![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/10197397/rectangle_large_type_2_d11efea7db713d8232ffa60b641a17da.png?width=1200)
「スキ」や「いいね」を間引く
noteにある「スキ」やInstagramやFacebookの「いいね」について間引いて考える必要がある。そのためにそのボタンの本質を考える。
まず、スキやいいねをポチる側の心理とは?
僕の歴史をたどってみても大きく分けて3点ある。
1、僕はここに来たよ!ここにいるよ!あなたのこと注目しているよ!とファン的要素の「いいね」。つまり相手へのLOVE
2、本当にスゲェな!タメになった!ありがとう!の「いいね」。単純な賞賛、突発的反応。
3、僕もいいねしたから、こっちも見に来てね!待ってるぜ!という「いいね」。相互関係という見返りを求めている。
僕にとって、うれしい「いいね」は2番。
あなたが誰なのか?有名なのか?というバイアスをぶっこぬき、純粋に「記事」に対して「賞賛」してくれた「いいね」
タイムラインを眺めている人の足を止めてしまうような「いいね」
有名じゃない今しかもらえない、純粋に近い「いいね」なのかもしれない。
さて、過去僕も何度かおちいったが、「いいね」という麻薬に染まると3番になりやすい。
「いいね」が気持ちいいものだからそれが欲しくなる。だから記事を書く、記事を盛る、色々な人の記事を見ていいねをしまくる、最終的には記事も見ずにいいねを押しまくる。ネットに足跡を残しまくる行為に走る。目的が「書くこと」ではなく「いいね」というレベル上げになっている。
まるで承認欲求の麻薬
しかし、これはサービスを提供する運営側の計算された意図だから仕方がない。無料だからこその代償。ゆえにあまり価値がなく間引いていい「いいね」
最後の1番も、いいねを押しまくる行為としては3番と変わらない。
ただ、こっちはファン的要素なのでAKBのCDを1人で何十枚も買ってしまったり、Showroomなどのサービスで投げ銭しまくってしまう行為と似ているので、その人への「いいね」がレギュラー化する。量もすごい。
書いている側は何をしても賞賛されるし、「いいね」を押している人たちも、その行為自体に満足している。ましてや書き手が押し手に反応してくれた日には天井ぶち抜くくらいとびあかがってしまうだろう。
書き手も押し手も最高にWIN-WINの関係だ。
ただし、気持ち良さはWIN-WINだが、書き手にとって「記事の質が良かった」という評価は全くもってわからなくなる。コメントも「賛成」ばかりで「陶酔」と能力が上がっているという「勘違い」におちいりやすい。ゆえになぜか寂しい。虚しくなる。だからまた書く、、また「いいね」されるの繰り返し。
確かに、不確定でアングラーなネット世界、どの情報が正しいのか?素晴らしいのか?を図る指標としてフォロワー数やいいねの数は重要だろう。お金という価値に例えるなら、人気がある通貨はよく買われて評価が高い安心通貨と同じだということだ。
どこかの誰かが発行した通貨なんてどこで使えるかわからないし、信用なんて皆無なのはよくわかる。
だけど、フォロワー数やいいね数のインフレ率は自分自身で指標を持ち、その人を「間引いて」見る目を持つと良い。
そうすれば、NEWS picksなどでホリエモンが数十文字つぶやいただけで100近い「いいね」が付いている本質も見極められる。
あれは、その言葉への「いいね」ではなくホリエモンという人物への「いいね」9割だろう。
そんな形で、「いいね」と触れ合ってみてはどうだろうか?
僕の経験上、3番や1番の行為は長続きしない。やがてSNS疲れになる先は見えている。僕もそうなった。だからしがらみの少ないnoteに行き着いたのかもしれない。
さいごにちょっと一言
noteの有料記事という概念は好きだ。
お金をいただくということは「期待値」という重い枷をはくのと同じ。書き手はそれに応えるために質を上げなければならない。
結果的にここでは人というバイアスがかかりすぎない本当のWIN-WINが生まれている。
運営側が回収する手数料というシステムを考えればWIN-WIN-WINの三方よしという近衛商人の美学に到達する。
嫌な気持ちにさせず三方よしで楽しませてくれる空間。うまいなぁ。
#日記 #スキ #いいね #noteとは #いいねとは #SNS #エッセイ #ブログ #Facebook #Instagram