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姉は羽化する
仁美さんには双子の朱美さんという姉がいた。
お姉さんは重度の障がいをおって産まれ、ずっと部屋で寝ているだけだったという。
その姉の喪があけたので、と話を聞かせてくれた。
元気に走り回る仁美さんと比べ、車椅子でも動くのが辛い朱美さん。
言葉も不自由であったが、姉妹の絆なのか、不思議と二人は意思疎通に困らなかった。
姉が何を言って、何をしてほしいのか。それが仁美さんにはわかったらしい。
窓から蝶が見えれば『蝶をゆっくり見てみたい』という姉の気持ちが頭に浮かび、外で蝶を捕まえてきた。
虫かごを見て、朱美さんは動きずらい表情筋を一生懸命に動かして、ぎこちない笑顔で『ありがとう』と唇を動かした。
余りにも嬉しそうだったので、仁美さんは何度も蝶を捕まえた。
両親もその姉妹愛を喜び、プラスチックの水槽のような大きめの虫かごを用意してくれた。
息絶えた蝶は仁美さんの手によって標本になり、つがいになった蝶はタマゴを残す。
朱美さんは、標本を悲しそうに見つめたり、青虫を嬉しそうに眺めたりして過ごしていた。
月日が経ち、姉妹は成長し成人する。
虫かごもプラスチックのものからガラス製になり、外で捕まえてこなくても蝶達は一年中そこで育っていた。
ある日、仁美さんが結婚の報告を姉にした。
年々衰弱する朱美さんの低い体温を感じながら、手を握って話す。
寂しさが込み上げ、ベッドに顔を伏せると姉が語りかけてきた。
『おめでとう。わたし、帰ってくるからね』
なんの話だと朱美さんを見ると、眠るように動かなくなっていた。
蝶の標本だらけの部屋の中で、姉までもが時を止めていたのだ。
四十九日も過ぎた頃。仁美さんは庭で檸檬の木を眺めていた。
姉の為の、蝶達の餌になる葉が瑞々しく茂っている。
庭には産卵に来た蝶が舞い、たまに風でよろけるのがかわいらしかった。
その様子を目を細めて見ていると『仁美ちゃん、わたしと外で遊ぼうね』と、しばらく聞いていない姉の声がした。
それから幾日もしないうちに悪阻が始まった。
仁美さんのお腹は大きく、まもなく臨月だ。
彼女のお腹からは『もうすぐだね』『たのしみだな』と日々聞こえるらしい。
しかし、なぜか恐ろしくないという。
「姉の生まれ変わりだとしたら、今度は一緒に外遊びするんです。 蝶も捕まえに行きます。ずっと、そうしたかったんです。」と笑っていた。
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こちらは普通に選考通過もしなかった落選作品。
個人的にめちゃくちゃ好きな話で、かなり書き込んでしまいました。