フロリンダ
フロリンダ
沢村 鐵
○作品データ○
タイトル:フロリンダ
文字数:21863
舞台:スペイン
ジャンル:「ぼうず。愛とはなんだ」
一言紹介:ある結晶です。
暗い夜 月もない
暗い夜の 七年
プリモ・デ・リヴェラは眠る
青ブドウの眠りを眠る
陛下は 猟にお出まし
シラミやノミをしとめる
またがった 牝馬はやがて
牝驢馬となるほかはない
「フェルミン・ガラン」
ラファエル・アルベルティ(一九三一年三月)
大島博光訳
わざわざ遠くから来てくれたようだな。こんな老いぼれの話を聞くために。
しかしそんなに聞きたいのかい、本当に? じゃあ話してやろうかね。断る理由は何もないよ。初めてじゃないんだ、あんたみたいな奇特な人は。
長く生きてるといろんなものを見る。儂の話が、まわり回ってイベリア中に知れ渡ってると知ってはいたがね、あんたみたいな外国人は初めてだよ。あんたの国の景気はどうだい? 悪いけど、あんたの国のことは何ひとつ知らないんでね。悪く思わないでくれよ。アンダルシアの田舎の爺だ。この土地を出たことは、数えるほどしかないんだ。
ずいぶん昔のことだよ。その女に出会ったのは。
1
「あたしが愛した男は、みんな死ぬの」
女は言った。初めてその言葉を聞いたとき、儂はまだ子供だった。
「ほんとうよ。みんな死んでしまった……あんたいくつ? そう、十一。ほんと? 大人びて見えるのね。その歳にしちゃ大きい方だものね。十一か……まあ、まだ男じゃない。だったら大丈夫」
女はにやっと笑って、長い髪をかき上げる。細い頸が硝子みたいに艶やかだった。とんでもねえ色っぽさだ、電気で痺れるみたいな感じがした。そう、儂はまだ十一歳だったのに。
女の髪は、まるで生まれてから一度も切ってないみたいに長かった。女の周りに群がってた男たちも、必ず髪を誉めた。いとしげに触って、夢でも見てるような目つきで女を見つめたもんだ。色は濃い栗色、夜には黒々として見えた。太陽の下では金色にも見えたよ。
女の横にいるのは、毎日違う男だ。儂は嫉妬に身を焦がしたよ。早く大人になりたかった。男になりたかった。儂は女のそばを離れなかった。たとえ女が街を出ていこうともな。置いてかれないように必死でついてったもんさ。
「あんたいつまでついてくる気よ?」
あんまりしつこいガキのことを、女は、怒るか笑うか迷ってた。
「まあいいか。まだ子供だもの……死ぬことはないわ」
女は虚ろな眼差しになって、決まってそう言うのさ。
忘れもしない、一九三〇年の春だ。儂が女に出会ったのは。
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