テンプラ
最近いろんな記憶が曖昧に
なってきて、物忘れが多く
なってきたので、備忘録と
言うか、そんな感じで、
置いておきたい気持ちを
書き残しておきます。
これは私の大好物に纏わる
エピソードです。
私は、天ぷらが好きです。
最後の晩餐として聞かれたら
必ずこれ、と答えます。
カリッとサクッとした歯触りと
程よい温度で素材の旨みが
凝縮された妙味。
言わずと知れた、
芸術の域まで磨き上げられた
日本料理の真髄の一つです。
でも私が好きなのは、
いや好きだったのは、
芸術には程遠い一品ですが、
忘れられない思い出の逸品です。
実家にいた頃、
母がよく作ってくれたのが
テンプラでした。あえて別物(笑)
厚めの衣に纏わされて
爽やかな歯触りはどこへやら。
弟子が揚げれば、師匠に
ぶん殴られるような代物でした。
鰹節や昆布の効いた出汁でなく
醤油をかけ、ゆずなどの柑橘を
ぶっきらぼうに絞って頬張る。
粗野で華やかさのかけらもない味。
でも我が家はずっとこれ。
うまくはない、でもうまい。
今思えば落ち着く味でした。
山口の会社を辞めて上京して
数ヶ月後、母が1人で遊びに
来ました。
「なんが食べたいね」
仕事で深夜に帰宅する私のために
母が料理をこしらえると。
「テンプラ作れる?」
「あんた東京で美味しいの
ばっかり食べとろうけん、
お母さんのはまずかろうもん?」
「よかけん、頼むわ」
午前1時前に帰宅すると、
起きていた母が
待ってましたとばかりに
新聞の折り込み広告を敷いた
トレーごとテーブルに、トン。
冷めていたけど、懐かしい
ごついフォルムの好物たちが
こっちを向いて並んでいました。
「これよ、これ」
「なんね、あんた他に
あろうもん、お袋の味は」
「これが、そうよ」
照れくさそうな母を横目に
食べようとしたら、
「待ちんしゃい、忘れとった」
冷蔵庫から取り出したのは
緑色の粉末。
「なんねこれ」
「あんた知らんとね、
テンプラは塩で食べるのが
通ばい」
それは抹茶塩。
そんな小洒落た味いらんのに、、
母なりの気遣いと言うか、
背伸びというか、、(笑)
調味料は、ポン酢しかなかった
から、どっちも試しましたが
やっぱりうまかった。
おかんの言うとおり、
東京に来てまあまあ美味しい
食べ物を色々頂きました。
無論カリ、サク、ジュワの天ぷらも。
でも、不思議なことに
店で天ぷらを食べている時に
母のテンプラは
思い出さないんです。
何でもない日に、
ふっと思い出す母の顔。
その時に蘇る記憶がテンプラです。
味覚や嗅覚じゃない、
もっと心の奥の方を
ぐわしと掴んで離れない、
メリケン粉のように
纏わり付いて、今も私を
惹きつける、そんな代物。
ただの天ぷらじゃない。
母が作る、
私の大好物のテンプラ。
母が旅立って3年。
またいつか食べたいなぁ。
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