塩の手
まだ小学生だった頃、母は毎朝早くからリビングで内職をしていた。
紙を折り畳むような作業をしている手指。
母の手は色白で指が長く綺麗だなぁと、思ったものだ。
内職が終わると朝食の時間になる。その頃は毎朝パン食だった。
母が作るバタートーストには不思議に思う事があった。
出てくるものは綺麗なキツネ色なのに、キッチンは焦げた匂いがした。
そして、母は決まっておまじないをする。
「はい、今日も一日元気になれるおまじない!」
そう唱えてから、目の前で小瓶からひとつまみの塩を取り出してかけた。
私と母はこの元気の源を食し、それぞれ学校や職場に向かうのが日課だった。
母の内職は、自分が中学生になる頃には必要がなくなった。
父が事故に巻き込まれて亡くなり、同じ事故現場にいた母は片足に障害をおった。
その時の保険金などで家の負債がなくなったそうだ。
当時は知らなかったが、父は重度のギャンブル癖があり借金を繰り返していたそうだ。
母だけでも助かって本当によかったと、今でも思う。
ある日、母のおまじないを思い出した。
小学生の時は毎朝パン食だったのに、今ではほぼご飯が出される。
パンであってもサンドイッチやホットサンドで、トーストを食べた記憶がない。
元気の出るおまじないが懐かしく、母にバタートーストとおまじないをリクエストしてみた。
「そんなの、忘れなさい!」と何故か怒られる。
朝食の準備をする母は何かブツブツと呟いていた。
―塩まじない
という単語だけ聞き取れたので、調べてみた。どうやら効果のあるおまじないのようだった。
縁を切りたい事柄を書いた紙に塩をして燃やし、燃えカスをキッチンやトイレに流して終わりというものだった。
どんな願いでも○○できないという形で書いて、望まぬ状況を縁切りするらしい。
ただ、人を陥れるような事・恨むような事を書くと代償が必要な呪いになると、注意事項には記載されていた。
毎朝焦げ臭かったキッチン。
ひとつまみの塩。
母の怒った理由。
相変わらず美しい母の手指。
塩をつまんだ様子が、今でもハッキリと思い出される。
代償だったのだろうか、と片足で移動する姿を眺めた。
𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄 𓐄
マンスリーコンテストのお焚き上げです。
これはもう少し長いお話だったので、そのうち書き直すかもしれません。