ、久川颯がちゃんと青春していたのは素直に嬉しかった。
颯のいう「個性派じゃない。かといって正統派といえるほど優秀でもない」という自己分析はあまりにもつらい。しかもそれに対するPの「才能があるからたいていのことはどうにかなるけど、才能だけで生き残れるほどではない」という評価も冷静すぎてかなりしんどい。もちろん才能というのは今後の伸びしろも含めたものであって、周囲の皆は颯の伸びしろに期待しているからこそ彼女を責めないわけだけど、今を生きている彼女にはそれは伝わらない。
でも、だからこそ、第五話「かがやけ、あお」で颯が自ら答えを出して壁を破ったのが美しい。悠貴や美嘉が背中を押したからこそ出た結論ではあるものの、やっぱり颯は自力で答えを出さなければ気がすまないタイプという気がする。
「そんなの、それっぽいこと言ってるだけじゃん!!」(「かがやけ、あお」より)
このセリフが最高に颯らしい。デレステのコミュは基本的に「悩みを持っているアイドルが誰かに相談して解決する」という構造で回っていて、『サマーサイダー』も前半はこの定石に従っている。事実、悠貴の場合は奈緒に相談して問題が解決しているわけだけど、颯の場合はそれじゃ納得できない。
イベコミュでPが言っているように「誰かの言葉で満足して立ち止まるんじゃなくて、みんなの想いを糧に、前に進める」──そんな「道行きこそが、アイドル久川颯の魅力」だ。
彼女にとって答えは常に自分の中にあって、それが颯のまっすぐさだし、個性なのだろう。個性派じゃないなんて、そんなことはない。たしかに進む道は正道かもしれないけど、進み方を自分で選ぶ個性派でもある。それが久川颯の強みだ。
(このあたりの話が、Coたるゆえんなんでしょうね)。
改めて”Packing her favorite"を聴いてみると、「期待しかない今のワタシ」という言葉が刺さる。「期待しかない」という言葉は、結果が出ていない現在へのアイロニーでもあるし、希望のある未来を思わせるポジティブな意味のスラングでもある。颯という人物を的確に表した歌詞だ。
「キラキラの世界のワタシ 今すぐ追いついてあげる」(”Packing her favorite”より)
颯はまだ成長途中で未完成のアイドルだ。でも颯自身は負けず嫌いで、未完成でいる自分が許せない。努力している姿が美しい、と人は言うけれど、颯はそうかんたんに妥協して自分と折り合いをつけることはできない。颯は今を生きるアイドルで、彼女にとっての敵は「未来の自分」──「完璧な姿のもうひとりの自分」なのではないだろうか。
「はーは……はーを好きになりたい」(ストーリーコミュ「It's her will」より)
ストーリーコミュで語られる颯の気持ち。彼女は強い自信を持ちつつも、それと同時に常に自分の能力への不安と戦っている。自信と不安は表裏一体で、だから颯は自分のことが好きなのに、どこか今の自分を認められずにいる。理想の中のキラキラな自分と、そうではない自分。颯の中でふたりの自分が戦っている。
その葛藤は『サマーサイダー』において表面化した。
颯は自分自身に対する「期待」が「勘違い」に過ぎなかったのではないかと思い悩む。「期待しかない」アイドルである颯にとって、それはアイデンティティの危機だ。
一方で、彼女の持つ自信や期待、理想の力は他の誰にも負けない原動力でもある。「かがやけ、あお」で颯はがむしゃらに殻を破ってスランプを脱した。未だ葛藤の答えは出ていない。だからきっと颯はこれからも「期待」に苦しめられることだろうけれど、そのたびに颯は自分と戦って、自分の中から突破口を見つけ出すことだろう。
いつか「あえて空けたからっぽの片隅」に「おみやげ」を詰めて帰ってくるために、彼女の旅は続いていく。
”サマーサイダー”の歌詞の最後「期待よ続け」の言葉はそんな颯の祈りであり、彼女自身への激励のように聴こえた。
以下、余談。
ソラリスとは「太陽」だ。solarの語源でもある。
この単語はスタニスワフ・レムのSF小説のタイトルとして、またその小説の「主役」である惑星の名前としてよく知られている。惑星ソラリスは海に覆われた星で、巨大な海全体がひとつの生命体として活動している。
Sola-irisはソラリス(Solaris)の音を借りつつ、そこに「i」を加えて「iris(虹)」を形作っている。
惑星ソラリスは赤色と青色の2つの太陽の周りを回っている。二重星の惑星は重力の関係で生命が生まれにくいとされていて、だから惑星ソラリスはきわめて例外的な存在なのだ。赤と青の太陽──CuとCoのデュオユニットであるSola-irisに重ねるのは、牽強付会だろうか。
自分語りになってしまうが、私は5年くらいデレステを離れていて、「VOY@GER」イベントから復帰した。5年離れていた間にアイドルも増えて、環境もけっこう変わっていた。「VOY@GER」は遠い宇宙へと旅立つ物語で、しかもアイマスにとって節目の曲だったから、そのタイミングで戻ってこれてよかったと思う。
そして久川颯との出会いも「VOY@GER」イベントだった。あれから半年、自分はあまり真剣にデレステと向き合えているわけではないけれど、でも久川颯に出会えてよかったと思う。なにより「Sola-iris」としての久川颯を見れて良かった。
思えば”VOY@GER”のサビは「キラキラなんて言葉じゃまだ足りない」なんだよなあ……颯の歌は太陽系を飛び出して、ソラリスも通り越して、もっと先へと進み続ける。彼女の夢の大きさはそれくらいのスケールがあると思う。
これからも、もっとキラキラした久川颯に会えることを願っています。