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独白
昔、とある小学校の2階女子便所から男子生徒が飛び降りるという事件があった。
校庭に植わっていた柿の木がクッションになったということもあり、男子生徒に大きい怪我はなかったそうだ。
当初はいじめかと騒がれ、捜査された。
が、はっきりとした原因は未だにわからぬまま。
落下防止の対策を、と教育委員からお触れが出ただけで終わった。
原因不明のまま静かに幕を降ろされた、そんな出来事だった。
マリエさんという女の子がいた。
フィリピンのハーフで、たまに幽霊がいると怖がるような子供だった。
目鼻立ちのハッキリした顔。
そして霊感があるという発言。
いつもクラスから浮いていたそうだ。
そんな彼女が、ある時から女子便所を怖がるようになる。
男子生徒らはここぞとばかりにからかい始めた。
「マリエちゃあん、今日は何も見えないのお?」
「……トイレにいるよ」
「は? じゃあ連れてこいよ。オバケと仲良しなんだろ」
「あれは……動けないから……」
この会話は連日繰り返された。
男子らは必ず茶化し、嘘だろうと笑う。
そのうちにマリエさんは学校へ来なくなった。
彼女が休んでいるうちに、何もいない事を証明しよう。
そんな事を言い始めたのは、誰だったか定かではない。
マリエさんをからかっていた男子生徒数人は、件の女子便所へ向かった。
入ると、正面には窓。
右に3つ、左に2つ、個室が並んでいた。
「マリエが怖がってたのって左の奥だっけ」
「そうそう。天井に幽霊の詰まった箱があるって」
意気揚々と奥の個室へと進み、全員で天井を見上げる。
だが、何もない。
「俺、写ルンです持ってきた」
カメラを手渡された生徒は、天井に向かってカメラを構えた。
――気がつくと、地面で倒れていた。
落ちた生徒は、そのように警察に話したという。
その場にいた他の生徒も「カメラを構えたと思ったら窓に向かっていって飛び降りた」と。
落ちた本人も友人らも混乱しているようで、それ以上の話は出てこない。
職員や警察は、当時社会問題と騒がれ始めたいじめだろうと決めつけていたが決定打がなかったのだ。
不注意で落ちてしまったのだろうと、冒頭の通り事件は終わりを告げた。
この飛び降りた生徒は定雄さんといった。
彼はこの時のことを鮮明に覚えている。
マリエさんは嘘偽りなく存在に気付いていたことを知ったという。
定雄さんが構えたカメラ。
そのファインダー越しに見えた肌色の塊。
立方体状に、詰められた人間が宙に浮いていたのだ。
何人分、それとも1人分なのかさえわからぬほどにグチャグチャに混ざりあっていた。
その中に唇や目もあり、定雄さんを見てニヤニヤとしていたのだという。
立方体を見たのは一瞬だったが、思い出すたびに泣き叫びたくなるような感覚になるそうだ。
捜査中は幽霊を見たと警察や友人に話そうとしたらしい。
しかし、マリエさんのことを思い出し、言葉を飲み込んだ。
嘘つきと罵られるのが怖かったと。
そうして、今日びに至ったということだった。