ぼくと街金 その2


ドアを開けてくれた恐ろしく強面おにいちゃんと同居の金貸し生活が始まりました。強面も24時間一緒にいると慣れるもんです。


朝、どうみても金融車のベンツを運転して、おじさんを迎えに行きます。
おじさんは毎朝、後部座席でスポーツ新聞を広げてどこかに電話をします。
「巨人3点、中日1点、ヤクルト1点」

会話の意味を理解するまで数日要しました。

事務所に着くとまず掃除です。
なぜか金貸しにはキレイ好きな人が多くて、ちょっとした埃が残っててもキレられる、ものすごく神経をすり減らす作業でした。

同居人のおにいちゃん以外の従業員は、全員ぼくを虫扱いです。
債務者ですから当然なのですが、おじさんの水揚げ愛人とか、ジャンキーラッパーおにいちゃんとか、街で地べたに座ってそうな双子のおにいちゃんたちに虫扱いされる生活。
「クソラッパーしね、ゴミ双子揃ってしね、ブサイクキャバ嬢捨てられろ」
脳内ループです。

でも、そんなポジションを逆転するチャンスはすぐやってきました。

従業員はぼくよりバカしかいませんでしたから、パソコン使えるだけで別階級です。
エクセルに入力した債務者情報を条件で並び替えできるようにしただけで、我が社の頭脳扱いです。

「おまえにパソコン買ってやるから帰ってから客の情報入力しろ。」
とおじさんが愛人連れてパソコンを買いに行きました。

クロムハーツのショッパーと一緒に持って帰ってきたでかいダンボール。
「ノートパソコンがええんやろ?」
で、買ってきたのがこれです。

ぼくは毎日これを持ち運ぶことになりました。


我が社の頭脳の噂が広がり、グループ会社のお偉いさんが頼みたいことがあると次々会いに来るんです。
エクセルの基礎の基礎でトップランカーになれる世界。
クソラッパーと愛人は陰でぼくの悪口を言い、ゴミ双子はあからさまに掌返ししてきました。

このとき知ったのは、おじさんの会社は50社で構成される金貸しグループの1社に過ぎず、グループを纏める統括部署があり、会長と呼ばれる王様が存在すること。

統括部署に集まる多重債務者リストを50社に振り分け、貸付け、返済期日が迫ると他の会社が貸付けして、すでに貸した分を回収する。
はい、システム金融です。闇金です。

当時はまったく理解してなくて、ただお金が飛び交う異様な世界、程度の認識でした。

50のグループ会社は、毎月王様に100万円を「統括システム使用料」という意味のわからない名目で上納する決まりがあったそうです。
それと別に、
「おまえんとこ優先で新しい債務者リスト使わせちゃる。」
で数百万を取られる、という話も聞きました。
単純計算で月収5000万の王様は、中洲でも王様でした。


ある夜、おじさんから入電があり
「急いで迎えに来い!」
金融車に乗って迎えに行くと、
「中洲まで急がんかいっ!」
いきなり怒鳴るんです。福岡に来て数週間の僕に向かって、しかもカーナビはカクカク動く時代だったのに。

後部座席でイライラするおじさん。
渋滞にはまると、
「ソコ!逆走して突っ込んで右曲がれ!」
と無茶なナビするんです。

逆走して事故ったら東京に帰れるかもと閃き、逆走を試みると、
「殺す気かっ!」
と怒鳴られる。

理不尽な日々、耐え難きを耐え、です。

おじさんには幼稚園に通う子ども(♂)がいて、これまたクソガキで、おじさんの真似をして
「はやくいけっ!」
と運転席を後ろから蹴りやがるんです。
おじさんが同乗してる時はガン無視を貫き、クソガキだけ乗せてる時は急ブレーキ急ハンドルしたりしてストレスを解消してました。


そんな福岡闇金生活で最悪のイベント、
「支店対抗野球大会」

金貸し各店がトーナメント方式で戦います。

各試合の敗者は、勝者との点差×1万円を勝者に払い、優勝チームが総取りのルールです。
素人の野球なので、経験者人数の差でおそろしく点差が開きます。
コールド勝ちがなくギブアップ制、敗者の社長が勝者の社長に土下座して、
「お会計お願いします。」
でギブアップが成立という屈辱ルールも各社の燃料になってるわけです。

百道中央公園にガラの悪い車が続々集まり、バットを武器のように持つおにいちゃんたちの集団。
公園にいた人たちがいつの間にか消えていました。

おじさんの会社の従業員のなかにも野球経験者がちらほらいましたが、王様率いる統括部チームのメンツは別格、資本の力を見せつけてきました。
甲子園経験者複数、福岡球団の2軍にいたひとまで、従業員じゃないメンバーが何人もいるんです。
誰も文句言えません、王様ですから。

もう草野球のレベルじゃありません。ピッチャーの投げるボールが見えません。すごく曲がるし、すごく落ちます。

清原が投げたバットみたいにくるくる回って飛ぶバット、両軍ベンチからの怒号、お会計で投げつけられる一万円札。

当然、王様のチームがぶっちぎりで優勝し、総取りした現金をキャバクラでばら撒いてました。


野球大会が終わってすぐ、王様からお呼びがかかりました。

「おまえ、あんちゃんの会社で働かん?」


まだ続く

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テツクル
ほんとにぼくでいいんですか?