ルーザーズはスタンさんのおかげで


 はーい、テツガク肯定です。

 最近、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』を後編まで観ました。
 観終えてから、ふと気づいたことがあります。

 ルーザーズはスタンさんのおかげで。
 もう一度、一つになれたのではないか?

 私がそう思えたのは、スタンさんの演説にあります。
 後編の変化とか変身についての演説です。

 今日が忘れるための日なら――
 僕はゴメンだ

 今日から大人と言われても
 何も変わる気はしない

 僕は負け犬だ

 何があろうと
 この先も変わらないだろう


 それから、この演説より前の場面。
 ルーザーズの秘密基地でのスタンさんの台詞です。

 友達でいると思う?


 そう訊ね。
 不思議そうにしているみんなに訊ねます。

 親は幼なじみと会ってる?

 環境が変われば――
 僕らも変わる


 そう言う場面があります。
 私の想像ですが、スタンさんは変化が嫌なのでしょう。
 そういう私も大嫌いです。

 この場面では、みんな忘れるわけがない。
 そう言ってくれますが。
 スタンさん自身を含め、後編の冒頭ではみんな忘れていて。
 それでも、当たり前のように生活しています。

 そうです、昔、スタンさんが気づいた。
 かつての自分達の親と同じように。

 そして、急に忘れていた思い出が蘇り。
 再び、ペニーワイズと向き合わなければいけない。
 それを知った時、スタンさんは論理的な解決を選び。
 自分を消しました。

 全員が集まり
 一丸となれなかったら

 僕らは全滅だ


 そう手紙に書いて。
 その決断が、よくわからなかったのですが。
 この映画を何度か観て、気づきました。

 スタンさんは死んでしまったけど。
 死んでも、なおルーザーズとして傍にいたのだろう。

 そう思わせる役割がリッチーさんです。
 逃げ出そうとした時、スタンさんのことを思いだし引き返します。
 もちろん、他の人達にとっても大きな存在でしょう。

 認めていいのか、困りますが。
 スタンさんが選んだ道のおかげで。
 結果的にルーザーズは、バラバラになることなく一丸になれた。

 もし、後編であの場にいて。
 前編と同じように恐怖にのまれたら。
 スタンさんがいうように全滅だったかもしれません。
 (そんなことがないのが、ルーザーズだと私は思いますが)

 みんなは、スタンさんがいないから、と言い訳して逃げ出すだろうか?
 次にITが現れるのは、僕らが70歳の時だから大丈夫だと。
 そんな賢い大人のようなことをルーザーズがするだろうか?

 いいや、彼らは逃げない。
 失うものがないルーザーズだから。

 そして、自分も自分の道を行く。
 自分らしく生きるために。

 そう愚かに察しています。
 死んでいるのに生きる?
 ちょっと不思議かもしれませんが。
 スティーヴン・キングさんの生死観では不思議ではない気がします。

 『ドクター・スリープ』という映画で。
 その考えの一部が伝わってきます。
 死者だろうが、わかる人にはその人が傍にいる。
 死は私達が思っているような絶対的なものではなくて。
 かなりいい加減なもの。

 んー、本当にそうスティーヴン・キングさんが思っているのかはわかりませんが。
 少なくとも、そういう考えを知っているのは確かなはずです。
 『ドクター・スリープ』のような考えを。

 ですから、私は勝手にこう思っています。
 きっと、スタンさんはまだペニーワイズを知らない頃に戻って。
 再びルーザーズとして生きている。

 恋も知らない 遠い昔に
 戻れたらいいのにね


 だなんて、『背番号のないエース』のようなことを。
 本気で思ってしまえば、簡単に戻れるような。
 そういう不可思議さが人にはあります。

 すみません、話を戻しますが。
 スタンさんの決断は、かなり大きなものです。
 そして、それを受け止めるルーザーズのメンバーも凄いです。

 離れていくのに近くにいる。
 むしろ、離れたから近づけた。
 スタンさんが選んだ道が、ルーザーズを再び一つにした。

 そう捉えることもできて。
 やっぱり、とんでもなく面白い映画です。


 それでは、また次の機会にお会いしましょう。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?