バイトリーダー

今の仕事に就く前
少しの期間だけホテルの宴会場での
派遣のアルバイトをした。



そこに彼女はいた。

彼女はバイトリーダーだった。






まず、ホテルの派遣について簡単に説明すると、派遣にはランクがあり、そのランクによって時給が異なる。

低いランクから徐々に上のランクに上がっていくのが一般的だが、私はバイトの面接を担当したおじさんに、いたく気に入られた。



また、以前ホテルのレストランで働いていた事があると話したことから、おじさんの独断で私のランクは入った瞬間から3段階上になった。

時給が高いのはありがたいので拒みはしなかったが、ブランクがあるし、働いていたのはレストランで、宴会についてはほとんど分からない事はもちろん説明した。

しかしおじさんは「大丈夫、大丈夫」と根拠のない無責任な大丈夫を連発し、「あとからランクをあげるのはなかなか大変だから初めから上げといてあげる」と言ってくれたので、私はそれを受け入れた。





それがよくなかった。





初めて派遣のバイトに行った日、
バイトリーダーの彼女は(私が勝手にバイトリーダーとあだ名をつけただけで実際はもっと上のランクの派遣さんがいる)社員さながらに、後輩を引き連れてバック通路を歩いていた。

初日でなにもわからない私も
彼女についていき
名前を名のり、今日からの入った事を告げ
よろしくお願いしますと頭を下げた。




以前から思っていたが、ホテルの宴会場のお仕事は体育会系の雰囲気がある。

歴の長い人は、全体に指示を与えなければならないためか、とにかく偉そうだし、
後輩は返事の声が小さいだの、動きが遅いだのといった部活みたいな理由ですぐに怒られる。
なんなら怒鳴られる。
罵声も飛び交う。



ゆとり世代と呼ばれ、先生にすらあまり怒られてこなかった今どきの大学生は、
厳しい先輩に怒られ、すぐに辞める人も多い。

けれど他のバイトに比べて時給がいいので、
また別の新人が入り、入っては辞めを繰り返していくことで、厳しい部活のような環境でも続けていく強者が残り、やがて怒鳴る側になっていくといった縦社会が出来あがっている。


今日び、正社員ですら上司にこんなに厳しく怒られないのに不思議な世界だ。









初日のお仕事は宴会場での簡単なコーヒー出しで、レストランでの業務となんら変わりなかったので、仕事自体はなんの問題もなくすすんで行った。

途中、バック通路で派遣のメンバーリストを見ていたバイトリーダーから話しかけられた。




「〇〇ちゃんどこかで派遣やってたの?」



初対面で大学生の彼女に
苗字でだが、ちゃん付けで呼ばれた。


かなり気になったが
そこには目をつぶり


「いえ、初めてです」と答えた。




「じゃあこのランク間違ってるね。上の人に言っといてあげるね。」
とまるで親切な事をしているように彼女は言ったので、

「あ、でもそのランクでと面接の時に言われたので、多分間違ってないと思います。」

と私は答えた。


派遣のメンバーリストには
名前の横にその人のランクが書かれている。

私のランクが彼女の気に障ったらしい



生意気な態度はとっていないつもりだった。

年下にしろ、
この職場で彼女は先輩であることにちがいなかったし、仲良くなった方が都合がよさそうな気がしたので、ちゃん付けの件も水に流し、ただ事実を説明しただけだった。





彼女は納得している様子には見えなかったが、
仕事に戻って行った。





帰り際、もう一度彼女から

「やっぱり間違いだと思うし、言っとくね」
と言われたので、

「あ、はい」
と答えた。

勝手にすればいい。

もともとそのランクにして欲しいと
私が頼んだわけではないし、下がるなら下がるでいいかと思った。







私のランクは変わらなかった。



そのことがバイトリーダーの機嫌を損ねる原因となってしまい、私は大学生の彼女に軽くいびられるようになった。


のちに気付いたが、
この派遣を大学入学時から3年以上続けている彼女は、私と同じランクだった。


確かに、右も左もわからない
指示通りに動くだけの私と
先の事を考えて後輩に指示を与えなければならない彼女が同じランクなのは変だが、
それは私のせいではないし
上に言って変わらないならどうしようもない。

なんなら3年以上働いていて、
まだそのランクな彼女に問題があるわけで
そこを何とかしようとせず、
他人の評価を下げようとするところが稚拙だ。




彼女はたびたびつっかかってきた。






例えば ある日
グラスを拭くよう社員さんに指示されたので、
他の新人の子たちと一緒にグラス拭きをしていた。(他の新人たちの大半は私より3ランク下)

そこに彼女が現れた。






彼女は私が拭いているラックのグラスを手に取り、光にかざしてから
「ちゃんと拭けてないからやり直しね」と私に向かって言った。



ビックリした。
漫画のようないびり方に
笑いそうにすらなった。





そしてそれはさっき彼女の友人の派遣の人が拭いたグラスで、私は途中から引き継いだだけだった。私の失点ではない。

だから彼女のその発言では
私にダメージを与えることはできないが

「はい」と返事をしてグラスを拭き直した。

グラス拭きは嫌いじゃないし
他の厄介な仕事を指示されるよりずっとましだ。








また、ある日は宴会場の片づけ業務だった。

前の宴会の片づけをして、次の会場セットをすることを《どんでん》と言う。

この作業は次のスタートまで時間がない事がほとんどなので、とにかくバタバタするし雰囲気もピリつく。


少しでもぼーっとしている人がいたら
拡張期を持った宴会場のボスに名指しで怒られる。






実は学生時代ホテルの宴会場でアルバイトをした経験がある私は、(ハードルが上がると困るのでこのことは面接のおじさんにも言わなかった)どんでんのだいたいの流れを把握していた。
その時も指示された仕事が終わり、手が空いたので次はこれかなと自己判断し、別の片づけ作業にとりかかったのだが、 すぐに彼女に捕まった。




このバタバタしている会場内で
あまりにも瞬時に捕まったので
見張られているのかとすら思った。

「それやってって誰かに支持されたん?」

「お願いやから勝手なことせんといて」





そう言われ宴会場に掃除機をかけるよう指示された。


掃除機係に不満があるわけではない。
下っ端が掃除機をかけるのは当然だ。


ただ、納得がいかなかったのは
彼女が私から取り上げた仕事を
その直後、他の派遣さんがやり始めた点だ。

その人は止められなかった。


つまり私の判断は間違っていなかった。
にも関わらず、彼女が私にストップをかけた理由がまったく理解できない。



汗だくになりながら、もういいと言われるまで掃除機をかけた。
(一通り掃除機をかけ終わり、綺麗になったからと自己判断で勝手にやめると、上の人に怒られる。やめていいっと言われたのかと問いただされる。このご時世にマジかと思う体育会系な社会がこの宴会場には存在する。)




それ以降も彼女は事あるごとに私につっかかってきた。 本当にくだらない理由でいちいち文句をつけてくるからもう会いたくもなかったのに、彼女はほぼ毎日宴会場にいた。

バイトリーダーは17連勤らしい。(社員より働いていると後輩に話しているのを聞いた。)
大変だ。






諸事情により、私はそのバイトを1ヵ月ほどで辞めたが
(バイトリーダーにいびられたからではない)
もう二度と戻りたくはない。


他にも何人か
ホテルの若い社員さんより偉そうな態度のバイトリーダーらしき大学生の女子たちがいたが、
彼女たちは接客よりも全体を取り仕切ることに重きを置いているようで、
お客様に対する態度は私の目指すホテルマンと大きく異なっていたので、最後まで少しも尊敬できなかった。



あと、バイトリーダーはみんな総じてブスだった。



可愛い人や綺麗な人はあんなに横柄な態度をとらず、きちんと自分の仕事をこなしながら後輩の面倒をみている。

性格の悪さは顔に出るらしい。







まるでウーマンラッシュアワーのネタにでてくるバイトリーダーのように
彼女達はバイトと言う世界で生きている。



「この世界で偉いのは金持ってる奴でも喧嘩強い奴でもない、土日祝日入れる奴。社員にタメ口使います。バイトリーダーです。」











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