土壌汚染対策法という法律をわかりやすく
日本の国土にとって、そして何よりも私たちの健康にとって大いなる脅威となり得る土壌汚染。そのあまりにも複雑怪奇な土壌汚染機構は、まるで私たちの体を徐々に蝕みついには死に至らしめる癌のように、地面の下、地中深くに潜み続けます。
そんな土壌汚染から日本国を、私たちの健康を守るために、平成14年に「土壌汚染対策法」が制定されました。
有害物質の使用や貯蔵の履歴がある工場や研究所は、その跡地の土壌汚染について一切の責任を持たなければならない。
もちろん対象は工場や研究所に限りません。有害物質を使用する商店などもその対象です。クリーニング店やガソリンスタンドがその代表格と言えるでしょう。
ここでは、そんな土壌汚染対策法について詳しくお話していきます。
土壌汚染対策法の目的
そもそも土壌汚染は、環境基本法で定める7大公害の1つに数えられるほど重大な汚染であるにも関わらず、明確な法律がありませんでした。
いや、似たような・・・似て非なる法律はあります。それが、昭和46年に施行された「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」です。
足尾鉱毒事件やイタイイタイ病などへの対応のために施行された法律ですが、法対象は農用地に限定され、しかも対象物質はカドミウム、銅、ヒ素だけでした。
どんなに汚染された土地であっても、そこが農用地でなければ一切問題なし。今から考えれば恐ろしいことですが、この当時はまだまだ土壌が汚染されているという感覚が乏しかったのでしょう。
もしかしたら、どんな汚染物質も地面に穴を掘ってそこに埋めておけば土が勝手に浄化してくれるという考えもあったのかもしれません。
そんな地面への捉え方のたった1つの例外となったのが農用地でした。何と言っても、人の口に入るものを作り育てる地面、そんな所にゴミを埋めてしまうのはさすがにヤバい!
今から考えれば信じられないくらいユルい法律ですが、当時としては、土壌汚染の考え方が生まれた画期的な法律でした。
そんな農用地の汚染を防ぐための法律をさらに厳格に規制し、法対象を日本の国土全域に拡大した法律が土壌汚染対策法なのです。
ゴミ問題から生まれる土壌汚染
先ほどもお話しましたが、基本的に土壌汚染対策法は、有害物質の使用や貯蔵等の履歴がある工場や研究所などの事業場や商店に、その跡地の土壌汚染について責任を持たせるというものです。
しかし、実は土壌汚染の原因はそれだけではないのです。
遥か昔から、日本ではゴミを地面に埋めてしまうという習慣がありました。スコップやショベルのような道具を使って自宅の庭に大きな穴を掘り、そこにゴミを放り込んで埋めてしまう。それでゴミの処分は終了。ゴミを人に見られることなく、匂いもなく、見た目も片付いてスッキリ!
地面に埋められたゴミも、それが有機物ならばあとは微生物が分解してくれます。鉄釘のような無機物でもサビが進行することでやがて土となります。実に効率的で経済的なゴミの処分方法でした。
一般家庭に限定すれば、そのゴミ処分方法は効率的で経済的という言葉で済みます。何ら問題は起きません。ただ、それが企業レベルとなると話は別です・・・
今でこそゴミは素材ごとに細かく分別され、その多くはリサイクルされます。また、処分が困難な有害物質は化学的な処理が施されるか、特別管理産業廃棄物として国の管理下に置かれ厳重に処分されます。コンプライアンス遵守が求められる一般企業だと廃棄物の処理はより厳格に実施されるため、今時ゴミを土に埋めることで処理する企業などおそらく皆無でしょう。
しかし、かつては処分が困難な廃棄物は土に埋めてしまおうと考える企業は多くありました。中にはドロドロに溶けた有害物質が満タンに入ったドラム缶をそのまま土に埋めてしまうという悪質が例もありました。
そんなあまりに軽率で悪質な先人たちの行動や考え方は、やがて土を汚し、地下水を汚し、私たちの健康にすら影響を及ぼすことになるのです。
つまり、どんな原因であれ日本の国土を汚染物質から守るために、そして日本に住む人々が汚染された土壌からの健康被害を防ぐためにできた法律と言えるでしょう。
土壌汚染の現状
さて土壌汚染対策法制定後、土地の汚染状況は改善へと向かっているのか?
その答えはYESでもあり、NOとも言えるでしょう。つまりこういうことです。
まず、土壌汚染対策法が制定されることにより、土壌汚染に対する一応の指針はできたわけです。今まで土壌汚染についての法律が何もなかったわけですから、一歩前進したと言えるでしょう。
また、工場や研究所を持つ企業の意識が大きく変わりました。有害物質の取り扱いが非常に厳格になり、有害物質取り扱いについて独自のルールを設ける企業が増えました。また、各企業でこれまで曖昧なルールしかなかった有害物質の取り扱いについて改めてルールを見直すきっかけとなったことも大きな成果と言えるでしょう。
一方、土壌汚染はあまりにも複雑な汚染形態であるためにルール化が極めて困難、そのため地質学に基づいた考え方がほとんど取り入れられていません。
土壌汚染対策法で土壌汚染について様々な規定が設定されていますが、特に汚染土壌の調査に関する規定では汚染土壌の定義づけがなされています。その根拠となる調査が「土壌汚染調査」です。この調査により調査に該当する土地が汚染土壌か否かが判明することになるのですが、この調査方法は非常に画一的です。
本来、地面の下には幾十にも積み重なった土壌が存在し、その機構は極めて複雑です。当然、有害物質が土壌に流れ出すと、そのあまりにも複雑な機構の中に取り込まれることになり、有害物質はまるで異次元の世界に流れ出たかのように神出鬼没の様相を呈します。
本来ならば土壌汚染調査は、そんな複雑な土壌汚染の機構を解明するための調査であるべきであり、それには地質学の考え方が必要不可欠となるはずです。画一的な調査でできることではありません。
そんな土壌汚染対策法の欠陥が非常にわかりやすい形で示されたのが「豊洲土壌汚染問題」と言えるでしょう。
現状のままだと、残念ながら今後第二第三の「豊洲問題」が発覚することになると考えられます。
どんな法律でも同様ですが、制定されたばかりの法律は何かと欠陥があり、少しずつ改正を繰り返してその時代に合致したものへと変わっていきます。
土壌汚染対策法もまた平成14年に制定されたばかりの若い法律です。今後どのように改正されていくかを注視していくべきでしょう。
指定区域の存在
さて、そんな問題山積みの土壌汚染対策法ですが、そこで規定される土壌汚染調査によって土壌汚染が判明した土地は、土壌を浄化しなくてはなりません。
とはいっても、汚染土壌の浄化は一筋縄ではいきません。汚染土壌の浄化工事を「対策工事」という言い方をしますが、この対策工事にかかる費用は数百万円〜数千万円、数億円の費用が発生する場合があります。
一方、土壌汚染調査にかかる費用は概ね百万円、調査にかかる費用がいかに高いかということがお分かりかと思います。
いくら土壌汚染が発覚したからといって、大企業ならともかく他の一般企業や事業場、個人事業主に浄化工事を実施しなさいというのはあまりにも酷です。
そのため、土壌汚染対策法では指定区域という規定が設けられています。指定区域とは何か?
土壌汚染調査で土壌汚染が発覚した土地は、各都道府県知事によって指定区域とされます。この指定区域には「要措置区域」「形質変更時要届出区域」の2種類あり、それぞれ内容が異なります。
要措置区域とは、土壌汚染状態が土壌基準に適合せず、なおかつ検出された有害物質から人への摂取経路がある区域です。当然すぐに措置を行なう必要があります。
形質変更時用届出区域とは、土壌汚染状態が土壌基準に適合しないものの有害物質の人への摂取経路がないため、すぐに何らかの措置が命じられることはありません。ただし、その名の通り、その土地の土壌の掘削などを行なうときは届出が必要になります。
指定区域となった土地は、各都道府県のホームページに公表されます。
要措置区域に指定された土地は措置対象となり、ホームページ上で公表される期間は短くなりますが、形質変更時要届出区域は対象の土地の立ち入りを制限すればそれ以上の措置命令が下されることはないので、ホームページ上で長期間にわたり公表される場合がほとんどです。
土壌汚染対策法の特定施設の場合は届け出が必要?
土壌汚染対策法と特定施設の関係を解説する場合、まず水質汚濁防止法という法律を語らなくてはなりません。
土壌汚染対策法の非常に重要な条文の1つが第3条です。第3条では、特定施設を設置した事業者は必ずその土地で土壌汚染調査を行わなければならない、ということが規定されています。
当然、特定施設を設置する事業場は特定施設を設置する旨の届出をしなくてはなりません。つまり、事業場が特定施設を設置しているか否かはすぐに判明することになります。
ただし、この特定施設の届出は、土壌汚染対策法に基づくものではありません。水質汚濁防止法に基づく届出になるのです。
土壌汚染対策法第3条がこちらです。
「使用が廃止された有害物質使用特定施設に係る工場又は事業場の敷地であった土地の所有者、管理者又は占有者であって、当該有害物質使用特定施設を設置していたもの又は第三項の規定により都道府県知事から通知を受けたものは、環境省令で定めるところにより、当該土地の土壌の特定有害物質による汚染の状況について、環境大臣又は都道府県知事が指定する者に環境省令で定める方法により調査させて、その結果を都道府県知事に報告しなければならない。
なにやらわかりづらい文章ですが、つまり、水質汚濁防止法に基づいて特定施設の届出をした事業者は土壌汚染調査を必ずしなさいよ!と言っているわけです。
土壌汚染対策法に基づく特定施設の届出というものは存在せず、土壌汚染調査の報告が必要ということになるのです。
まとめ
ここまでお話してきたように、土壌汚染対策法はかつて汚染しているという意識すらなかった地面の汚染を防ぐために規定された法律であり、画期的な法律であると言えるでしょう。
しかし、近年「豊洲土壌汚染問題」でも明らかなように、土壌汚染対策法自体の信頼性が大きく揺らぎつつあります。
確かに、人への健康被害を防ぐという目的のための法律であるならば、土壌汚染対策法はその役割を十分果たしているように見えます。実際に土壌汚染からの健康被害の報告は極めて少ないのですから。
しかし、究極的には土壌汚染対策法は、土壌汚染メカニズムを解明するための法律であるべきであり、ただ人への健康被害さえなければそれでいい、というあまりにも低レベルな法律であるべきでないと考えます。
平成14年に制定されたばかりのまだまだ若い土壌汚染対策法、今後真に信頼の置ける法となるべく、改正を重ねていくことを期待します。
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